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記憶喪失令嬢と公爵様の婚約生活  作者: すず
第二章 婚約生活編
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7.ルイス、落ち込む

たくさんのブックマークありがとうございます!

 滞在三日目。本日、ルイスとセシリアは二人で街へ出かけていた。


 現在は、街へと向かう馬車の中。セシリアの隣では、ルイスが今までになく激しく落ち込んでいた。その様子にセシリアはおろおろしながら励ますしかない。


「ルイス様、元気を出して下さい。一年くらいあっという間ですよ」


 ルイスがここまで落ち込んでいる理由、それは二人の結婚時期についてだ。


 つい先ほど、屋敷を出発する際にグレアム達から結婚は一年後だと聞かされた。何も知らないセシリアは、結婚が現実的なものとなり喜ばしい思いしかなかった。しかし、ルイスはそうではなかったようだ。あれからずっとこの調子である。


「お義母様も仰っていたじゃないですか。式の準備には時間もかかりますし。それに私は公爵夫人としての勉強をしておりません」


 セシリアには不名誉な噂が流れていることも、それが理由で結婚がすぐに出来ないことも知らせていない。それらしい理由で、すっかり両親に丸め込まれてしまった可愛い婚約者に、ルイスはさらにうなだれてしまった。



ーーーー遡ること数時間前。


 昨夜グレアムから言われた通り、ルイスは母へのお礼と結婚の時期について直談判するべく二人の元を訪れていた。


「母上。セシリアの評判を回復して頂いた件、心より御礼申し上げます」


 深々と頭を下げたルイスに、レベッカは可愛らしく首を傾げて見せた。


「あらぁ、グレアムったら話しちゃったのね」

「それで、結婚時期についてもご相談が。俺は帰ったらすぐにでも結婚したいのです。母上も早く義理娘がほしいと思いませんか?」


 ルイスは母を味方につけるべく本気の説得にかかった。母さえ味方につけば、父も考えを変えてくれるかもしれない。父も母には滅法弱いからだ。


 何か噂が出たとしても、今度こそ持てる力を全て使って何とかするつもりであった。


「そうねぇ。あんなに素直で可愛い子なら早く義理娘になってほしいわ。孫の顔も早く見たいし」

「ではーーー」

「でも、婚約期間があまりにも短すぎると思わない?」

「……………は?」


 気が急いて続きを促そうとしたルイスは、遮られた突飛な言葉に唸るような声を上げた。母の言いたいことが分からず言葉を詰まらせる。それとは反対にレベッカは、まるで少女のように目を輝かせていた。


「婚約期間ってドキドキ甘酸っぱいものがあるじゃない。恋人同士の見てるこっちも甘ーくなっちゃうアレ」

「…………」

「あなた達は、セシリアちゃんが怪我をしてそれどころじゃなかったでしょう?もう少しドキドキラブラブの婚約生活を楽しんだらどうかしら」


 ね?と笑いかけてくる母に愕然とした。まさかそんな理由でダメ出しされるとは思いもしなかった。昨夜の父の言い分の方がよほど納得出来る。


 呆れつつも口を挟もうとしたとき、とどめの一声が降って落とされた。


「レベッカ、そもそも結婚式のドレスは時間がかかるんじゃないかい?ルイスが婚約生活を楽しんでいる間、我々がじっくりセシリアさんに似合うドレスを作るのはどうだろう」

「まぁ!それもそうね!娘がいたらドレスを選んであげたかったのよ。今から楽しみだわっ!」


 レベッカは先程以上に目を輝かせていた。そんなレベッカを愛おしそうに見つめながらグレアムは話しを続けた。


「ドレスが出来上がるのはどのくらいかかるんだい?」

「そうねぇ……公爵夫人になるのだから生半可なものではダメね。そうなると………最低一年は欲しいかしら」


 嘘だろうーーールイスの小さな呟きは言葉にならなかった。誘導尋問のようなグレアムの余計な一声でルイスの望みは潰えたのだ。というか、あれはグレアムの策略だろう。本当に恐ろしい父である。


 もはやセシリアの体面のためというよりも、二人が結婚式の準備を楽しみたいだけのような気がしてならなかった。


 そんな訳で、二人の結婚は最低でも一年後となったのだ。結婚すれば堂々と手を出せるし、夜会でも『妻』として紹介できるのに。ルイスの目論見は、ガラガラと音を立てて崩れ去ったのであった。


