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記憶喪失令嬢と公爵様の婚約生活  作者: すず
第一章 記憶喪失編
17/64

17.孤児院3

「……えーと…何で俺はここに連れてこられたんでしょうかね?」


 あの底意地が悪い課題を必死で仕上げて提出したのが昨日。朝から洗濯を干していた俺は、突然やってきたルイス様とモーリスに馬車へと詰め込まれた。


 乗り合い馬車とは違い揺れも少なくふかふかの座席は座り心地がいい。馬車はどこかへ向かっているようだが、行き先は教えられていない。


「アシュトン、王都で貴族の子供が誘拐されたのは知っているか?」

「ええ、まぁ……子供は軍に保護されたけど、犯人はまだ捕まってないんですよね」


 俺の答えにルイス様は満足そうに口の端を上げた。あ、何か嫌な予感。


「実はな、実行犯はうちの領地に逃げ込んだんだ」

「はっ!?」

「しかも、我が家に侵入しようとした」

「はいっ!?」

「どうやらルイス様が狙われたようです。見た目だけはいいので、この方は」

「はあぁぁっ!?」


 何をさらりと言ってんだこの二人。あんた一応公爵家跡取りだろうが。


 驚愕と呆れの中、危うく本気で罵りそうになった。すんでのとこで飲み込み、冷静になろうと天井を仰いで深呼吸をする。うん、馬車なのに天井まで壁紙がきれいだなぁ。


 何とか落ち着きを取り戻した俺はそこである事に気付いた


「ん……? まさか……この間の『公爵邸への侵入と脱出』って……」 

「あぁ、あれか。アシュトンならどうするのかと思ってな」

「ちなみに実行犯は敷地内にも入れずじまいです。まぁ、守りは鉄壁なので当然ですけどね」


 うわぁ、マジでこの二人性格悪いわー。思わず半眼になってしまったのは仕方ないだろう。まぁ、公爵家の使用人なら余裕で対応したんだろうなぁ。


「で、ちゃんと捕まえたんでしょうね? ……あれ……んんっ!?」


 話しをしながら俺は、嫌な事に気付いてしまった。昨日提出した課題、まさかあれは……。


「流石アシュトンだな。気付いたなら話は早い。今から作戦決行だ」

「……え? 冗談っすよね?」

「アシュトンのためにわざと捕らえないでおいたんだ。これ以上ない実戦訓練だろう」


 …………マジ殴りてぇ。


「今向かっているのはやつらの隠れ家だ。ああ、動くのは課題通りにアシュトン一人で頼むよ」

「私達も付いて行きますが手出しはしません。死ぬ気で頑張って下さいね」


 悪魔二人に連行され、か弱い俺が連れてこられたのは街外れにある林の中だ。馬車で近付くとバレるので歩きに切り替えている。ここから、誘拐犯が潜んでいる隠れ家まで歩いて10分程。元牧場という事もあり隣の家までは少し距離がある。


 あの課題に対して俺が出した答えは、単純明快な正面突破である。見取図を見た限り裏口はない家だった。出入口が一カ所で動くのが俺一人なら正面突破で一人ずつ無力化するのが無難だ。一応この三年で様々な戦い方を身に付けた。それを考慮しての案だったが、実は実戦は初めてだ。もう、不安しかない。帰りたい……。


「いやぁ、アシュトンの出した答えには意表を突かれたよ。まさかの正面突破とはね」

「動けるのが一人ならやむを得ないでしょうね。私なら嫌ですが」 

「……お二人さんがここで待機するならもっと安全な方法を取るんだけど…?」

「さぁ、行こうか」

「ねぇ……聞いてます?」

「ルイス様は顔バレしているのですから変装はして下さいね。髪も目立ちますので……はい、かつらとメガネです」


 くそっ! 観光気分かよっ! どさくさに紛れて殴りてぇ!


