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記憶喪失令嬢と公爵様の婚約生活  作者: すず
第二章 婚約生活編
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10.任務発生

「で、何でお前達がここにいる?」


 セシリア達は、孤児院にある応接室に場所を移していた。二人掛けのソファにはルイスとセシリアが、そのうしろにはアシュトンとエマが控えている。ディルクとロイドは向かいのソファに座っていた。


 他の子供達は、それぞれの時間を過ごしている。庭からはイザークとブリジットの楽しげな声が聞こえてきていた。


「やーだなぁ、たいちょーってば。任務に決まってんじゃないですかー」

「俺は何も聞いてないんだが?」


 相変わらず慇懃無礼なディルク、それに睨みを効かすルイス。上司二人のやりとりに新人隊員であるロイドは気まずそうにしていた。セシリアも同席してはいるが話が話なので口を挟まないようにしている。


「言ってないもん♪」

「ほぉ……いい度胸だな」


 一触即発の雰囲気に耐えきれないとばかりに声を上げたのはロイドであった。


「あ、あの!今回の任務は隊長が休みになってから発生したものです。今は下調べの段階なので確証が持てるまでは報告を控えていました」


 簡潔で分かりやすい説明だ。副隊長より新人の方がしっかりしているとは問題あり過ぎではないだろうか。


「理由は分かった。緊急性は?」

「えっと……」

「『王家の秘宝』らしきものが発見されたらしいでーす。本当ならそこそこ緊急ですかね」


 部外者の前だからと口をつぐんだロイドだったが、隣に座る副隊長・ディルクはあっさりと機密事項を口にした。上司の自由過ぎる行動にロイドは驚きすぎて声が出ない。


 しかしながら、この場にいるのは公爵家で働く者だ。軍の機密事項程度では驚きもしなかった。


「『王家の秘宝』って、王冠・ティアラ・揃いの指輪だっけか?」

「さっすが、アシュ!それそれ~!」


 『王家の秘宝』とは建国当初から王族に伝わる宝だ。今は採れない珍しい宝石を使った意匠で、戴冠式に使われる非常に重要な代物だ。普段は宝物庫で厳重に保管されている。


「確か大分昔に指輪の一つが盗まれてるんだっけ?それが今になって発見されたのか?」

「あったりー♪まぁ、まだ検証が必要な段階だけどね~」

「あの……一応機密事項なんですけど……」


 ロイドは自由な上司と得体の知れない青年に困惑の目を向けた。


 『王家の秘宝』の指輪が盗まれたのは、軍上層部でも限られた者にしか知られていない。当時、方々手を尽くして探したが、結局見つからなかったのだ。


 業務内容が機密事項ばかりの第二部隊であれば、その事実を知る者が多い。ロイドは新人ゆえに、数日前ディルクから供を命じられて初めて知ることとなった。普通であれば、今ある指輪がレプリカで本物が盗まれた事は知らないはずなのだ。


「ロイド、こいつはうちの諜報活動を統括している。貴族の不倫話から下町の犯罪情報まで知り尽くしているんだ。このくらいは知っていて当然だ」


 ロイドの言いたいことを察知したルイスがアシュトンの素性を明かす。第二部隊でもたまに手を借りることがあると話を補足した。ロイドは納得よりも口をあんぐりと開けていた。


「お前達がここにいるということは、うちの領内に指輪があるのか?」

「そこまではまだ判明してないんですよね~。まず追っているのは『情報屋』でーす」

「理由は?」

「どうやら指輪が裏競売にかけられるらしいです。王都の『情報屋』でもそこまでしか知らなかったんですよ。なので、有名な『情報屋』なら開催時期とか詳細を知ってるかと思って追ってましたー」


 それを聞いたルイスは頭が痛くなった。


 ディルクの言う『情報屋』が領内にいるということは、指輪も領内にある可能性がゼロではない。盗まれたのは何百年も前の事とはいえ、自領から発見されるのは外聞がよろしくない。


