侍女マルゴのレポート 王妃様のお土産
前作『王妃様のお土産』に、モヤモヤする、未消化といった感想をいただいたので、補足編を書きました。余計、モヤモヤしたら申し訳ないです。前作をお読みでない方は、そちらを先に読んでいただけると幸いです。
ごきげんよう皆さま。
天候不順な昨今、お元気でお過ごしでしょうか?
暗いニュースも相変わらずですわね。
でも、こんな時こそ、背筋を伸ばして深呼吸ですわ!
ちょっとだけでも、気分転換になりますでしょう?
さて、私はとある国の王妃様にお仕えする、マルゴと申します。
王太子妃としてご婚姻の際に、侍女として王宮にあがりました。
よく言えば気が利く、悪く言えば出しゃばりの私を、王太子妃様は気に入ってくださり、いろいろご相談も受けました。
王太子妃様に関わることですから、知ったかぶりは出来ません。
必要なことは調べたり、専門家の方に相談したりして、私もずいぶん勉強させていただきました。
そんな仕事態度が評価され、もったいなくも筆頭侍女の席を賜ったのです。
その後、王太子妃様のすすめで近衛騎士様とお見合いいたしました。
その時の近衛騎士団の中で容姿も実力も一二を争う方だったので、いい思い出になるわ、ぐらいの気持ちだったのですが、なんと彼と意気投合。
王家のために、これからも共に精一杯働きましょう、となって結婚。
しばらくして子供も生まれ、その時妊娠なさったばかりの王太子妃様から乳母に、と期待されておりました。
女の子を無事に出産しましたが子供の身体が弱く、王太子妃様に相談して、職を辞することになりました。
夫を王都に残し、母子で空気の良い場所へ静養に向かいました。
おかげさまで数年後には娘はお転婆で困るくらいに回復し、王都に戻ることが出来ました。
その間に、王太子様は国王に即位され、王太子妃様は王妃様となっておられました。
王都に戻ったご報告と、お礼を申し上げにうかがうと、すぐに仕事復帰できないかと打診されました。
しかも、どちらかというと表向きではなく、王妃様のご意向に沿って自由に動くような立場で働いてほしいというのです。
「あなたは経験豊富だし、わたくしの思いを汲んで、いちいちお願いしなくても動けると思うのよ」
そこまで信頼していただいたのなら、やらねば女が廃ります。
謹んでお受けいたしました。
さて、特に仕事の指示が無い場合、私がするべきは城内の情報収集です。
王妃様は公務もお忙しいですし、王城内といえども自由に歩き回ることは出来ません。それに、王妃様の前で本音を話す方など、ほとんどいらっしゃいません。
というわけで、気配を殺し目立たぬように、いろいろな場所に行って噂を拾ったり、様子を窺ったりいたしました。
ちなみに私、呼吸法によって気配を変える術を身に付けております。
呼吸はすべての基本ですからね。はい、深呼吸!
王城内という限られた場所でも、様々な事件が起こります。
些細なものから深刻で重大なものまで。
私が長生きしたならば、事件簿を記してみたいものです。
今回は特別に、とある出来事をご紹介しましょう。
事の始まりは王子様と王女様の家庭教師だった、男爵令嬢アンヌ様とフォール辺境伯様との出会いでした。
お仕事で王城にお越しになった辺境伯様が、アンヌ様の家庭教師の任が解かれたことを耳になさいました。
生徒であった王子様、王女様が学園に入られることになったからです。
辺境伯様は奥様を亡くされて独り身、お嬢様は6歳。
お嬢様の家庭教師を引き受けてもらえないか、訊くだけ訊いてみようと、アンヌ様に会いに行かれました。
廊下で二人きり、目が合った途端、フォーリンラブだったらしいですわ。
もちろん、私は見ておりません。
城内の密偵は、私だけではございません。
私のように侍女であったり、侍従であったり、メイドであったり、その片手間で情報収集をしている者は数多くおります。
それぞれ主人のために働いていますから、守秘義務がございます。
ですが、当たり障りのない範囲で情報を共有することもあるのです。
片手間密偵のネットワークですわね。
単なる噂話と、どう違うのか?
