VRMMO「ようこそ、我等の地球へ」
アバター作成場面には行きましたよ……(ブルブル)
……ごめんなさい。
次郎はカプセルの中に再度入り込む。カプセルはシングルベッド程の広さはあれど、流石に布団を持ち込める程、高さの空間が広くないので、季節によっては事前に空気の寒暖を調節しなければならない。
と言っても部屋を冷たく、或いは暖かくして置けば、カプセル内の換気口を通じて、調節された空気が入って来る形となるので、エアコンがある部屋にカプセルを設置すれば然程難しくもない。
将来的にはカプセル内に換気口だけでなく、エアコンが設置されるかも知れないし、或いはカプセルがヘルメットに変わる程に小型化するかもしれない。どちらにせよ、その辺りは現時点の次郎には分かる事ではないし、気にする事でも無かった。
(さ、始めるか。)
カプセルを閉め、ゲームサイトにアクセスする事を選択する。その傍らにはスマホ。口元にはマスク。一応、喉の乾燥を考えての事だ。寒暖は何もしていない。今年の5月はどちらも気にする様な気候では無かった。…程なく瞼を閉じた次郎の意識はゲーム世界へと旅立って行く……。
さて。ここでゲームそのものの内容へ説明を移す。ゲームの題名は「ようこそ、我等の地球へ」。まるで地球以外の何処かから、誰かを招く様な題名だが、実際、招かれるーーこの言い方は適切では無いがーーのは地球人の方である。
粗筋
突如、太陽系に新たなる星が発見された。地球の公転軌道と金星の公転軌道に近く、されど重ならない位置にて発見された星は、直ぐに惑星ではないと判明した。何故ならば、件のソレは停止状態ーー公転も自転もせずーーであったからである。そして停止状態のソレの周囲には輪の形に巡る恒星と思しき衛生があった。
不思議な事に、この星は発見の瞬間に突如出現したと言われても可笑しくない程に、発見される前には影も形も無かった。突如、湧いた謎の星に、便宜状、「新惑星スティル」と名付けたNAS○を含めて、様々な宇宙関連組織が騒いだ。やがて国の垣根を超えて、「スティル調査団」なる新宇宙関連組織が創られた。
調査団はスティルに探査用機材を飛ばした。しかし、恒星の影響か、一定以上スティルに近付くと勝手に壊れてしまう。更に発見位置以外の角度ではスティルの姿が全く確認されなくなる事も判明した。
そこで調査団はスティルの姿が確認出来、機材が壊れない距離から詳細映像を撮らんとした。その為に望遠機能のグレードアップを更に飛躍進化させたレンズを搭載した探査機材が発明される。
そうして飛ばされた新探査機材「トランス」により、持ち帰られた映像が更なる騒動を起こした。何とスティルには地球人と同じ(に見える)人類が存在したのである。スティル人の生活様式から知的生命体であるには違いなく、また、スティルには地球には無い、何らかのエネルギーがある事が予測された。
スティル人の文明は地球で言うヨーロッパの中世後期に近く、されど何らかのエネルギーを使用した技術により、一部地球よりも余程ハイスペックなオーバーテクノロジー的道具が発明されていた。
スティル調査団は謎のエネルギーを魔素と、魔素を利用した技術を魔法と名付ける事にした。しかし惜しむらくは公転も自転もしないスティルは、決まった角度以外では姿を消してしまうスティルは、観察出来る場所が極めて限定される事だろう。
魔素と魔法に魅せられ、交流と言う夢物語や侵略と言った危険思想が世界中で議論される中、調査団は新たなる探査機材を発明した。
電子のみで構成された「アバター」を。
映像を持ち帰れる事から、着想を得て造られたアバター。それは見事にスティルに降り立った。そこに別機材を通して、人間の精神を移す事にも成功した。ーーこうして、スティル調査団は新たなる一歩を踏み出したのである………。
と言うのが「ようこそ、我等の地球へ」の前提ストーリーである。大体、予想が付くだろうが、プレイヤーはこのアバターでスティルの星を冒険する事になる。尚、プレイヤーのアバターは初期アバター機ではなく、2号アバター機となる。
初期アバターを使って、スティルに降りた地球人達により、言語機能や基礎社会知識等の、生活に必要な情報(但し最低限)が集められており、プレイヤーはそんな先人達の築き上げた土台から旅立って行く設定なのだ。
「……恐らく最終的には地球とスティルの交流が始まり、スティル人を地球に招く、或いは地球とスティルで宇宙間戦争が始まり、スティル侵略に成功、スティル人は奴隷として攫うかするシナリオに繋がっていくのでは無いか」、「終盤シナリオが交流か侵略かは、クエスト発生時までの攻略プレイヤーの行動に掛かっているのではないか」、「途中で侵略派を倒すシナリオが入るのでは? そしてその後に交流シナリオが……、」、「プレイヤー同士で侵略派と交流派に別れてグランドバトル、勝者がどちらになるかで後のシナリオが変わると言うのは?」、等と少し先の未来では、掲示板に書き込むプレイヤー達の間で、或いはゲームパーティーやクラン内で実しやかに様々に語られて議論されていくのだが、当然、その真相は直ぐに明らかになる事は無いのである。
次郎が気付いた時には真っ暗な闇と激しい炎の塊から差し込む烈光が支配する空間に居た。更に周囲を良く見れば、大小ある暗い石と淡く輝く石に囲まれている事が分かる。
「もしかして……、宇宙空間?」
声に出した積もりは無かったが、自分の声が耳に届いた。
「ん?」
疑問に首を傾げる。やはり声が聞こえる。そこへ。
