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1.検査開始

 その後のアラスターの行動は早かった。舞踏場の目と鼻の先にある王宮に入り、すぐに『王太子がプライベートな時間を過ごす場所』にエリシアを連れて行った。


 アラスターはエリシアを抱き上げて歩いた。お姫様抱っこではなく、単なる荷物扱いだ。エリシアの体を毛布で覆い、使用人たちに見つからないように裏口からこっそりと入ったくらいだ。


「社交をさぼる大義名分は得たが、とにかく時間が惜しい。やることがたくさんあるんだ。馬車酔いとワイン事件のおかげで、王宮の使用人たちへの言い訳には事欠かない。体調不良ほど都合のいいものはないからな」


 宮殿内には、ぱっと見にはわからない隠し通路がたくさんあるらしい。歴代の王が改良を重ねてきたため、かなり複雑になっている。

 アラスターは子どものころ、それらの通路を見つけ出して探検するのが趣味だったのだそうだ。


「よし。ここなら君と四六時中一緒にいられる」


 隠し通路を歩いてたどり着いたのは、こぢんまりとした部屋だった。窓もなく、とても快適とは言い難い。


「この場所は、王宮内の誰ひとりとして知らない。君だってまさかお姫様扱いを期待してたわけじゃないだろ。僕たちは奥の部屋にいるから、そこに置いてある服に着替えたら入っておいで。すぐに検査を始めたいから」


 アラスターはすっかり人が変わっていた。何というか、暗黒面が表に出ている。彼はシャレドとローリックと一緒に奥の部屋に消えた。

 棚に置いてある衣服に手を伸ばす。シンプルな木綿のワンピースだ。エリシアの本来の立場にふさわしい。


(この単なる研究材料扱い、すごくいい!)


 エリシアは特に何とも思わないどころか、逆に胸が熱くなった。釣った魚に餌をやらないってやつだ。


(ああ、落ち着く。玉座に座らされたり、何品もある晩餐を出されたりしたら、間違いなく吐いたもん)


 実家に帰ってきたような安心感で、ハミングしながら着替えた。エリシアの身になって考えれば、むしろ最高のもてなしだ。

 扉を開け、隣の部屋に入る。そこにいたのは『もうひとりのアラスター』だった。


「おおお……マッドサイエンティスト?」


「できたら博士と呼んでくれ」


 白衣を着たアラスターが、眼鏡の真ん中をくいっと押し上げた。


 王太子のプライベートルームとはとても思えない、雑然とした部屋だった。

 大きな作業台の上に、針金やペンチ、ちびた蝋燭、三角フラスコやガラスのアンプル、ゴムの手袋、何のために使うのか皆目わからない器具が散らかっている。そして部屋の中央に、気味の悪い大掛かりな装置。


「これは僕の十年間の集大成だ!」


「九歳のときに一体何があったんです?」


 エリシアは小首をかしげた。王太子としてはちょっと尋常ではない。彼にこれほどの影響を与える、何かがあったに違いない。


「さあさあエリシアさん。台に乗って横になってください」


「入るときは膝を曲げて、そうそう、それでいい」


 やはり白衣に着替えているシャレドとローリックに促されて、台の上の『寝袋』のようなものに入った。ふかふかの羽毛でできた繭みたいだ。


「お手荷物があるならお預かりします。検査の邪魔になりますので」


「あ、じゃあこれを」


 エリシアは首から下げていた小袋を引っ張り出した。


「ずっと隠して持っていたのか。まったく気づかなかった。一体、何が入っているんだ?」


「本当に大切な物だけです。父から貰った印章と、母の髪の毛がひと房。ご先祖様が残した手帳と……あとは子どものころに、たったひとりのお友達がくれたもの」


 エリシアがいうと、アラスターは「友達」とぶつやいて目を閉じた。


(友達いたのか、とか思ってるんだろうなー。まあ1回しか会ったことはないし、顔ももう覚えてないけど)


 綺麗な子だったことは覚えている。もっと色々な情報がほしかったが、すぐに大人の手で引き離された。


「面白い子だったんですよ。私と友達になるくらいだから、生まれたときから変人なんでしょうけど。寂しかったりみじめだったりしたとき、その子のことを思い出しては慰められてましたね」


「大切なものが入っているのですね。丁重にお預かりしますね」


 小袋を受け取り、シャレドが微笑んだ。

 アラスターが大きな銀板をのぞき込む。


「……ざっと見たところ、体も心も落ち着いているな。これなら本格的な検査に入ることができる」


 繭のようなかたちの装置からはいくつもの配線が伸び、脇に置かれた銀板に繋がっていて、エリシアに変化があればわかる仕組みになっているらしい。


「体内の魔力濃度はゼロパーセント。シャレド、ローリック。もっと深いところを探っていくぞ」  


 アラスターは確かに優秀っぽい。エリシアは安心して目を閉じた。繭のような装置の中で眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。

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