やはり、視点でしょうか。そして、リークすべき相手を知っているところ。
相手にとって重要な情報を教えれば、次の機会に自分に必要な情報が入ってくることもございます。
そんな、お仲間の一人がこそっと教えてくれました。
『ロジェ・フォール辺境伯とアンヌ・エメ男爵令嬢が恋に落ちたってよ』
彼は園丁です。
庭に耳あり回廊に目あり、でございますね。
皆さまも、お気を付けくださいませ。
私はさっそく王妃様にご報告いたしました。
身分の差はあるものの、優良物件同士です。
王妃様は午後のお茶に、アンヌ様をお呼びになりました。
アンヌ様がお帰りになった後。
「ああ、もどかしいわね。 あの子は清廉潔白過ぎよ!」
「アンヌ様は自覚が無いようですね」
「そうね、どう見ても好感触なんだけど。
本人の意思をはかりながら、話を進めましょう」
「かしこまりました」
翌日のことです。
「本日、アンヌ様がフォール辺境伯様とお会いになられて、領地へ行くというお返事をなさったのですが」
「ええ」
「辺境伯様が、同じ馬に乗って一緒に行きますか、とお誘いになられ…」
「まあああ。わたくしが誠実だと援護射撃したのに、いきなり、お持ち帰ろうとしたってわけね?」
「…不誠実、とは言えませんね」
「…ん? そうね、それだけ本気、とも取れるわね」
「アンヌ様は、王妃様のお土産があるからと断られました」
「危ないところだったわ。あの子は奥手で押しに弱いところがあるから」
「若い方には珍しく、思慮深い方ですね。でも、心にもないことは言えないでしょう」
「ええ、わたくしの秘蔵っ子よ。絶対に、行き遅れなんて言わせないんだから!」
などというやり取りがあり、計画は進行していきました。
さて、アンヌ様と言えば、仕事に関しては妥協せず厳しいともいえる方ですが、素顔は隙だらけ。
そしてご本人は全く気づいておられませんが、なかなかの美人です。
華やかな蝶の飛び交う王城では、地味な姿をしていれば目立ちませんが、どこにでも目利きの男性はいるものです。
まずは、アンヌ様の身を護るために王妃宮の客室へと軟禁……いえ、お移りいただき、丁重にもてなすことになりました。
真面目なアンヌ様は、侍女としてお世話することになった私にマナーの指導を依頼されました。
これは好都合でございました。怪しまれずに監視…いえ、常に見守ることが出来ます。
とはいえ、四六時中は無理ですからダンスレッスンとエステも追加することにいたしました。その間は、私も自由に動けるというわけです。
エステを得意とする侍女の皆さんは、たいへんな気合の入れ様。
素材がいい上に、今まで最低限の美容しかしてこなかったアンヌ様を『野生の令嬢』と呼び、持てる限りの力で仕上げていきました。
辺境伯様の目を眩ませないため、元通りの地味令嬢を装うのに手間取ったくらいです。
その後、味を占めて『野生の令嬢』狩りを始めそうになったエステ隊でございましたが、密偵ネットワークの活躍で無事に阻止。
王妃様の発案で、王宮で働く女性のためのエステ教室を開く、ということで落ち着きました。
ダンスレッスンは……頭脳派でいらっしゃるのですね、アンヌ様は。
私が顔の筋肉を総動員して堪えている横で、王妃様は素直に大笑い。
こういうところが、王妃様の魅力でもあります。
笑われて、気を悪くなさらないアンヌ様もなかなかですが。
アンヌ様は慣れない動きに苦労はなさっていましたが、練習を重ね着実に上達していきました。
講師に、ダンスのイメージトレーニングを進められ、すぐに顔を赤くしていらしたのは、辺境伯様を思い出しておられたのでしょう。甘酸っぱいですわ。
そうこうするうち、リメイクドレスにかこつけて採寸の上、制作されていた数点のドレスも出来上がり、辺境伯領に向けて出発する日が来ました。
最初は、馬車や宿が豪華すぎると言って落ち着かなかったアンヌ様でしたが、概ね、のほほんと旅を楽しんでおられました。
流されやすいのか、はたまた大物なのか。
私は判断する立場にございませんが。
途中で王妃様の計画通り、フランクール伯爵家に泊まらせていただきました。
辺境伯様の再婚話が持ち上がった時、王妃様は真っ先にフランクール伯爵家に連絡をとりました。
実は、辺境伯様の亡くなられた奥様は、フランクール伯爵ご夫妻のお嬢様でした。
エリザベト様は伯爵ご夫妻のお孫さんですし、何はともあれ、こういう話を進めようと思う、とお知らせしたのです。
王妃様は、伯爵ご夫妻のお気持ちを慮ったのですが、思いがけず協力を得られたのです。
伯爵ご夫妻はお嬢様の思い出を大切にしてくれる辺境伯様に感謝はしていたものの、お若いのだから将来のことも考えてほしかったようです。
養女の件も、必要ならばと自ら仰ってくださったほどでした。
滞在中に、私とメイド長の方との間で、ちょっとしたトラブルもありましたが、無事解決して旅に戻りました。
そうそう、忘れるところでした。
養子縁組の書類にサインをいただくために、伯爵様がちょっと多めにアンヌ様にお酒を勧めたのですが、アンヌ様、酒豪の素質のある方でした。
書類を持って寝室を訪ねると、思いの外しっかりしていらっしゃったのです。
夜分に訪ねて申し訳ない体を装って、出来る限り素早くサインをいただきましたが、正直焦りました。