『ご利用、ありがとうございます。ゲーム「ようこそ、我等の地球へ」の案内を勤めまする、私、AIの「トランス5万1270号」と申します。』
人口衛生を彷彿させる機械が現れた。
「成る程、『トランス』って粗筋であった奴ね、そんで俺は5万ちょっと目の利用者か購入者か、或いは製品番号かってトコね。」
案内人がスティル調査に役立っていた人口衛生なAIで、利用者に合わせた番号が配置されているらしいと思考した事がそのまま声に出る。
「思考したら全部声になるのか。ゲーム中もこんな感じになるのか?」
それにより、先程から話した覚えも無いのに声が出る違和感の正体にも気付き、疑問が生じる。
『最初の予測に答えさせて頂きます。5万1270はお客様のご購入された製品の番号になります。ベッドカプセル型機材にはお一人様分の生体情報しか登録出来ません。ですから登録済データのご当人以外、ゲームプレイは叶いません。機材に搭載されたAIからゲームサイトAI本体へ初回利用のお客様であると報告を受け、ゲームサイトAIの端末がそれぞれ機材AIに合わせた形を取って、初ログイン前専用電脳空間に送り出されます。お客様のお出迎えに私が参上した様に。』
丁寧な回答に頷く。
「理解した。説明ありがとう。」
『此方こそ、御礼、嬉しく思います。それからログイン後のアバター操作では、無意識下か意識下かはともかく、ご自身で声に出すと決めなければ勝手に話す事はございません。しかしこのログイン前専用電脳空間では、操作対象のアバターを通さない為、純粋に意識だけで存在する事になりますので、その影響で思考を思考だけで留めておけぬのです。』
「ああ、そっか。ホッとしたよ。」
正直な話、思考そのものが口に出ると言うのはゾッとしない。言わなくても良い事でも口を吐いてしまうだろうからだ。
『それは良うございました。同時に此処に意識がシフトする前にゲームに関する事以外の思考にブロックを掛けておりますので、必然的にゲームから連想されない、ゲームから外れた思考は出来ない様に暗示を掛けられた状況になっております。これは必要以上に個人情報を口に出してしまわない様にする措置でございます。此方もアバターを得た後にはブロックが外れますので、大事な事を忘れてしまって、ログアウトし損ねる事故は起き難いかと存じます。』
「へぇ、本当に凄い技術だね。」
冷静に考えると、そんな一言で済ませられる話では無いのだがーー、次郎は気付かない。この時も。ゲームプレイ時も。ログアウト後も。そして次郎だけではなく、同じ内容の説明を受けた、他のプレイヤーも。……尤も次郎に他のプレイヤーの情報なんぞ、まともに入る事は無いのだが。
それはさておき。
説明を終えたトランス5万1270号が始めるのは、ログインの為のアバター作成への案内である。
『では、アバター作成の説明を始めます。アバターとは新惑星スティルに於ける活動体となります。貴方は作成したアバターを自身の肉体を操る感覚で使って、現実の肉体では再現不可能なものを含めて能力を発揮し、行動します。』
それは説明書にも示されていた情報であり、CMで簡易説明とは言え、何度も繰り返し宣伝された情報でもある。次郎は頷きながら、話を聞いている。
『アバターは基本、スティル調査団のルールに従って、作成する事になります。』
「ルール? 調査団の?」
しかしルールまでは説明書には記されていないし、CMでも宣伝文句に含まれていなかった。何れ拡散される情報になるのだろうが、現状ではプレイヤーしか分からない部類になるのだろう。
『はい。スティル調査団の目的は、その組織名が主張する通り、新惑星スティルの調査です。謂わば情報収集こそがスティル調査団の勤め。つまりはスパイ活動です。映画の様な分かり易い姿をしたインポッシブルなミッションの有無に付いては話せませんが、スティル人に「異星人だ」と疑われる訳には行かない事は確かです。』
そこまでの流れでピンと来る。
「あ〜、つまりスティル人から見て違和感がある様なアバターは作成出来ない、それが調査団のルールって事ね?」
『仰る通りです。』
「じゃあ具体的には?」
『初期アバターやスティル人の姿を何例かお見せ致しますので、まずはそちらを参考にどうぞ。』
それと同時に地球人扮するスティル人と正真正銘スティル人の姿の映像が幾つも流れる。
「NPCって事だね。」
観察しながら呟く次郎に、トランス5万1270号は部分否定する。
『いえ、確かにスティル人も地球人もその殆どはNPCですが、数名、テストプレイを行ったサイト陣営が紛れております。』
つまり最初のスティル星に潜入した調査団、プレイヤーの土台作りをした先達が運営の人間になるのだろう。
「それ、言っても良いんだ?」
『別に社外秘情報では有りませんから。本来ならば最初の土台作りはテストプレイヤーを募集して、任せる積りだった様ですが、「無駄に作り込んでしまった言語機能で躓くだろう」と上層部がストップを掛けたそうで。』
「無駄って……、本当にソレ、言っても良かったの?」
思わず呆れる次郎。だがトランス5万1270号は気にする素振り(機械アバターに求めるものでは無いと思うが)も見せない。
『先程も答えましたが、社外秘情報では有りませんから。そう言った理由から、結局、このゲームにβプレイヤーは誕生しなかったのです。』
そうした会話のせいか、次郎は流れている映像全てに、同じ特徴がある事に漸く気付いた。
お読み頂き、ありがとうございます。大感謝です!