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5.治療院の人々

(この人たちは誰だろう。そもそも、一体全体ここはどこ?)


 エリシアは体を起こし、頭の中を駆け巡る謎を解こうとした。が、すぐに諦めた。まだ頭がくらくらするし、不明瞭な点が多すぎて考えがまとまらない。


「私はシャレド・フォーダム、職業は治癒師です。そして、ここは王立治療院の病室。治癒師として、あなたに敬意と優しさを持って接することを誓います。ですからどうか、ご安心を」


 シャレドは長身で黒髪黒目の、非常に背の高い男性だった。若く見えるが、妙に老成しているように見える人だ。


「あっちの目つきの悪いのがローリック・ケンタイア、彼もまた治癒師です。そしてあなたの看護を担当するターシャ、ロゼリン、ホープ……」


 ローリックというらしい男性が、小さく頭を下げた。たしかに目つきが鋭い。髪は灰色、瞳は世にも稀な緋色だ。

 三人の中年女性が優雅に一礼してから微笑む。彼女たちの目はどこまでも優しかった。


「さ、流石は王立治療院ですね。『恥知らずのアージェント家』の末裔にまで優しくしてくださるなんて。ガルブレイス王国の、安心と安全の象徴だけのことはありますね……」


 エリシアは溜め息をついた。治療院の人々の顔に、何とも言えない表情がよぎる。


「でも、王立治療院って治療費がお高いんですよね。どうしてここに運ばれたのかはわかりませんが、私には手持ちのお金がないのです。ですから、貧民街にある救護院の方へ移してくださいませんか? あそこなら、基本的には無料で治療してもらえるはずですから」


 そう言いながら、エリシアは病室を見回した。

 贅沢にしつらえられた部屋の中心に、四柱式の大きなベッドが鎮座している。カーテンやリネン類は淡い緑で統一され、リラックスできる雰囲気だ。 

 特別室か何かだろうか。あまりにも高級すぎて、みぞおちの辺りがざわつく。上品さと高級感がタッグを組めば居心地が良くなるが、その分お値段も跳ね上がるのだ。


「私、職を失ったばかりでして。元雇い主は荷物を送ってくれると言ったけれど、お給金を貯めていた革袋は取り上げられてしまうかもしれないんです。結果的に借金をすることになったら、そのために却って悲惨な死を遂げることもあり得ます。こんなに立派な病室は、私には不釣り合いです」


 シャレドとローリックが同時に顔をしかめた。看護師たちも微妙な表情だ。


「すみません、せっかく助けて頂いたのに無一文で……」


 エリシアは申し訳なくなり、深々と頭を下げた。

 ここはやはり、早々に退院するしかあるまい。そう結論を下したとき、重厚感のある扉が開いた。


「費用のことは気にするな」


 聞き覚えのある声がした。入ってきたのは王太子アラスターだった。


「国民に必要なものを与えることは、王族の務めだ」


 アラスターの声は凛々しかったが、顔に疲れが出ていた。目の下にくっきりと隈ができている。エリシアが気を失っている間に、一体何があったのだろう。


「そ、そうですよエリシアさん。アラスター殿下は信頼の置ける、まっとうな方です。殿下の国民を守るという決意は、魂に刻まれているほどに強いものなのです。安心して治療に専念してください!」


 シャレドが笑みを浮かべ、安心させるように言った。


「ほら、早く横になれ。体中、痛々しいまでに傷ついてんだから。っていうかお前、震えているじゃないか。寒気がするのか?」


 ローリックが渋い表情で言った。エリシアはひとつうなずき、それから首を横に振った。


「震えているのは確かです。寒気もします。ですがそれは体調のせいではなく、この病室の高級感のせいでして。私のこれまでの人生とは対極にある輝きとでも言いましょうか……とにかく、落ち着きません」


 エリシアは指先でこめかみをさすった。


「ここを出たら、私はまた虐げられる暮らしに逆戻りです。いえ、前よりももっと悪い──何しろ職探しから始めないといけませんから。なので、身の丈に合わないものに慣れたくないのです」


 本当は、四柱式ベッドのふかふかの寝具に触れるのも気が進まない。できるだけ設置面積を少なくしたくて妙な力み方をしている。そのせいで震えている、というのが本当のところだ。


「ですので、一番安い病室に移して頂けると助かるのですが……」


 エリシアはじっとアラスターを見つめた。彼は顔を赤らめ、病室の椅子にどさりと身を投げ出した。


「いくら『恥知らずのアージェント家』の末裔とはいえ……一応は伯爵令嬢にここまで言わせるとは。目を背けてきた貴族も王族も、ろくでなし以下だな」


 アラスターは椅子の背に深くもたれ、小さくつぶやいた。


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