1.王太子アラスターの意見
「ラーラ・シンクレア公爵令嬢。自分の付添人を奴隷のように扱うのは、いいかげんにやめたまえ。君には人に対する敬意というものがないのかい?」
ガルブレイス王国の王太子、アラスターの声が舞踏場に朗々と響いた。
「いや、奴隷ならまだいい。少なくとも人間扱いはしている。ラーラ嬢、君のエリシア・アージェントに対する態度は『ゴミ扱い』と言った方が正しいな」
「何を仰るのですアラスター殿下!」
雇い主であるラーラの叫び声が耳に届いて、舞踏場の端っこにいるエリシアは息を呑んだ。
人垣の後ろで必死につま先立ちをしたが、王太子とラーラの姿はほとんど見えない。エリシアは着飾った人々をかきわけ、舞踏場の中心に向かった。
「何か誤解があるようですわ。段階を追ってご説明するのが一番いいですわね」
なんとか人垣の切れ目を見つけては、エリシアはじりじりと進んだ。誰もが口を閉じているので、ラーラの震える声ははっきりと聞こえる。
「エリシアはアージェント伯爵家の末裔です。いまから百年前、この世界が『大厄災』に見舞われたとき──由緒正しい貴族でありながら、唯一魔力が発現しなかった『恥知らずなアージェント家』のね。彼らは領地を守れず、領民のほとんどが魔物に殺された」
ラーラは『恥知らずなアージェント家』の部分を、特に蔑むような口調で言った。エリシアは激しい胸の痛みを感じた。
(無理にわからせようとしなくても『恥知らずなアージェント家』のことは誰だって知っているわ。そう、アラスター殿下だって。百年前に伯爵家から領地を取り上げたのは、ほかならぬ王家なのだし)
何人かの貴族たちが視線を向けてくる。エリシアは気づかないふりをして歩き続けた。
(それでも百年前のアージェント伯爵家の面々は、魔物と勇敢に戦ったのよ。魔力はなくても、一生懸命領民を守った。おじい様の、そのまたおじい様の日記帳に全部書いてある……)
かろうじて残っていた爵位は、唯一の後継者だった父が死んで宙に浮いてしまった。母も後を追うように亡くなった。どちらの死も、エリシアが十歳になる前のことだった。
「エリシアが私たちのような『魔力のある』貴族と違うことはおわかりでしょう? 私は天涯孤独になった彼女に住む場所を与え、高い給料を払っています。奴隷扱いなんて──ゴミ扱いなんて、絶対にしていませんわっ!」
「そうだろうかラーラ嬢? この春から始まった社交シーズンで、君は僕の歓心を買おうと必死だったね。付添人であるエリシアの姿は、いつも僕の視界の端に入っていたよ。君はささいなことで厳しくエリシアを叱責し、扇で叩き、一分たりとも休憩を与えようとはしなかった」
ラーラが金切り声を上げ、アラスターが冷静に応じる。ついに、エリシアの視界が開けた。