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記憶喪失令嬢と公爵様の婚約生活  作者: すず
第二章 婚約生活編
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16.滞在最後の夜

 孤児院をあとにしたルイスとセシリアは、フェーンベルグ本邸へと帰ってきていた。


 『王家の秘宝』を取り戻さなければならないため、ルイスの休暇は消え去ってしまった。二人は明日朝一にここを発つことになっている。ディルクとロイドは、隊長であるルイスの指示を受け、一足先に王都へと戻っていった。


 本邸へ帰宅してすぐに、ルイスはグレアムに事情を話している。グレアムも元は王宮勤めであったため、『王家の秘宝』の盗難事件は知っていた。今後の計画も説明すると、それはいい笑顔で微笑んでいた。


 そして、滞在最後の夜。ルイスとセシリア、グレアムとレベッカは家族四人で晩餐を囲んでいた。


「残念だわ……もっとセシリアちゃんとお話ししたかったのに」

「ああ、そうだ。いっそルイスだけ先に帰ればいいんじゃないかい?」


 二人の帰りを残念がる両親だが、実の息子の扱いは中々にぞんざいだ。もちろんその提案をルイスが了承するはずもない。


「セシリアは俺の婚約者です。なぜ、彼女一人を置いて帰らなければいけないのですか?」

「おやおや、ルイスはセシリアさんにすっかり夢中だね」

「きゃー!あなたからそんな言葉を聞ける日が来るなんて!お母さん、嬉しいわ!」


 何だかんだで仲の良いフェーンベルグ親子の会話にセシリアは笑みを浮かべていた。温かみのあるこの雰囲気はとても居心地が良い。


「セシリアちゃん、王都に戻っても文通しましょうね」

「お義母様。嬉しいです、ぜひ!」

「おや、それなら私もーーー」

「女同士のやりとりに男は入っちゃダメよ。あなたはルイスとやりとりなさい」

「よし、ルイス。お父さんと文通ーーー」

「仕事の手紙だけで間に合っております」


 ルイスは、ワインを片手にピシャリと言い切った。息子から文通拒否されたグレアムは、肩を落としてしょんぼりしている。レベッカとセシリアは二人で目を合わせたあと、堪えきれずにクスクス笑ってしまった。


 翌日は朝が早いため、晩餐は早めの解散となった。明日は朝食を共に取る時間はない。それでも二人とも見送りに来てくれるそうだ。


 ダイニングをあとにしたセシリアは、その足でルイスの部屋を訪れていた。


「ルイス様は、ここで幼少時代を過ごしたのですね……」


 興味深そうに部屋を見渡すセシリアに、ルイスは目元を和らげた。両親とのお茶会で、セシリアがルイスの部屋を見てみたいと言っていたのを知りルイスが誘ったのだ。


 自分の部屋に愛しいセシリアがいるとは何とも感慨深い。ぜひとも王都の自室にも気軽に来て欲しいものであった。


「セシリア、今回は慌ただしい事ばかりですまなかった。両親もあんなにうるさくて疲れただろう」

「あら、私はとても有意義でしたよ。お義父様もお義母様もお優しくて素敵な方でした」

「アレを素敵と言えるとは……」

「ルイス様の幼少の頃のお話も聞けましたし。それに、エマの家族にも会えました」


 嘘偽りなくセシリアには何もかもが新鮮だった。どの思い出も楽しいもので、疲れただなんて思ってもいない。


「しかし、セシリアをまた危険な目に合わせてしまった」


 悲しそうな顔のルイスを見て、セシリアは何の事かと首を傾げた。危険な事などあっただろうか。そして、すぐに一つの事が思い当たった。


「もしかして賭博場の事ですか?ディルクさんの言った通り、危険はなかったじゃないですか。案外、カードゲームも楽しかったです」


 ふふっ、と笑うセシリアにルイスも釣られて口元を緩ませた。一触即発の雰囲気が何回かあったが、セシリアは気付いていなかったようだ。


「セシリアがカードゲームに強いのには驚いたよ。鮮やかな勝ちだった」

「『王家の秘宝』についてサイラスさんが色々教えてくれて良かったです。次にお会いしたらお礼を言わないとですね」

「………随分あいつを気に入ったみたいだね?」


 どこか棘のある言い方にセシリアはまたも首を傾げた。言葉に詰まっている間にもルイスはどんどん拗ねたような表情になっていく。


「そうですね……面白い方だとは思います」

「…………あいつの嫁になりたいのか?」


 どうやらサイラスにヤキモチを妬いているようだ。思い返してみれば、サイラスから嫁に来ないかと言われた気がする。セシリアとしてはルイス以外に嫁ぐ気は全くなかった。


 セシリアはルイスの機嫌を取るにはどうしたらいいか考えてみた。今回は、心配してくれたルイスを脅すようにサイラス探しを申し出たのだ。意地になってしまった事もあり、少しはお詫びをしたいと思っていた。


ーーーそうだわ、あれならきっと!


