2.善意100%
ラーラは唇を噛みしめ、体の震えを止めようとぎゅっと拳を握っていた。
彼女の波打つ金色の髪は豊かで、艶やかで美しい。人目を惹く端整な顔立ち、印象的な青緑色の瞳。エリシアと同じ18歳で、今年の社交シーズンでは一番人気の令嬢だ。
ラーラも気にかかるが、彼女と向かい合う王太子──19歳のアラスター・ガルブレイスの存在感は大きすぎた。強いオーラを放っていて、到底無視できない。
アラスターは、言うなれば神話の神だった。若干偉そうな口の利き方、それが許される独特の威圧感。銀髪で青い瞳の、とびきりハンサムな王太子様だが、ラーラに向けるまなざしはひどく冷たい。
「ラーラ嬢、君は確かに美しい。我が国の筆頭公爵の娘だけあって、非常に広範囲の知識を持っている。だが、それだけでは王太子妃に相応しいとは言えない」
ラーラが大きく息を呑む。まさか王太子が、取るに足らない娘のことで自分を糾弾してこようとは、夢にも思わなかったことだろう。
(ああああ、後でとばっちりが私に来る! 私はラーラに虐げられていても、いっこうに構わないというのにっ!!)
エリシアは冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。
「僕はガルブレイスの国民を愛してやまない。だから王太子妃は、どんな立場の人間でも受け入れられる人間であってほしいと思う。優しくできる人であってほしいと思う。つまりラーラ嬢、君は婚約者候補として失格だ」
「そんな……」
ラーラが顔を真っ赤にする。
アラスターの視線が、ぽかんと口を開けているエリシアへと流れた。エリシアもまた己の大切な国民であると思っているらしいことは、かなりはっきりと想像がついた。
「この場にいる貴族諸君、僕は君たちにも言いたい。僕が自分の目で見た限り、君たちはラーラ嬢の尻馬に乗って、エリシア・アージェントを虐げていたね。確かに彼女は、君たちに利益をもたらさない。かといって、逆らえない相手に横暴な態度を取るのは、人の上に立つ人間のやることだろうか?」
アラスターの言葉ひとつで、動揺が人々の間に波のように広がっていく。
エリシアはラーラの付添人になることで社交界にデビューしたが、受け入れてもらうことはできなかった。『恥知らずなアージェント家』の末裔なのだから当たり前だろう。エリシアは伯爵家の血筋でありながら『魔力なし』の、物珍しい珍獣でしかなかったのだ。
(それは別にいいのです王太子殿下! 足を引っかけられようが、グラスの酒を浴びようが、私は平気なんです。ラーラ専用の『アージェント家の末裔にだって慈悲をかけるワタクシ』という舞台装置、それが私。それでも満足なんです。だってだって、お給金が高いのですもの……っ!!)
エリシアはそう叫びたかった。実際、ありったけの勇気を振り絞って叫ぼうとしたが──掛け値なしの善意で庇ってくれているらしいアラスターから微笑まれて、声もなく立ち尽くすことしかできなかった。