チュートリアル
何か可笑しいチュートリアルが始まりました。そして終わります。短い……、良いのか悪いのか。
何故、こうなったかは後に。
夜。暗さからそう印象付くが、空を見ても星が輝いている訳ではない。月が見える訳でもない。
(可笑しい……。夜なのかどうかはともかく、周囲に何で誰も居ないんだ?)
アポロンは5万1270の製造番号を持った機材を購入している。単純に考えても5万1270人がプレイしているゲームなのだから、プレイヤーの姿が見えないのは可笑しい。それにチュートリアルを担当し、粗筋の内容を説明し、戦闘や初期ジョブを教えるNPCまで姿が見えないのだ。
(焚き火に……、あっちにはテントまである。普通に考えて誰かは居る設定の筈……。ん?)
突然、光景の一部がブレた。そして出現するのは……、巨大で真っ赤な球体だ。直径10mはあるだろうか。その巨体は暗い中で不気味に目立つ。
エンシェントスライムが現れた!!
チュートリアルクエスト「エンシェントスライムを倒せ」が発生しました。受理しますか?
※受理しなければ逃亡クエストに変わります。
→YES →NO
突如、目の前に現れるクエスト指示。
「は?」
思わず声が出る。
(いやいや可笑しいだろう! 何でこれがチュートリアル!? これ絶対に違くね!?)
只のスライムならばともかく、明らかにこれは違うだろうと思いたいが、チュートリアルクエストとハッキリと出ている。
「ログアウト……、出来るか?」
ログアウトしますか?
※現在、ログアウトするとアバターが死亡する恐れがあります。このチュートリアルで死亡した場合、デミゴッドでなくなります。
→YES →NO
「ログアウトして運営に聞くか?」と考え、意志を口に出した時、ログアウト画面がクエスト画面を覆う形で出て来る。
(え、死亡? デミゴッドじゃなくなる? これ何!?)
こうなると迂闊にログアウトし辛くなる。咄嗟に指を走らせ、「→NO」とする。どうやら正解の動作だった様でログアウト画面は消え、クエスト画面が再度現れる。とにかくログアウトしないとなると道は2つ。討伐か、逃亡か。
(逃げよう。)
逃げ切れるかなんて分からないが、倒せる自信はもっと無い。そう考えて再度「→NO」を選択する。クエスト表記が変わる。
チュートリアルクエスト「エンシェントスライムを倒せ」がチュートリアルクエスト「エンシェントスライムより逃亡せよ」に変更されました。受理しますか?
※受理しなければ戦闘クエストに戻ります
→YES →NO
チュートリアルだからか、敵も此方の選択を待ってくれているし、親切な仕様である。嬉しいかどうか、及び有り難いかどうかは別にして。
「YES!!」
流石に苛立ちもあって、指を走らせるのではなく、叫ぶ。どうやらこれも正しかった様で、クエストは受理される。
チュートリアルクエスト「エンシェントスライムより逃亡せよ」が受理されました。逃亡を開始して下さい。
ーーこうして鬼ゴッコが開始された。
焚き火とテントがあった拓けた場所から、鬱蒼とした森の中へ。逃げるアポロンを追って、ポヨンポヨンポヨンポヨンポヨンと、否、ボヨンボヨンボヨンボヨンボヨンと、やはり否、ボヨンッ!ボヨンッ!!ボヨンッ!!!ボヨンッ!!!!ボヨンッ!!!!!と追い掛けて来るエンシェントスライム。
(何で音が大きくなってんの!?)
エンシェントスライムはその巨体を震わせ、ジャンピングで追って来ているのだが、1度のジャンピングで10m程は進んでいた。対してアポロンは自分でも驚いていたのだが、その1度のジャンピングの間に50m近く移動する身体能力を発揮していた。
「あれ? これ簡単に逃げれるんじゃない?」と思ったのは、時折、後ろを振り向いていたからだ。実際、見えるエンシェントスライムはドンドン小さくなっている。
にも関わらずハッキリと視認出来るエンシェントスライム。ゲーム内で掛かる視力矯正が色々と振り切っている事に驚いていた時に、何故か跳ね上がる音が大きく響く様になったのだ。
(何か仕掛けて来るのか!?)