 そんな苦悩するルイスを見て話を引き継いだのはアシュトンだ。


「『情報屋』ってサイラスの事か?それだったら居場所を見つけるのはかなり難しいだろ?」

「アシュトンさん……何でそこまで……」

「いやぁ、さすがアシュだわー。サイラスは軍とか貴族が特に嫌いだからね。居場所が見つかったとしても交渉自体かなり難しそうなんだよ」


 アシュトンをもってしても発見が難しいと言われた情報屋・サイラスとは、広く名前の知られた人物だ。ディルクの話した通り、軍や貴族を嫌っているのもそこそこ有名だ。


 裏社会の日々変わりゆく膨大な情報を、恐ろしいくらい正確に把握していて、それを売りにしているらしい。一説には、どこぞの犯罪組織のボスとも言われている。名前以外は、不思議なくらいに知られていない人物だ。


「とりあえず何とか掴めた情報は、『女好き・この近辺にいる・赤髪』だけなんです……」

「で、とりあえず赤髪の男を片っ端から探してんだけど……さっぱりなんだよねー」

「それでもよくそこまで掴んだなー」

「赤い髪はうちの領内でも比較的珍しいんだが……それでも見つからないのか」


 復活したルイスも加わり、男達が会話をしている間、セシリアはエマが出してくれた紅茶を飲んでいた。セシリアとて『王家の秘宝』は知っている。もちろん指輪の一つが盗まれたのは初耳であった。完全な部外者の自分が聞いてもいいものなのか……紅茶を飲んで気を紛らわすしか出来なかった。


「ま、そんなわけで街でも見当たらないから何か知らないかと思ってここに来てみたんだ。そしたら、たいちょーが居てビックリ~」


 セシリアは、ふと街での出来事を思い出した。気になって隣のルイスに声をかける。


「ルイス様。こちらの領では赤い髪の方は珍しいと仰ってましたが、そんなに見かけないのですか?」

「ん?ああ、赤髪は北にいる少数民族の特徴だからな。彼らがこちらに来ること自体珍しい。俺も領内では一度も見た事がないな」


 ルイスの言葉にセシリアは納得した。


 この国は、王都を中心に東西南北に四つのの大都市が存在する。大都市は、四つの公爵家が領地として管理していた。フェーンベルグ領は南の大都市を統治している。


 そして北の大都市にいるのが赤髪が特徴的な少数民族だ。彼らは隣国との国境沿いの山間に暮らしている。村はいくつか点在しているが、北の大都市に出るには険しい山を越える必要があった。落石や滑落事故が相次ぐ谷間を越えるのは容易ではない。よほどの事がないと街まで来ることはないのだろう。ルイスが領内でも見た事がないというのはそのせいだと思われる。