 あの時の失望感を思い出したルイスは、自分の我が儘だと思いながらも本音を口にした。


「俺は……セシリアとすぐにでも結婚したかったんだ」

「まぁ、なぜか急がれる理由があるのですか?」


 セシリアの疑問に、うなだれていたルイスが僅かに顔を上げた。普段は凛々しく涼やかな青い瞳は、珍しく不安そうに揺れていた。


「………セシリアが他の男のところへ行ったりしないか不安なんだ」

「まぁ……」


 心の中では、『早くセシリアを自分のモノにしたいから』と呟いておく。


 ルイスの答えにセシリアは目をパチパチさせて驚いた。今までに見たことのない弱気なルイスに面映ゆい気持ちになりかけるも、不貞を疑われているようで少し複雑でもあった。


 そう思ったセシリアは、ちょっとした仕返しをするべくニコリと柔らかな笑みを浮かべた。


「私が他の殿方の元へ行くなどあり得ません。そうですね………ルイス様が浮気なさらない限りは」

「浮気など絶対にしない!」

「あら。それならば、私は永遠にルイス様のお傍におりますわね。何の心配もないではありませんか」


 意趣返しに成功したセシリアはクスクスと楽しげに笑う。少し驚いた顔をするルイスにしてやったりな気分になった。


「私はルイス様を心よりお慕いしております。この気持ちを疑われるなど心外です」


 心外と言われたルイスはすぐに己の失言に気付いた。決してそういう意味で言った訳ではないのだが、確かに怒られても仕方のない言い方だった。


「すまない……ただ、セシリアはこんなにも美しいから早く結婚しておかないと不安なんだ」

「もう、ルイス様は心配性ですね」


 それでも心から愛されている事が分かり、セシリアはこっそり笑みを深めた。ルイスの深い愛情には時々困らせられるが、セシリアだってルイスを心から愛しているのだ。


 セシリアは、ルイスの手をそっと握って微笑んだ。

 

「私は一年間、公爵夫人へ相応(ふさわ)しくなるための勉強に励みたいと思います。そのあかつきには……どうか私を妻として娶って頂けませんか?」


 春の花を思わせる、可憐で可愛らしい笑顔。こんな笑顔を見たらどんな男だってセシリアの虜になってしまうだろう。ルイスが懸念しているのはそこなのだ。セシリアを早く自分のものにしないと横恋慕などされたらたまったものではない。


 それでも、セシリアが口にした言葉は絶大な効果を発揮していた。逆プロポーズ的な可愛すぎるセリフに、ルイスは落ち込んでいたのが嘘のような幸福感に包まれた。不安や不満がじわじわとかき消されていく。


「もちろんだ。俺が妻に迎えるのはセシリアしかいない」


 がっしりと手を握り返し、やや食い気味で答えたルイスにセシリアは嬉しそうに微笑んだ。


「まぁ、嬉しいです。それでは、しばらくは婚約者としてよろしくお願い致します」


 そう言われたルイスは当初の問題を思い出してピシリと固まった。


 やはり結婚は今すぐしたい。しかし、セシリアは傍にいてくれると約束してくれた。これ以上はただの我が儘になってしまう。


「………………毎日好きだと言ってくれたら頑張れそうだ」

「あら。さすがに毎日は多過ぎではないでしょうか」


 ルイスの切実な訴えを、セシリアはころころと可愛らしく笑って一蹴した。


 記憶が戻って、ルイスと両想いになってからのセシリアは精神的に大分鍛えられていた。ルイスからは以前にも増して愛を囁かれ、幾度となく甘美なキスをされる。あしらい方も上手くなるというものだ。


 あっさり躱されて不満げにこちらを見てくるルイスにセシリアは困った笑みを浮かべた。ルイスのこんな子供のような姿は初めて見る。


「……………」

「…………時々ならいいですよ」


 ルイスの訴えるような視線に負けたセシリアは、あっさり折れた。


 その瞬間、ルイスの表情が一気に明るくなる。可愛い、と思ってしまったセシリアはそこで完全敗北が確定したことだろう。


「ありがとう!ついでにそろそろ俺の事は呼び捨てで呼んでくれないか……?」

「………それは………」

「一年結婚を我慢するんだ。そのくらいのご褒美は欲しい」


 どこか拗ねた口調のルイスにセシリアの母性がくすぐられる。


 セシリアは未だにルイスのことを敬称付きで呼んでいるのだ。両想いになって呼び捨てで呼んだことはまだ一度しかない。


「セシリアと恋人らしくなりたいんだ……嫌だろうか?」


 どこか悲しげな顔のルイスにセシリアは悩んだ。呼び慣れないから恥ずかしいというのもあるが、やはり公爵家当主を呼び捨てなど恐れおおくて出来ない。


 しかし、恋人らしくと言われるとセシリアだってそうありたい。そして、普段はかっこいいルイスが、甘えるように頼んでくる姿も放っておけなくなってしまうではないか。


「……………では、二人の時だけであれば」


 この時のルイスの笑顔をセシリアは一生忘れないだろう。少年のような無邪気な笑顔。可愛いと言って抱きしめたくなったほどだ。


 だが、ルイスはどこまでもルイスであった。無邪気な少年などではない。


「セシリア!嬉しいよ!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるルイスは、さりげなく耳にキスをしてくる。嬉しい、嬉しいと連呼しながら何度もキスしてくるのだ。しかも時々、耳を舐めたりもしてくる。


 まさか嵌められたのではと思うが、あまりにも嬉しそうで聞くことが憚られた。


「セシリア、俺の愛しい婚約者。愛してるよ」


 歓喜したルイスの愛情表現は、街に到着するまでしばらく続くのであった。


転んでもただでは起き上がらないのがルイスです。


ちゃっかり自分の望みをねじ込んでくるとは。

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