 ささっと偵察をしてきた限り、家の中には男が六人いた。三人がリビング、一人がキッチン、一人が二階で就寝、最後の一人は地下に入っていったのを確認した。


「あー……やだやだ。帰りたい……」

「ルイス様を襲おうとした輩を放っておくのですか?」

「それは酷いな。友人を見捨てるなんて」


 二人して笑いながら言われても……。


 俺は二人を完全無視してドアを叩いた。やりたくはないが、やらねば帰ることは出来ない。それならさっさと終わらせてしまおう。


「こんにちはー。誰かいますかー?」


 しばらくすると鍵を開ける音がして、一人の男が出てきた。この男は先程の偵察の際、リビングにいた男だ。


「ガキが……何の用だ?」

「ボスからの指令で来ましたー。中入っていいっすか?」


 子供らしさを装ってニコリと笑いながら男の出方を窺った。その表情は、警戒・猜疑ーーーそしてほんの僅かな期待。


 男は俺達三人を訝しげな目で見た後、入れと唸るように言って中へ招き入れた。


 ふーむ、想定通り。


 実は、この誘拐犯については、個人的に少し調べたことがあった。()()グループでリーダー格はスキンヘッドの男。先程の偵察時にそんなツルツル頭の奴はいなかった。不在なのならそいつの伝令役でも演じてみようと思ったのだ。


 案の定、男は僅かながら期待の目を向けてきた。ルイス様誘拐に失敗した今、リーダーからの指示を待っていたのだろう。


 さらに気になるのは、ルイス様やモーリスが『犯人』ではなく『()()()』と言っていた事。リーダー格の男の裏にまだ誰かいるのは間違いなさそうだ。


 最初は玄関で一人倒して残りをおびき寄せようと思ってたけど、予定変更でちょいと探りを入れてみる事にしたのだ。


 リビングに通された俺達は、三人の男達から訝しげな視線で睨まれていた。ソファに腰掛けている男はナイフを回して威圧感たっぷりだ。俺としてはそんなチンケな圧力よりもルイス様が身バレしないかの方が不安である。


「あれぇ、全員じゃないんですかー?」

「うるせえな、クソガキ。(かしら)は何だって?」

「んー……全員揃ってるか人数確認してから伝えろって言われてるんだよね。誰も出掛けてない? まさか……三人だけー?」


 あからさまに舌打ちで嫌悪感をあらわにされる。警戒はされているけど相手は子供だと油断しているのはありがたい。しかし、このがらの悪さ……あ、市場で聞いた『がらの悪い人』ってこいつらじゃね。いやだー怖い怖い。さっさと終わらせよう。


「そんなに怖い顔しないで下さいよー。俺だって仕事なんですから。ほら甘い物食べて落ち着いて下さい。王都でくすねてきた高級チョコあげますからー」


 男達に手渡すと、俺も一つ口にしてみせ安全な事をアピールする。男達は俺が飲み込んだのを見てからようやく口に含んだ。高級と言われれば食べたいよね。よしよし、首尾は上々。


「……六人全員いる。(かしら)の言う通り、公爵家の侵入に失敗しちまった今は大人しくするしかねぇからな。……お、美味いなコレ」

「でしょう? くすねるのに苦労しましたよー。全員いるならそれは良かったです」


 ふむ、六人で全員という事ならスキンヘッドのリーダー格が七人目という事で間違いなさそうだ。六人……いや()()ならこのまま何とかなりそうだな。さて、そろそろかなー。


「ぐっ……なんだ……」

「体が……しび……れ……」

「くそっ……毒……か」


 は~い、三人あがりー。


 膝から崩れ身動きの出来ない男三人を手早く縛り上げる。おっと、指も縛らないとうっかり縄抜けされたら大変大変。


「……お前、何をしたんだ?」

「我が家の料理番兼薬師様が特別調合した即効性しびれ薬でーす。口もやられるからしばらく話せないでしょうね」


 ルイス様の問いかけにそう答えれば、二人は盛大に眉を顰めた。男達が呻いてるからドン引きしているようだ。あれ、マジで痺れるからね。俺も試した……というか、ハンナに一服盛られたから呻きたい気持ちがよく分かる。


 ちなみに俺が食べたのは普通のチョコ。くすねてきたと言うのはもちろん嘘で、包み紙は本物の店の物を真似ている。包み紙作成は、手先が器用なニックだ。手作りチョコを高級な雰囲気にして美味しく食べる技だ。孤児院内でのただの遊びで詐欺をしてる訳ではない。アデルはいまだに騙されているが。

 

 三人全員縛り終えた時、足音が近付いてきた。警戒を強めて振り返ると、視界の端には包丁を持った男が一人。どうやら物音を聞きつけてやってきたようだ。


 こいつは、キッチンにいた奴だな………って!?


