2.シャレドとローリック
「おはようございますエリシアさん。さあ、今日も治療を進めていきましょう」
次の日の朝、シャレドが気品のある動作で室内に入ってきた。後に続くローリックは、うなじをさすりながらあくびをしている。
彼らは並外れた治癒魔法の使い手だ。おそらく高位貴族の次男か三男だろう。
十歳になる前に両親を亡くし、エリシアはシンクレア公爵家に引き取られた。そして公爵一族から壮絶ないじめを受けた。
『恥知らずなアージェント家』の末裔に対して抱く蔑み、嫌悪、そういったものが公爵家の人々の全身からにじみ出ていた。
「よよ、よよよ、よろしくお願いします……」
ベッドに横たわったまま、エリシアはくぐもった声を出した。もう長いあいだ見下されることに慣れすぎて、親切にされると怯えずにはいられない。
「お前、いい加減慣れろよ……」
エリシアの体が震えているのを見て、ローリックが眉根を寄せた。
「エリシアさんを責めてはいけません。彼女を追い込んだシンクレア公爵家の連中がどうかしているんです。アージェント家の末裔とはいえ、ここまでの目にあういわれはないはずなのに」
シャレドが静かな声で言った。彼の白衣からは、控えめながら洗練された香りがする。
「シンクレアの連中はわけがわかんねえな。アラスター殿下によれば、当主が未だにエリシアに執着しているのは間違いない。おかしな騒動を起こさなきゃいいが……」
ローリックがぶつぶつとつぶやいた。エリシアは小首をかしげずにはいられなかった。自分が公爵の屋敷でやっていたことは、一族の子どもたちの勉強や訓練に『付き添う』ことだけだった。
貴族の子どもは、十歳になる前に魔力が開花する。同じ血筋なら、使える魔法の系統は似てくる。違う才能を持っていることは滅多にない。
シンクレア公爵家は『火使い』の一族だった。シャレドやローリックに他者の体の不調を癒す才能があるように、ラーラは実に上手に火を操った。
百年前の『大厄災』以後、魔物は不定期に出現するようになっている。貴族としての名誉は、すべて魔法の才能にかかっているのだ。
(学ぶのは好きだったから、シンクレア家の子どもたちに『付き添う』のは苦ではなかったけれど。おかげで行儀作法や語学の知識を身につけられたし。でも、魔法学の時間は辛かったな。魔力を持たない劣等感が刺激されて……)
今年の社交シーズンからは、公爵家のひとり娘であるラーラ専属として『付き添う』ようになった。痩せっぽちの体に、粗末なドレスを纏って。
(いまから思えば、どうして『付き添う』だけで衣食住を賄って貰えたのかしら。そりゃあ粗末極まりなかったけれど。当主様は私がいると、異様なほど機嫌がよかったわ。それに、妙に高額なお給金……)
「エリシアさん。少しなら許しますが、ぼんやりしすぎてはだめですよ。私とローリックの注ぐ魔力に集中してください」
「シャレドの言う通りだぞ。お前の協力がなければ駄目なんだ。しっかり気持ちを集中させろ」
「あ、はい! すみませんっ!」
エリシアは慌てて意識を集中させた。
横たわるエリシアのお腹の上で、シャレドとローリックが放つ魔力が融合し、力を増している。驚くべき光景だ。二種類の治癒魔法を混ぜ合わせるなんて、これまで聞いたことがない。
「俺たちを信じろ……この治療を続けていれば、劇的な変身ができるぞ。おとぎ話のお姫様みたいにな」
「つまり、背が伸びて年相応になれるということです。13歳か14歳の少女にしか見えないエリシアさんが、18歳の美しい女性になる」
「本当ですか? 私は目立たない見た目だし、どうあがいても美しくはなれないでしょうが、とても嬉しいです。ちゃんとした大人の外見なら、働き口も見つかりやすいでしょうし!」
エリシアは微笑んだ。この病室にはなぜか鏡がない。だが、いまの自分が美しくないことは容易に想像できる。
治療が終わっても、見た目はたいして変わらないだろう。少し背が伸びた、茶色の髪で茶色の瞳の娘が鏡に映るだけだ。
父と母から受け継いだ、地味極まりない色彩と容姿──それでもきっと、ささやかな喜びは感じられるはず。その瞬間を、エリシアはわくわくしながら待ちわびていた。