3.看護師三人組
「ねえエリシアさん、アラスター殿下はハンサムで魅力的でございますでしょう? 私も、せめてあと20歳若ければ、殿下の心を掴むために頑張るのですけれどねえ」
「まあ、あなたじゃ駄目よロゼリン。殿下のエリシアへのまなざしの熱さといったら! あのお方があんな風に女性を見るなんて、いままでなかったことですよ!」
「アラスター殿下はエリシアさんのことを、とても気にかけていらっしゃいますから。元気にしているか気になって、夜も眠れなくなるそうなんです」
ターシャ、ロゼリン、ホープの三人が、広い病室内をせかせかと動き回っている。
掃除をしたり、備品の補充をしたり、エリシアのベッドを整えたりしながら、まるで鼻歌を歌うように喋り続けているのだ。
「アラスター殿下のご親切には、心から感謝しております。私ごときに関心を持ってくださるなんて、畏れ多いことです」
本当はもっと感謝したかった。けれど、その気持ちをどう言葉にしたらいいのかわからない。
治療院にいると、世間の常識が通用しない別世界に迷い込んでしまったような気がする。エリシアはごく一般的な伯爵令嬢で、労せずしてアラスターの隣に立つ資格があるかのような、酷い錯覚を起こしそうになる。
「ねえエリシアさん。結婚するのに必要なのは、何だとお思いになる?」
ターシャがシーツの皺を伸ばしながら尋ねてきた。ベッドメイク中は窓際のソファに移ることになっているエリシアは、深くもたれて「そうですね」と唸った。
「私個人としては、結婚には愛と尊敬が伴うべき……と思うのですが。私の父と母も、愛し合って結婚しましたし」
貴族同士の結婚において、愛情のみで結びつくことは非常に稀なことだ。
「お父様もおじい様も、ひいおじい様も、とても幸運だったんです。運よく貴族のお相手が見つかりましたから」
エリシアは微笑んだ。
「お母様もおばあ様も、ひいおばあ様も病弱で、お医者様からあと一年も生きられないと言われていたんですって。不憫に思った家族が『恥知らずなアージェント家』との縁組を許したそうです」
中年の看護師三人組は、動きを止めてエリシアを見ている。庶民とは思えないほど上品で、成熟した美しさのある人たちだ。
「でも不思議なんですよ、みんな結婚したら回復したんです。子どもを産んで、夫が亡くなるまでは元気だったんですけど。愛する人を失って弱っちゃって、後を追うように天国に召されて。三人ともってすごい偶然ですよね!」
夫の存在こそが、母と祖母と、曾祖母が求めてやまなかったものだったのだ。彼女たちを亡くしたときは悲しかったが、いまではロマンチックだと思う。
「何しろ国中から嫌われているアージェント家でしたから。伯爵とはいえこの上なく貧乏で、山の中に隠れ住んでいるようなありさまで。でも楽しかったですよ。家の中にはいつも笑いがあって、愛がありました」
「そう……素晴らしいご家族だったのね」
ターシャが温かな笑みを浮かべた。
エリシアはうなずき、それから頬を掻いた。
「でもまあ、私の結婚についてはとっくの昔に諦めてます。宙に浮いている伯爵の地位は、私が息子を産めば引き継ぐことができますけど。貴族の男性が『恥知らずなアージェント家』の娘に手を出すとは思えませんし」
「うう、エリシアさん。そんなに悲しいことを言わないで……っ!」
ロゼリンが涙を浮かべてハンカチを握りしめる。
エリシアは顔の前で手を振った。
「いえいえ、現実的なだけです。私のような娘が屋敷の女主人の務めを果たせるなんて、誰も思いません。つまるところ、私には運命によって与えられた重荷があって、普通の伯爵令嬢のようには生きられないんです!」
「明るく元気に、悟りきってるのがまた悲しいわね……」
ホープが眉間にしわを寄せた。
「でも大丈夫です、私には人生設計があるので。お金を貯めて、ほんのちょっとでもアージェント家の領地を買い戻して、そこに慰霊碑を建てるつもりです。大厄災で亡くなった人々のために、残りの人生を祈りに捧げます!」
エリシアは両手の指を組み合わせて、うっとりと目を閉じた。
まさに完璧な人生設計だ。血筋を絶やすのは心が痛むが、自分のように苦しむ子どもは、もう生まれない方がいい。
「なんて不憫な……」
看護師三人組が同時につぶやいた。次の瞬間ノックの音がして、扉の向こうからアラスターが顔を出した。