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記憶喪失令嬢と公爵様の婚約生活  作者: すず
第一章 記憶喪失編
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8.可愛いお客様

 ルイスとのリハビリを何度も繰り返したおかげで、セシリアは部屋の中くらいであれば自由に歩き回れる程に回復していた。


 それでも日常生活……屋敷内を自由に歩くにはまだ不安が残るそうで、医師からはもう少し部屋の中でのリハビリが必要だと診断された。とは言え、ベッドの上での生活を終わらせられた事にセシリアは喜びを感じていた。


 朝目覚めたらバルコニーに出て大きく息を吸う。身支度だって自分で出来る(なぜかエマには嘆かれたが)。湯浴みも不自由なく出来る。ルイスの見送りも部屋からにはなるが、ちゃんと立って見送ることが出来るのだ。


 記憶の方はと言えば、相変わらず思い出す気配はなかった。ルイスが婚約者という事実も未だに実感がないままだ。既に何度か婚約破棄を願い出ているが全て笑顔で断られていた。それでもセシリアは、また折を見て相談するつもりであった。


 リハビリについてはつい先日、ルイスより部屋の中なら一人でリハビリしてもいいと言われている。転ぶ心配もなくなったからだろう。その時のルイスがなぜか残念そうであったのは謎である。


 そんな最近のセシリアは、窓辺のソファで本を読むのがお気に入りとなっていた。午前中に一人で部屋を歩いてリハビリをし、午後は本を読んでのんびり過ごすのだ。


 今日も午後の暖かな日射しのもと、窓辺のソファへ座って読みかけの本を読んでいた。ちなみにセシリアが読んでいる本は、メイド長のアメリアが邸内の蔵書室から見繕ってくれたものだ。


 巷で人気の本だとおすすめしてくれたもので、上位貴族の男性と貴族令嬢が主人公で、お互いに中々想いが伝えられないという恋物語だ。切なくてとても引き込まれるストーリーで、まだ半分も読んでいないがセシリアはすっかりハマっていた。


 ちなみに数ある本の中からこの本が選ばれた基準が、使用人一同による『セシリア様を公爵夫人にお迎えし隊(命名エマ)』の活動の一貫だとはセシリアは知るよしもない。


 実は、使用人達からはあの手この手で少しずつこうやって刷り込みのような事をされている。そのどれもがルイスとの仲を深めようとするものなのだが、あまりにも地道で巧み過ぎるためセシリアには気付かれていない。効果が出ているのかも微妙であった。


 静かな室内にはページをめくる音と時計の音だけが響いていた。新たな展開にハラハラした気持ちで本に没頭して読み進めているセシリアは、ふと視線を感じたような気がして顔を上げた。


「…………」


 エマが来たのかと思ったが、視線の主は全く別の人物であった。


 そこには顔を半分だけ出してこちらを覗く男の子がいた。見た目からすると四、五歳くらいであろうか。この屋敷で子供を見たのは初めてであったので少し驚いてしまった。


「こんにちは。どうしたの?」


 セシリアはなるべく怖がらせないように優しく話しかけた。しかしながら、ただ声をかけただけであったのに男の子は目を見開き口をポカンと開けてしまった。どうしたのだろうと首を傾げると男の子は「わぁ」と感嘆の声を上げた。


「めがみさまだぁ……」

「えっ?」


 まさかの言葉にセシリアは目をパチパチさせて驚いた。男の子はどう見てもこちらを見ている。女神様とは以前エマからも言われた事があるが、まさかこんな子供にまで言われるとは。皆の目は大丈夫なのだろうか。この屋敷には何か目の病が流行っているではと少し心配になってしまう。


 セシリアは気を取り直して話しかけた。


「えぇと……女神様ではないわ。私はセシリアというの。あなたのお名前は?」

「ジ、ジーン……ぼく……ジーン」


 緊張しながらも礼儀正しくきちんと挨拶をするジーンはとても微笑ましい。つい笑みを浮かべると、ふとジーンが大事そうに本を抱えている事に気付いた。


「あら、本を読むの?」

「……よんでもらおうとおもったの。でも、みんなおしごとだから…」


 しゅんと俯いて萎れていくジーンがとても可愛らしくセシリアは母性をくすぐられた。皆ということは本を読んで欲しくて色々な人に声をかけたのだろう。その姿が何となく想像出来てしまった。