 口元に手を当てて考え始めたセシリアに、自然と全員が注目する。


「セシリア、何か心当たりがあるのか?」

「知ってたら何でもいいんで情報お願いしまーす!」


 ルイスとディルクに声をかけられて顔を上げたセシリアは、自分が注目されていることにようやく気付いた。そして、おそるおそる口を開く。


「えっと……お探しの方かは分かりませんが、街を歩いているときに赤い髪の男性を見かけたもので……」


 この言葉に全員が目を見開いた。それほどまでに『情報屋』とは謎に包まれた人物なのだ。


「うっそ!まさかの目撃者がこんなとこに!セシリアさん、そん時の情報を詳しく教えてくれます?」

「あ、はい。ええと……イェンスさんがお店を閉めている時、店の外で街並みを見ていたんです。その時にたまたま見かけたのが赤い髪の男性でした」


 セシリアの話に、その場に一緒にいたルイスはあの時かと思った。


「セシリア様ぁ、よくそんな一瞬のこと覚えてましたねぇ~」

「あ、それは……目が合ったら笑顔でウインクされたから。それに赤い髪が夕焼けみたいにキレイだったから記憶に残ってたの」

「あらら~、女好きってのは本当か」


 アシュトンの言葉にイラッとしたのはルイスであった。自分の婚約者に懸想するとは腹立たしい。しかも、その場には隣に自分がいたはずだ。


「わわわ、隊長!殺気漏らさないで下さいよ!」

「きゃー、独占欲強い男ってこわーい」


 ロイドとディルクが静かに怒れるルイスを宥める。ディルクはどちらかというとからかっているだけだ。


「セシリア様、どの辺で見かけたか分かりますか?ここがニックの……イェンスが店番してた店っす」


 部屋のどこからか地図を取り出してきたアシュトンは、セシリアの目の前にそれを広げた。それは街で見かけた案内板によく似ていて、とても分かりやすかった。


「………この辺かしら。その後、ここに入っていったわ」

「「「「「  !!??  」」」」」


 セシリアの言葉にまたも全員が目を見開いた。


「えっ、待って……そこ俺らも行ったよね?俺達の努力って何?」

「あんなに聞き込みしたのに……」


 軽くショックを受けるディルクとロイドを無視して、ルイスはセシリアが示した場所を見つめていた。そこは、つい先日に父のグレアムも口にしていた場所だ。


「賭博場っすね。いかにもな場所なのによく軍の捜査の目を掻い潜ったなー」

「賭博場で情報を売ってる可能性が高そうだな。セシリアが見かけたのはサイラスで間違いなさそうだ」


 ショックから立ち直ったディルクとロイドも加わり、男四人は真剣に話し合いを始めた。この後、すぐにでも賭博場へ行くのだろう。


「ねぇ、エマ………」

「はぁい、何ですかぁ~?」


 セシリアは隣に控えていたエマに声をかけた。目が合うと、にぱっと笑いかけられた。


「聞き込みに私が行くことは出来るかしら?」

「ダメですぅ!」


 即答でNGを出したエマだが、セシリアの言葉に食いついたのはディルクであった。耳ざとく聞こえていたようだ。


「セシリアさん、それいい!手伝ってくれるとチョー助かります!セシリアさんなら女好きのサイラスが確実に釣れそう!」


 ビシッと指差すディルクの隣では、ロイドも期待を込めた瞳でセシリアを見つめていた。


 しかし、あの男が許すはずもない。アシュトンは、ちらりとルイスを見た。案の定、手伝いを頼んだディルク達を睨みつけている。


「セシリア、この件は軍の仕事だ。こいつらが何とかする」

「あら、でも街で手を振ってくれたので私には警戒心を持たれていないのかと思いまして」


 あ、手も振られてたんだ。アシュトンは無自覚にルイスの地雷を踏んでいくセシリアに苦笑した。


「ダメだ。危険がないともーーー」

「あ、サイラスはこっちからふっかけなきゃ手は出してきませんよ。あくまでも情報屋なんで暴力沙汰は好まないらしいです」


 ルイスの言葉を遮って安全性をアピールしたのはディルクだ。隣のロイドも全力で首を縦に振って肯定している。


「ルイス様、フェーンベルグ領内の事なら私にも手伝う権利があります。お義母様に公爵夫人の勉強を頑張ると宣言致しましたし」

「これは公爵夫人の仕事ではない」

「安全なのでしょう?私なら顔が分かりますし」

「それでもダメだ」


 頑として譲らないルイスに、セシリアも少し意固地になり始める。『王家の秘宝』の重要性はよく分かる。だからこそ手伝えるものなら手伝いたいのだ………未来の公爵夫人として。


 ルイスが自分を大切に思ってくれるのは嬉しいが、守られているだけでは嫌なのだ。セシリアは、ルイスに対抗するように強気に出た。


「……………では、馬車での約束は取り止めに致します」


 ニッコリと笑ったセシリアにルイスは言葉を詰まらせた。それを見たセシリアは笑顔のままさらに話しを続ける。


「情報を聞くだけですよね?それなら危険性はありません」

「しかしーー」

「それでは約束の件はなかった事に致しましょう。もう二度とあの言葉は口に致しません」


 ルイスの言葉を遮ってまで強気に言い放ったその一言が決定的な決め手となった。


「……………分かった。協力を認めよう」

「ありがとうございます!」


「「「「 …………… 」」」」


 この時、この場にいた者はのちにこう語る。『セシリアは強い』と。

新キャラ・サイラス登場(名前だけ)。

次話からがっつり出てくるので乞うご期待を!


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