プロローグの三年前からの話
俺の父は、俺を立派なスパイに育て上げたかったらしい。
また母は、俺のことを正義を掲げる立派な兵士に育てたかったらしい。
意見に相違のある二人。ここで公平な話し合いがなされればよかったのだろうが、世の中は男を優先とする男尊女卑の曲がった世の中。必然、俺は優秀なスパイになるべく、血と汗と泥にまみれた極悪な訓練を日々受けさせられることになった。
しかしそれは訓練とは名ばかり、虐待、いや拷問のような日々の始まりだった。
「立て!イルグスタ!山登り山下り10本くらいで音を上げるな!息を乱すな!スパイに肝心なことは決して気づかれることのないステルスとチャンスを逃さない狙撃だ!お前にはその自覚が足りん!さあ立つんだ、イルグスタ!」
我が家は標高450mほどの小さな山の麓にあった。その山を11か12の年の身体で往復10本走ることが山登り山下りによる体力増強訓練とされた。無尽蔵の体力をつけるためだとか言って。
それは擦り傷を作ろうが、転げ落ちて打撲になろうが、たとえ熱が出ようが、休むことは許されない。
地獄だ……!
子供にとって親は神のような存在である。その親が邪悪で極悪非道な悪魔のような人間であったなら、それはつまり子供が下僕のような存在に成り下がることに意味する。
「くっ……」
子供の俺は目端に小さく涙を浮かべて、壁のように聳え、日に陰る父親を睨みつけるが、しかし。
「何だその眼は?倍に増やされたいか?」
「………………」
疲労した身体でこれからさらに10本追加されでもしたら、明日の夜まで休みはないと考えた方がいいだろう。俺はしぶしぶうつむく。
「よし、次は射撃訓練に行くぞ。銃を握れ」
銃を腰のホルダーから抜いて、握る。
銃とはいっても当然中身は模擬専用に作られた軽い弾丸だ。それに発射の威力も減衰させられている。
それでも子供の身体に当たれば紫色のアザができるくらいの威力はあるが……。
「いつも通り、範囲はこの山全体。制限時間は1時間。俺に一撃でも喰らわせられなかったなら、罰としてひたすら走り、ひたすら射撃訓練に励め。では始め!」
正午くらい、頭のちょうどてっぺんのあたりから燦々と陽光を降り注いでいた憎い太陽が傾き、地平線の彼方へと下った頃。ようやく訓練は終わる。
そして。
結果、俺はいつも通り、父に一撃も父に喰らわせることは叶わない。
毎日、毎日、こんなハードな訓練をしようが、疲労した身体で山の中、本気で疲労度ゼロの大人と戦わされる。勝てるはずがない。
俺はこの後約三年のの間、負け続ける日々を過ごした。
年月は流れ、15回目の誕生日を迎えた日。街にある訓練校の方へ通いたいとダメもとで俺は進言してみることにした。それはつまり、兵士を目指すということである。つまり父の望みではなく母の希望であるということ。
将来の夢、あるいは希望なんて俺は見つけることはできなかった。でもいずれ、父も母も関係なく、自分の足で歩かなければならなくなる。今と大して変わらなくも思えるけれど、でもまあそういうことだ。
だから、少しでも父に嫌がられる内容でということで、その結論が訓練校ということになった。
無論、許されるはずもないのだが。でもまだ大丈夫。これまでの所業を受けてきて、すんなり受け入れられるなんて考えていないさ。当然に、父はまっさきに怒号と暴力が飛び出す男だ。人間の屑。ゴミ。死ねばいいのに。
そう、手段はまだある。あった。
俺はその日に実は三年も前からひそかに練っていた作戦を実行に移すことに決めた。やる決心がいつまでもいつまでもつかなくて、今日までずっと、それはやっていいことなのかな、悪いことなのかな、復讐は決まって悪いことなのかな、不遇な人間は不遇でい続けなければならないのかな。
なんて思い悩んできていたのだけれど、ソレも吹っ切れた。
重い一撃を頬に喰らった瞬間にその悩みは杞憂に終わった。三年の苦痛がすっきりと消えた。
俺は、畳の上で倒れた態勢のまま、地につく形で右の手の掌でこぶしを作った。
決めた、決めた。俺は決めた。残虐非道な父から一つ確かに受け継いだ才能と技術である――
――そう、殺戮。親殺しを。
かなり不定期投稿になると思いますが、できる限り頑張っていこうと思うのでよろしくお願いします。
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