 ルイスに弟がいるとは聞いていない。しかし、この屋敷にいるなら使用人の誰かの子供であろう。親が仕事中で構ってもらえず寂しい思いをしているのかもしれない。そう思うと放っておけなくなり、セシリアは自分の読んでいた本を閉じテーブルへと置いた。そして自分の隣をポンポンと叩いてみせた。


「私で良かったら読んであげるわ。こちらへいらっしゃい」

「いいの!?」


 セシリアの一言にジーンは勢いよく顔を上げた。その目は嬉しそうにキラキラと輝いている。いそいそと部屋へ入りきちんと扉を閉めると、セシリアの元まで駆けてきて隣へと座る。それがまた可愛らしくて自然と笑みがこぼれた。


 近くで見るジーンは、栗色の髪がふわふわと柔らかそうで、瞳はブラウンと言うよりはオレンジ色。はつらつとした顔立ちはまだ幼さが残っていた。


 ジーンは、先程までの緊張はどこへ行ったのか、セシリアにぐいぐい本を押し付けてきた。よほどこの本を読んでほしかったらしい。


「これ! これをよんで!」

「騎士様のお話ね。じゃあ……昔、小さな小さな村に」


 本を読み進めていくと、ジーンはセシリアにのしかかるようになるほど夢中になって本を覗き込んでいた。騎士が好きなのか、戦いの場面ではとても興奮していた。セシリアの落ち着いた声も読み聞かせには向いていたのかもしれない。


「……そうして騎士は悪い怪物を倒して国を守りました」

「きしさまかっこいい!」

「ふふっ、そうね」


 子供らしく本の世界にはしゃぐジーンにセシリアは穏やかな笑みを向ける。男の子だけあってこういう話しが好きなのだろう。


「ぼくもおおきくなったらきしになるの!」

「すごいわ。きっと素敵な騎士になるわね」


 ジーンの柔らかな髪を撫でるとくすぐったそうにしながらも無邪気な笑顔を見せてくれた。やはり子供はとても可愛い。そんな事を思っていると、オレンジの大きな瞳がじっとセシリアを見上げてきた。


「どうしたの?」


 ジーンは目を逸らしたかと思えばまたセシリアを見つめたりとどこかそわそわしているようであった。急かさずにジーンの言葉を待っていると遠慮がちな声が聞こえた。


「……あのね……セシリア姉さまってよんでもいい?」

「まぁ、嬉しいわ。私で良かったら本を読んであげるから、いつでも遊びにきてね」

「やったぁ!」


 嬉しそうに破顔したジーンはセシリアにぎゅっと抱きついてきた。あまりの可愛らしさに負けてしまいセシリアもジーンを抱きしめ返す。ふわふわの栗毛がセシリアの頬をくすぐった。


 抱きしめられたのが嬉しかったのか、ジーンは満面の笑みでセシリアを見上げてきた。


「セシリア姉さま!」

「ふふっ、なぁに?」

「えへへ~♪」


 ただ呼んでみたかっただけのようだが、無邪気に甘えてくるジーンは本当に愛らしかった。セシリアはまたもジーンの頭を撫でた。褒められた子犬のように嬉しそうにされるとつい頭を撫で続けてしまう。きっと弟がいればこのような感じなのだろう。


 午後の麗らかな一時、柔らかな光に照らされるセシリアはまさに女神のようであった。無邪気な子供を無償の愛で包み込む優しき女神様だ。


 そんな二人の様子をこっそり覗き見していたのはエマを含むメイド達である。二人の仲睦まじく微笑ましい様子をうっとりと眺めていた。


「何という尊い光景……」

「セシリア様お美しいです~」

「まさに女神様だわ~」


 扉からこちらを覗くメイド達には二人とも気付かないのであった。

可愛い+可愛い=超可愛い

つまり、ジーンとセシリアの組み合わせは可愛いのです!


ーーと、思いながら書きました。

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