その可能性に思い至るも、ずっと振り返りながら、走る訳にもいかないので注視出来ない。仕方なく前も見つつ、「視覚以外で様子を伺える方法が有れば」とか、「後ろを振り向かずとも、エンシェントスライムの様子が見えれば良いのに」とか、取り留めない現実逃避ーーVR内で使う言葉では無い気もするがーーの思考が過ぎった瞬間だった。
スキル「夢幻顕在」が使用されました。聴覚が向上しました。屈折望遠レンズ鏡が向かって右斜め前方を並走します。
アナウンスが聞こえた。共にボヨンボヨン音だけでなく、ザーザーザーと言う音が聞こえてきた。そして向かって右斜め前方には確かにエンシェントスライムが映る鏡が。それも振り返ると見える姿より大きく映っている。
「夢幻顕在って何!?」
凄そうな名前と言うか、何か厨ニ臭いと言うか、或いはその両方と言うか、とにかく叫んでしまうと、またもやアナウンスが聞こえた。
スキル「夢幻顕在」とは欲しいスキルを創造し、使用するスキルです。キーは想像力となります。生み出したスキルによって、MP使用量が変わります。
とんでもない回答だった。
「何そのチートスキル!? 何時から持ってたの!?」
もしかして倒すのはそんなに難しく無かったのかもしれない。そう思いながら叫んだが、その答えは無い。恐らくチュートリアル用のアナウンスは、クエスト説明とステータス説明以外はしてくれないのだろう。
「俺のMP残量は!?」
約Sです。聴覚向上はMPを使用しません。屈折望遠レンズ鏡は生み出しにMP100を、維持に毎秒100を使用し続けます。
何ら役に立たない。とまでは言わないが、Sの数値が分からない。数百程度の使用ではSは揺らがない量である事は分かったが。
「ぐ、うわっ!!!」
「具体的な数値を教えてくれ」と言い掛けた時、耳に聞こえていたザーザーザーと言う音が消えた。ボヨンボヨンの音も消えた。変わりに支配したのは「ブッシャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」と言う音。鏡の中のエンシェントスライムはその形を口にしたかの様に、怪しげな湯気を漂わせる謎液体を凄まじい勢いで身体から吐き出していた。
ーーです。
同時期にアナウンスが恐らく数値を答えていたが、最早聞く余裕は無い。吐き出された液体の行方を追おうと鏡を見ると、エンシェントスライムではなく、液体の動きを映し出した。液体は前方、即ちアポロンに向かって打ち出されている。但し若干上向きだ。
「げ。」
慌てて振り返りつつ、上方を見る。素晴らしい飛距離と勢いを兼ね揃えた謎液体がアポロンを中心に半径50m程の場所を覆う様に落ちて来ていた。
スキル「夢幻顕在」が使用されました。空間が屈折しました。如何なる攻撃も届きません。
アポロンが咄嗟に腕を交差したのは防御を意識したと言うよりは、攻撃が届かない事を夢想した結果だった。アポロンの周辺半径3mが絶対防御空間になっていた。
(少し落ち着けるか?)
今の内に自分のステータスを確認したいと思う。すると目の前にステータス画面が現れた。
・プレイヤーネーム:アポロン
・種族:デミゴッド
・メインジョブ:なし
・サブジョブ1:なし
・サブジョブ2:なし
・パーティー:(誰とも組んでいないので何も記されていない)
・各能力値
・HP:S
・MP:S
・物攻:S
・物防:S
・魔攻:S
・魔防:S
・スピード:S
・技量:S
・残りポイント:B+50
・所持スキル:夢幻顕在
・クエスト:チュートリアル攻略中
・フレンド:(誰も居ないので何も記されていない)
・在住エリア:ダンジョンエリア(未実装・未開放)
・運営サイトメール:ご質問をどうぞ
・ログアウト
アポロンが最初に目が行ったのは「在住エリア」である。明らかに可笑しい。チュートリアルにダンジョンエリアに飛ばされた事もそうだが、未実装で未開放なエリアである。未実装と未開放の違いは良く分からないが、両方揃うまでのエリアだ、普通に考えるとプレイヤーがまだ物理的に(この言い方が正しいかは於いといて)行けないエリアの筈だ。
(運営にメールだな。)
アポロンはメール機能に指を走らせた。
ーーお忙しい処、失礼します。本日、初ログインで現在、未実装・未開放のダンジョンエリアにてチュートリアルを行っておりますが、これ、可笑しくありませんか?
的な内容のメールを送った後、もう1度ステータス画面を確認し直そうとして、その透明画面の向こう側に煙の様な湯気が大地や草を溶かして生まれている事に気付いて、思わずそちらを注視した。結果、ステータス画面は消えて、周囲はもっとハッキリ見える様になった。
(うわあ……、)
そうして惨状を視認して、眉を顰める。結構な範囲で被さって来た謎液体ーー恐らくは酸系と思われるーーは、大地を、草を、そして樹木を溶かしていた。空間を切り取っている為に感じないが、恐らく相当な臭いを漂わせているだろう。しかもその範囲は増えている。まだ液体攻撃は続いているのだ。
(そういや、今、どれくらいMPを使ってるんだ?)
