3.ラーラの捨て台詞
ラーラは顔を赤くしたまま、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。
彼女は自分に、王太子妃として備えているべき最高の資質があると信じていた。自分は完璧であると信じていた。
とはいえアラスターの方は、花嫁候補としてラーラを気に入っている様子はなく、すべての令嬢に公平に接していたのだが。
社交界でのラーラは、エリシアに慈悲をかけたことで高く評価されていた。自分の物語の結末は、必ずハッピーエンドだと信じ切っていたのに、目の前の王太子は何を言い出したのだろう?
そんな風に戸惑っているラーラの気持ちが、エリシアには手に取るようにわかった。
「アラスター様……エリシアから一体、何を吹き込まれたのです?」
ラーラの頬の赤みが、ゆっくりと青白くなっていく。
ほかならぬエリシアのせいで、王太子妃になるというもくろみがついえたも同然であることに気づいたらしい。ラーラは鋭い目でエリシアを睨みつけた。
エリシアの「誤解です!」という叫びと、アラスターの「彼女は何も言っていない」という呟きが重なった。
「僕は自分の目で見たことを信じている、ただそれだけだ。ラーラ嬢、君が物陰でエリシアを殴っている姿を、僕の側近たちが目にしたのは一度や二度ではない。側近たちは僕の手足であり、目だからね。栄養状態が悪いのか、体の細いエリシアは毎回何かにぶつかって気絶していた。実際、僕も何度か見たよ」
「……雇い主として使用人を躾けるのは当然のことですわ」
「それにしたって限度はある。王太子妃になりたいのなら、己に四方八方から視線が注がれていることを意識しているべきだった」
「……失望しましたわ、アラスター殿下。恥知らずなアージェント家の人間ごときにたぶらかされて、筆頭公爵家の娘である私を糾弾なさるとは。いつか必ず、後悔なさいますわよ」
ラーラが捨て台詞を吐いた。彼女は踵を返すと、真っすぐにエリシアの方へと向かってきた。
「上手くやったものねエリシア。お望み通り解放してあげるわ。つまり、あなたは首よ。新しい住まいが決まったら連絡して頂戴、荷物は送ってあげるから。まあ──行く当てがあればの話だけれど」
「ラーラ様、私は王太子様とは口もきいたことがありません。神に誓って本当です!」
「お黙りなさい、この恩知らず。いいこと? アラスター様は気まぐれであなたを庇っているだけ。単に物珍しいだけよ。『恥知らずなアージェント家』の人間が、王侯貴族から受け入れられることは絶対にない──よく、覚えておくのね」
ラーラの視線が、くらくらする頭に突き刺さる。エリシアは呼吸を忘れていたことに気付いた。