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SFショートストーリーオムニバス「不確定世界への扉」1    不適切な記憶

作者: 高守アロエ

SFショートストーリー




「不適切な記憶」





20××年4月1日 木曜日 午前9時38分




モロボシ ユウイチは、自身の担当部署である、地下都市管理システムセンターで 地質分析を行っていた。



……今日は朝から、

やけに 身体がだるいな……



ユウイチはそう呟くと、深くため息をついた。



しかも何故か、今日に限って、思うように集中できず、満足に仕事がこなせずにいるのだ。



「……なんでなんだ? 朝に腹一杯、

エナジーを 補給したってのに……? 」



そう思いながらも ユウイチは、

空間上に浮んでいるコントロール・ディスプレイのホログラフを、指で掴んで閉じようとした。



が、しかし。



そう思って伸ばした手は、物の見事にホログラフを突き抜けて、不様にも つんのめってしまった。



……おっとっと……

なにやってんだ、俺……?



思わず狼狽えてしまい、コントロール・ディスプレイから さっと目をそらす。

そしてユウイチは、そっと呟いたのである。



「茜……!

君は今、何処にいるんだ?

今でも 君は、生きているのか?

この 地下都市の何処かで……?


茜……。

俺の 愛する妻の茜……。


俺より10才年下の 可愛い俺の茜!」



ユウイチは、そこまで呟くと 急に黙り込み、

思わず 涙を 流しそうになったが、しかし。



何故か理由はわからないが、感極まって

どんなに泣こうとしようが、涙が出ないのだ。



「あんな事があって、

涙も 枯れ果ててしまったか……」



そう呟くユウイチは、

いつになく 感情的である。



そして、その高揚する感情にまかせ彼は、

止めどもなく 呟き始めたのだ。




「――俺たち夫婦には、子供こそいなかったけど、アイツと暮らした日々が、まるで夢の中の出来事のように思える……!



2036年の、あの日が訪れるまでは……。

あの日……

あの日は、木曜日だった……。



朝、玄関先で見送る 茜の笑顔は、

いつになく 輝いていた。



あの日は……。

俺たちの 結婚記念日だった……。

俺は、茜には内緒で 用意していた

真珠のピアスを 渡してやるつもりだった。



……そう。あの日は……

抜けるような 青空が広がっていた。



午前中には 講義を受け持ち、

昼飯の時間帯に俺は、銀杏並木のキャンパスのベンチに腰掛けて、茜に電話したんだった……。



『今日は早く帰れるよ…

君に渡したいモノがあるしな』



わざわざ俺は、勿体振った言い方をしたよ。

そしたら彼女ったら、ケラケラ笑ってさ。



『う~ん…当ててみようかぁ!』



って言うから、

俺もついつい 調子づいて



『クイズに答えて 賞品ゲット!』



なんて柄にもなく、

おちゃらけてみたんだが、

そしたら茜のヤツ……。



『やだぁ~、、何処かの懸賞サイトみたい…

ポイントためて、みたいな笑』



って、呆れ返った声で言ってから

プッと吹いた後で、



『ズバリ!ピアスか指輪でしょ!? 』



なんて、

言ってたよなぁ……。



流石は するどいっ!

すっかり此方の手の内、

見破られたかぁ……

なんてな……。



考えてみれば、あれが最後だったよ。

茜の声を 聞いたのは。



……そして、あの日の午後だった。

時刻は……

確か3時を 回っていたはずだ……。



俺はまだ、構内にいたんだが、

突然、南側の窓の外から、

フラッシュを 焚いたような閃光が、

室内を 白熱に染めた――。



そして、次の瞬間には――

凄まじい 爆風と 高熱が、

構内の 窓ガラスを、破壊したのだ……。



まさか……!?

こ、これは……!



まさか、こんな形で……

軍事の手が及ぶとは!?



シェルターの所まで 逃れようとする俺を、

爆風が吹き飛ばし、炎熱が俺の身体を、

容赦なく 焼き付くして行く……。



ああ、まだ死にたくない……!


茜、

茜は無事か!?


……はやく、家に帰らないと……

はやく帰って、

茜を 救ってやらないと……!



ああ、ちくしょー!

なのに、目の前が……

暗くなって……いきやがる……! 」



そう叫びながら ユウイチは、

まるで電柱でも倒れるかの如く、

その場に 転倒 してしまい。



そして、次の瞬間であった――



「コードナンバー NBJS--36・

モロボシ・ユウイチ 二 フグアイ アリ。

シキュウ、カンリエリア 二 シュツドウ

シテクダサイ」



金属的な女の声が、だだっ広い管理室に

響き渡ったのである。



そして、金属的な女性の声が響く中を、

青い防護服の男二人が、駆け足でユウイチに

近寄ってきた。



「どうやら、この“個体”のマインド・

アップロードも 不完全だったらしい……。

失敗つづきだな、まったく! 」



先に 駆けつけた 男が、

如何にも 忌々しげに 呻いた。



すると、もう片方の男も 息急き切って 追いつき、ユウイチの側に跪く 相方の肩越しから

覗き込んで、そして、問い詰めた。



「修復は、可能なんですか?」



「わからんな……。 

爆撃の日に 諸星教授は、

奇跡的に シェルターに 救出されたんだが、

しかし、重度の熱傷ショックから、記憶回路に

混乱を きたして しまっていたからな。」



「しかし 先輩! 

精神転送 する際に、

死に際の 不適切な 記憶の部分は

削除された はずじゃないですか?」



先輩の 男に 向かい、

後輩の 男が 詰問する。



「ああ、確かにそうさ。


自分は 核爆弾によって 死亡した、

なんて記憶が 残ってたりしたら、

今後の 重要な作業に 支障をきたすからな。


……しかし あまりにも 鮮烈な記憶は、

テクノロジーの枠を、上回るのかもしれん……。


もしかすると、マインド・アップロード

された ロボットに、

教授の霊でも 宿っているとか……?」



すると……

盛んに首を捻りつつ、後輩の男が叫んだ。



「幽霊の存在を信じるんですか、先輩は!?」



が、しかし。


その言葉に、返す言葉が 見つからず、

思わず答えに 詰まってしまう。



「今や、存命している 専門家連で、

諸星教授級の 地質学は 皆無と 言って良い……。


諸星教授には、

意識だけでも 生き延びて もらわんと、

地下都市の 建設には 手が足らなすぎる。


何しろ あの 大規模核戦争の おかげで、

世界人口は、一億人にも満たなく

なって しまったんだからな……」



それだから 先輩は、苦しげな顔で、

そう言ってのける しかない。



しかし、後輩は その言葉に 納得できず、

先輩が そう言っている 横顔を、

如何にも 無念そうに、

じっと 睨みつけている。




斯くして、二人は――




絶望の溜め息を つきながら、

故障してしまった 人型ヒューマノイド・

モロボシ・ユウイチを ただ、

眺めているしか なかったのである――。



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