現在、消費しているのは空間屈折の維持のみです。此方は生み出すに当たっては1000MPを使用し、維持には毎秒1000MPを使っております。残りMPは約Sです。
鏡スキルも聴覚向上スキルもとうに切れている。不必要と判断したのはAIかアポロンか、或いは両方か。それは不明だが、とにかく自分のMPが化け物染みている事は分かった。
(具体的な数値が気になるけど、何か気が遠くなる数値を言われる様な気がする……。)
それでも知って置かねばならないだろうと、もう1度聞く。だが。
ーーです。
何か数値を言った。それは確かだ。だが何故か理解出来ない。バグを疑うが、此処に飛ばされる前にトランス5万1270号が「数値がアルファベットに変わる時に説明がされる」的な事を言っていた事が気になる。
(もしかして最低値のアルファベットを知らないせいか?)
本来の説明をすっ飛ばしたせいかもしれない。そんな事を考えていると、ボヨヨン、ボヨヨン、と音がする。エンシェントスライムの液体攻撃が終わり、此方に近付いて来ていた。
ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ! ボヨヨンッ! ヌポッ! スポッ!
ジャンピングの度に軽快だが、何だかマヌケな音がする。器用な事に溶けていない木々の間を、その形を変えて、擦り抜ける様に此方に向かって来ていた。
(そう言えば逃げていた時に、木が折れたり倒れたりする様な音は聞こえなかったな……。)
何にしてもチュートリアル攻略には逃亡が必須だ。運営にメールを出して於いて、何故、攻略を気にするのか疑問ではある。が、理由は至って簡単な事だ。
(落ち着かない……。)
運営からの返答待ちな訳だが、既にエンシェントスライムが大分近付いている。モンスターを目の前にしては落ち着かない。落ち着いて待ってられない。大人しく待ってられない。可能なら逃げたいのである。そうなると逃亡によるクエスト攻略を意識するのも止むを得ない話だ。
(でも逃亡するにしたって、走っても追い掛けて来るし……、距離が開けばあの酸攻撃っぽいのが来るし……。)
そこまで考えて、ふと思い付く。
(テレポートなら?)
一瞬で移動するならば撒けるかもしれない。問題は使えるかどうかだが、それはやって見なければ分からないだろう。
(移動先は……、やっぱりあの焚き火とテントか?)
そう考えながら、あの場所をイメージして、そこへ一瞬で移動すると念じて見る。
目の前が歪んだ。
焚き火の明かりが見えた。振り返るとテントが見える。移動に成功したのだ。そして。
スキル「夢幻顕在」が使用されました。テレポートしました。エンシェントスライムからの逃亡に成功しました。チュートリアルクエストをクリアしました。ジョブ:神人を会得しました。ステータスに反映されます。
・HP:S+5000
・MP:S+5000
・物攻:S+5000
・物防:S+5000
・魔攻:S+5000
・魔防:S+5000
・スピード:S+5000
・技量:S+5000
・残りポイント:B+1050
何をどう判断すれば良いのか、分からないままに数値が増えたのである。
(………………………。)
暫し呆然とするアポロンだったが、ハッとして「ステータス」と口に出す。口に出す必要は無いともう分かっていたが(よくよく考えると、否、考えなくとも口に出さずとも良いと言う事は「思考を読み取られている」と言う事である為、非常に恐ろしい事だと思うのだが、何故かプレイヤーの誰もその事実に思い当たっていない)、何となくだった。
・プレイヤーネーム:アポロン
・種族:デミゴッド
・ジョブ:神人
メインジョブ欄が消えていた。サブジョブ欄も2つ共消えていた。代わりに只のジョブ欄が出来ていた。そこに「神人」とある。どうやら「神人」はソレ1つで3つのジョブ欄を使うらしかった。
(どんなジョブなんだ?)
疑問に思い、注視すると「神人」の欄に説明が出現した。
・プレイヤーネーム:アポロン
・種族:デミゴッド
・ジョブ:神人:デミゴッド専用職の1つ。デミゴッドは専用職以外は付けず、1つで他2つのジョブ欄も使う。満遍無いステータス成長を促す。
……恐らくはあの逃亡劇の行動が元になっているのだろう。しかしそう多くない選択の中、何が決定的だったのかが不明であるが……。
取り敢えず、その場に胡座に近い形で座り込んで、ステータスを見ていたアポロンが首を傾げた時、横からジジッと音がした。その方向へ反射的に振り仰ぐと、そこには焦った顔をした、このファンタジーに似つかわしくない現代スーツで身を包んだ、40近く見える男性が出現していた。
お読み頂き、ありがとうございます。大感謝です!
評価、ブグマ、イイネ、大変嬉しく思います。重ね重ねありがとうございます。
☆
忘れてました。エンシェントスライムの移動音が大きくなっていたのは、体内で超遠距離攻撃用の謎液体(酸系)を造り、溜めていたからです。元々の水分量よりもかなり増加していた為に、移動音(水分移動の音)が大きくなっていました。
聴覚向上により、聞こえた音は謎液体を生み出す音です。体内に満杯になった時点で生み出すのを止めました。だから音も消えました。