4.ぶっつけ本番
「まあ、当たって砕けろの精神でいこう。ちなみに紳士が令嬢に惹かれるのは、相手のどんな点を発見したときだと思う?」
「家柄と莫大な持参金ですかね?」
「ぐ……身も蓋もないことを言うな。僕調べだが、賢い行動を見たときや、機知に富んだ会話をしたときだ。そして『おもしろい女』だと思った瞬間だ!」
「おもしろい女」
アラスターが力説するので、つい復唱してしまった。彼の基準では、美人で金持ちなだけでなく、何らかの面白みがないといけないらしい。
「ガルブレイスじゅうの令嬢が束になっても、面白さでは君に敵わない。魔力がないとか育ちがどうとか、そういうことじゃないんだ。唯一無二の女性だと、男に思わせる力があるということだ。だから自信を持て」
「よくわかりませんが、褒め言葉としてありがたく受け取っておきますね」
そう答えた瞬間から肩の力が抜け、エリシアは不安を忘れた。
舞踏場に足を踏み入れた瞬間、人々のどよめきが耳に届いた。あちこちから好奇の視線が寄せられる。
エリシア──もとい皇女エリーの姿がよく見える場所を確保するため、人々が群がってくる。
競り勝ったのは、王太子妃の地位を手に入れようと必死になっている令嬢と、その母親たちだった。
エリシアは全員を知っていた。ラーラの取り巻きだった侯爵令嬢、意地悪な噂が大好きな伯爵令嬢などなど……皇女エリーに脅威を感じているのは、容易に想像がつく。
いくつもの射抜くような瞳に囲まれ、エリシアは背筋がぞくぞくした。
他国から油揚げを攫いに来たトンビとアージェント家の末裔ではかなり立場が違うが、どこをとっても厄介な存在であることは変わりがない。
(これこれ! この、温もりの全く感じられない視線! この1か月おあずけになってたけど、やっぱり落ち着くうぅ~っ!)
エリシアは全員に笑みを向けた。前列の女性陣がたじろいだ。後ろから、男性陣のうっとりしたような声がする。
「なんとまばゆい笑顔だ……」
「さすがは皇女様、宝石のごとき輝きだな」
「シンプルなドレスなのに、美しく華やかで魅力的。すべてが我が国の令嬢と全く違う」
図らずも『とっておきの笑み』になっていたらしい。皇女エリーは紳士たちを陥落させた。どいつもこいつも、エリシアには目もくれなかった連中だ。
「神々しいほどの美貌だ……胸が熱くなる。魔法をかけられたように、頭がまともに働かない。もしや魅了の能力をお持ちなのだろうか」
エリシア相手だといつも下品な物言いだった公爵家嫡男が、うっとりとした声を出す。
(私、魔法使えませんけどね)
物陰で殴りかかってきた侯爵家の跡継ぎや、何かにつけて嫌味たらしかった若き伯爵も鼻の下を伸ばしている。令嬢たちは見るからに苛立っていた。
ラーラの付き添いは楽しい仕事ではなかったが、社交界の中心人物たちの人となりが知れたのはありがたい。
初老の男性が進み出てきた。シンクレア公爵の陰に隠れて、いつも二番手だったマクリーヴ公爵だ。
「皇女殿下。無事にご到着なさいまして、まことにようございました。私はファーガス・マクリーヴ公爵です。貴族一同を代表して、お喜び申し上げます」
「こんにちは。エリーです。よろしく」
いきなり完璧な皇女の発言などできるわけもなく、片言っぽくなってしまった。
しかしそれが逆によかったらしい。生まれ落ちた瞬間から超大国の皇女としてわがまま放題してきました、と言わんばかりの高慢さが出た。
「しばらくこちらにご滞在なさるとか。メンケレン帝国の皇族方は、皆様強い魔力をお持ちとか。天才揃いで、複数の属性を操れると聞き及んでおります。エリー様はどのような魔法がお得意で……」
「ありません」
しまった。超正直にきっぱりと答えてしまった。ないものはない、と思うあまりに刺のある高慢な声になった。
アラスターがすかさず前に出る。
「そのような質問に答える必要がない、という意味だ。いきなり失礼だぞマクリーヴ。皇女様はご機嫌を損ねていらっしゃる」
「も、申し訳ございません。どうかお許しを!」
マクリーヴ公爵が胸の前で両手を握り合わせた。そしてペコペコと頭を下げる。公爵よりもずっと身分が高い、強大国の皇女に盾突くなどもっての外なのだ。
(これは……思ったより楽しいかもしれない)
別人のふりをして貴族たちを欺くことで、虐げられ続けてきた心が癒されるのを感じた。
極めて不幸。極めて孤独。そんな日々を過ごしてきたのだから、ちょっとぐらい楽しんでも罰は当たるまい。
ひとりの令嬢が、耐え切れないと言わんばかりに声をあげた。
「アラスター殿下。今日は私たちと踊って頂けないのですか?」
「すまないが、無理だな。目を離してはならない大切な人がいるのでね」
アラスターがエリシアに微笑みかける。
「皇女様の要求を満たすことが何より大事だからね。ああエリー、ガルブレイスでの滞在中、ほしいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
しばらく小首をかしげ、エリシアは答えた。
「ほしいものがわからないので、あなたが用意してくださいますか? このブローチのように」
エリシアが正直に答えるほど、皇女感が出るという法則がわかってきた。何を言っても、皇女なのだから丁重な扱いを受けて当然、という解釈をしてもらえる。
貴族たちの目が、エリシアの胸元に釘付けになった。シャンデリアの光を反射して、ダイヤモンドのブローチがきらきらと輝いていた。