 あの時の会話を思い出したセシリアは、ある考えを思いついた。きっとこうすればルイスは喜んでくれるだろう。今はちょうど二人きりだ。セシリアは、ルイスの喜ぶ姿を想像して意気込んだ。


「私が結婚をしたいのは……ルイス……だけです」


 『二人きりの時であればルイスと呼ぶこと』、それを実行してみたのだが言葉にした途端に恥ずかしくなり、しどろもどろとなってしまった。本当なら『愛しています』と言おうとしたのに言葉が出てこなかった。


 決まり切らなかった自分を恥じつつも、ちらりとルイスの反応を窺おうとすると、突然ルイスに抱きしめられた。


「セシリア!嬉しいよ!やっと呼び捨てで呼んでくれたね!」

「ル、ルイス様っ」


 ルイスは、弾けんばかりの笑顔で嬉しい嬉しいと呟いている。いつもより少しだけ強くぎゅうっと抱きしめられ、驚きからいつもの呼び方に戻ってしまった。


「ル・イ・ス」

「あ、はい…えっと…………ルイス?」


 一音一音強調して訂正されてしまった。すっぽりと抱かれた腕の中でルイスを見上げると、セシリアは戸惑いがちに言い直した。


「………セシリアが可愛すぎるっ……!」


 もうルイスは感動で胸がいっぱいであった。戸惑いがちに上目遣いでこちらを見上げてくるセシリア、照れながら己の名を呼んでくる愛くるしい声。


ーーー可愛い、可愛い、可愛い、可愛すぎるっ!


 もうルイスの語彙力は死滅して可愛いしかない。こんなに呼び捨てで呼ばれる事が嬉しいなんて思いもしなかった。


「はぁ、なんでセシリアはそんなに可愛いんだ。これでは俺がセシリアに溺れる一方じゃないか……」

「………私としてはルイスの方がかっこ良すぎて困ります」

「好きな女性の前ではそうありたいんだよ。本当は狭量でヤキモチ妬きの男なんだ」


 ルイスの独白にセシリアは思わず笑ってしまった。ヤキモチ妬きと言えばそうなのかも知れない。しかし、それは自分を想ってくれているからで、ちっとも嫌ではない。むしろ嬉しくもある。


「私だってルイスが他の女性に口説かれていたら妬いてしまいます。お揃いですね」

「セシリアがヤキモチ?」

「あら、意外ですか?」


 セシリアは改めてルイスの端整な顔立ちを見つめた。何度見ても凛々しくてかっこいい。凛々しくも優しげな瞳、すっと通った鼻梁、形のいい唇。いつぞやの夜会で令嬢達がこぞってルイスの気を引こうとしていたのがよく分かる。


「結婚する一年後まで私の事、嫌いにならないで下さいね?」


 それはセシリアの本心であった。毎日のように好きだと言われていても、これだけ素敵なルイスであれば不安にもなるというものだ。


「それは俺のセリフなんだけどな。俺は一生セシリアだけを愛すると誓う。嫉妬深くてヤキモチ妬きの俺の事も嫌わないでいてくれるか?」


 ルイスの真剣な瞳に見つめられ、セシリアは柔らかな笑みを浮かべた。


「もちろんです。私も………ルイスの事だけを一生愛すると誓います」


 真っ直ぐにルイスのアクアマリンのように澄んだ瞳を見つめて答えれば、美しい顔はいつになく幸せそうに微笑んでいた。セシリアはルイスの背に手を回し、抱きしめ返してみた。


「全く……セシリアは俺を煽るのが上手いな」


 はぁ、と小さな溜め息をついたルイスは、可愛い婚約者の行動に歯止めが効かなくなるのを感じた。


 セシリアの柔らかな唇へそっと口付ける。セシリアの唇はほのかに甘く、それを味わうように食んでみる。唇を重ねれば重ねるほど、ルイスの理性は保てなくなってしまった。


「セシリア………」

「…………んぅ……」


 次第に激しさを増す口付けは、お互いの舌を絡ませ合う濃厚なものへと変わっていく。混じり合う唾液がくちゅくちゅと淫靡な音を響かせる。


「……ふっ………んぅ……」


 息苦しくなるほどのキスにセシリアの意識もぼんやりとしていく。力の抜けた体はルイスがしっかり支えてくれていた。


「セシリア………もう少しだけ。きみを感じていたい………」


 ルイスの切ない声にセシリアは全てを委ねた。熱い舌が絡み合う感触も、すぐそばで聞こえるルイスの熱い吐息も……それらが胸の奥から疼くような快感を与えてくれた。


「ルイス、あなたに会えて幸せです」


 ルイスの背に回した腕に力を込めた。ぴたりと密着した身体は熱いほどだ。もう少しだけセシリアもルイスと触れあっていたかった。


 優しくて、強くて、かっこいい……とても愛しい人。


 二人は時間を忘れるほどに快感に酔いしれるのであった。

 

控えめなセシリアですが、ちゃんとルイスの事を愛しています。


恋愛初心者なのでルイスに押されっぱなしなだけです。

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