慢心は怪我のもとでございますね。
やがて、無事に辺境伯領に到着し、辺境伯様とエリザベト様の出迎えを受けました。
さて、私にとっては、ここからが本番。
敵陣に乗り込み、いざ決戦というところだったのですが…
思いがけない助っ人が現れました。
今回の立役者であるエリザベト様です。
王妃様から、事前に手紙が行っていたとはいえ、その内容は
『わたくしのお気に入りの男爵令嬢が、お世話になるけどよろしくね』
といったもので、詳しい計画などは書かれていなかったのです。
王妃様から直々にそんな手紙をもらったら、普通のご令嬢は緊張してしまうでしょう。
ところが、エリザベト様はお父様である辺境伯様の様子から、薄々何が起きたか感付いていらしたようです。
そして、アンヌ様の到着をもって確信し、速やかに行動に移ったのです。
見事なアドリブの数々、初見で私の役割を見破った眼力。
エリザベト様の活躍で、その場はうまく収まりました。
ですが事は婚姻であります。当人たちにとっては一生問題でございます。
書類が整っていたとはいえ、王都で受理されたわけではありません。
この婚約は形式を踏んだだけ。
辺境伯様は百もご承知です。
一連の騒動、もとい玄関前の歓迎挨拶のアレコレが済み、アンヌ様は部屋で一休み。
頃合いを見計らって、辺境伯様がアンヌ様を庭園でのお茶に誘われました。
「疲れは少し、取れましたか?」
「ええ、お気遣いありがとうございます。
疲れというより、驚きのほうが大きくて…」
「なるほど」
辺境伯様は苦笑されています。
「あの…」
「何でも言ってください。
落ち着いて思い返してみたら、間違えて婚約を受けてしまった、とかでも」
少し寂し気な辺境伯様の表情には、覚悟が現れていました。
「間違いでは、ないです」
「え?」
「本当に、私でいいのかと、まだ不安はありますが…」
確かに、アンヌ様の背中が少し丸まっています。
「娘に…エリザベトに言われたんです。
家のためにも、領民のためにも、再婚して家族を増やしてほしいと」
「はい」
「家庭教師にお誘いした件は、まったくの偶然でしたが、貴女に会った時、運命を感じました」
「私は地味な姿でしたのに?」
「辺境伯の眼力を舐めてはいけません。
野生動物も相手にするのです。本質を見抜く目は自信がありますよ」
「野生…動物…」
「あ、おかしな例えでしたね。ご気分を害されたなら申し訳ない」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
アンヌ様は小さく笑っていました。
「不安は私も同じです。会って間もない、違う場所で違う暮らしをしていた者同士です。
でも、貴女となら、歩き始めてみたいと思った」
「辺境伯様…」
「養女の書類も、まだ正式に受理されたわけではないんです。
まだ、引き返せますよ」
「…いいえ、私も貴方の隣を歩いてみたいです」
じっと見つめあう二人。
ガゼボに近い、覗き見用に作られたのではないかと思うほどの植え込み。
その陰から、私はずっとお二人を見ていました。
興味本位の覗き見ではございません。
王妃様への報告義務がありますので、最後まできっちり見届けなくてはならないのです。
そんな私のスカートに何かが触れました。
おや、と思って見下ろすと、なんとエリザベト様です。
じっと、ガゼボのほうを見ていらっしゃいます。
ガゼボのお二人は順調に盛り上がり…、あ、今、キスされました。
スカートがギュッと引っ張られ、見ればエリザベト様が私のスカートに顔をうずめていらっしゃいます。
幼女の自主規制。慎みのある方です。
私は思わず、頭を撫でてしまいました。
「エリザベト様のお母様のお話を、いつか聞かせていただけますか?」
アンヌ様の声がしました。
エリザベト様が、ハッとして顔を上げます。
「エリザベトにも、ほとんど話したことが無いんです」
少し気まずげに、辺境伯様が答えられました。
「では、エリザベト様と一緒に、時期が来たら聞かせてください。
大切なご家族のお話を」
「…ありがとう。アンヌ」
エリザベト様はポロポロと涙をこぼして、黙ったまま立っておられました。
私はしゃがんで、ハンカチで涙をそっと受け止めます。
「エリザベト様、王妃様から他にもお土産がありますよ」
「…」
「王都で今流行の、薔薇のジャムが入ったチョコレートです。
あちらで召し上がりませんか?」
「…ご一緒してくださる?」
「喜んで」
明日からは、きっとアンヌ様が毎日エリザベト様と手をつながれることでしょう。
僭越ながら私が一足先にエリザベト様と手をつなぎ、邸内へと戻りました。
薔薇ジャムのチョコレートはお気に召したようで、エリザベト様に笑顔が戻りました。
その夜のディナーには、王都から来た者を代表して護衛騎士の長と私が招待されました。
その他の者たちも、別室で労いの席を設けていただいたそうです。
遅れて食堂にみえた辺境伯様は、少し屈んだ姿勢でエリザベト様と手をつないでいらっしゃいました。
そして、エリザベト様のもう片方の手は、アンヌ様がしっかりつないでいます。
真ん中にいらっしゃる、エリザベト様の子供らしい笑顔。
こんなに幸福な心持になったのは、本当に久しぶりでございました。