「うっそ! いたいけな子供相手に包丁投げるのかよっ」


 反射的にすばやく手近にあった本を手に取り盾代わりにする。迂闊によけたりしてはルイス様やモーリスに当たりかねない。ああ、本がもったいない。


 そんな事を思うと同時に、空いている片手で腰に隠したナイフをすばやく取り出す。奇襲に失敗した男が後退りをしたが、俺が接近する方が早い。


 真っ正面から男の喉元にナイフを突きつけニコリと笑いかける。


「殺すつもりだったなら……当然殺される覚悟もあるよね?」


 もちろん殺しなんてする気はない。それでも脅しには十分であった。


「ぐっ……!」


 男が怯んだ隙に、すばやくみぞおちに拳を一発くらわせて、体勢を崩したらあとは腕を締め上げ一気に縛り上げる。その途中でハンナ特製チョコもプレゼント。


「あと二人か。予想以上の動きだな」

「ええ、実に鮮やかな手際ですね」

「あと一人ですよ。二階で就寝中の人には、偵察の時に特製眠り香を窓辺にプレゼントしてあるんで半日は起きませーん」

「「 ………… 」」


 あ、何かすごい目で見られてる。どうせ制圧するなら、偵察の時にやったっていいじゃん。あの香も試したことあるから効果は実証済みだ。香とは言うけど、煙なし・匂いなしの優れもの。ハンナよ、お前は何になりたいのだ……。


「さて、あとは地下に一人だったかなー」


 頭に入っている見取図を思いだし、地下室の入口へ向かおうとリビングを出る。すると廊下の先……ちょうど地下室の入口の前で子供が一人佇んでいた。


「…………」

「あれ……きみ、この前の」


 そこにいたのは、市場で会ったあの不思議な子。あの時と変わらずすっぽり体を覆うローブ姿だ。相変わらず無表情のままこちらをじっと見ていた。


「何でここに? まさか攫われてきたのか?」


 地下室から逃げてきたのだろうか?そう思い一歩踏み出そうとしたら、モーリスに腕を引っ張られてたたらを踏んだ。そんな俺を横目にルイス様が前に出た。


「ほぉ、死神(グリムリーパー)……お前まで我が領に来ていたのか」

「はっ!? ちょっ……なに変装取ってんすか!!」

「アシュトン、下がりなさい。あれはあなたではキツいですよ」

「はぁっ!? いやいやいや、あんな小さな子が死神(グリムリーパー)な訳ないって」


 死神(グリムリーパー)とは正体不明の暗殺者だ。ここ数年で一気に名前が知れ渡った。その理由は、成功率の高さだ。だが、目の前の子供はどう見ても十歳に満たない小さな女の子。暗殺者には到底見えない。


 女の子は一人動揺しまくる俺を静かに見つめていたが、ルイス様が剣を抜くと一瞬で目つきが鋭く変化した。


ーーーギィンッ!!!!


 金属同士がぶつかり合い鈍い音が響く。


 ルイス様が踏み出すのは分かったが、剣を振り切った瞬間は見えなかった。それに反応した女の子の動きも早すぎる。


 呆気に取られる俺をよそに、二人は容赦なく相手を攻めたてる。お互いを殺す気でいるのではないかという気迫だ。


 ルイス様の流れるような剣技は無駄な動きがない上に、確実に相手の急所を狙っている。こう見えてこのご子息様はとんでもなく強いのだ。しかし、女の子も小さな身体をものともしない絶妙な力の加減でいなすように猛攻を躱していた。


「噂通りの腕だな。その歳でよくもまぁ……よほど修羅場をくぐり抜けてきたのだろうな」


 ルイス様の言うように女の子の強さは相当だ。若干十四歳にして大人顔負けのルイス様と渡り合っている。


「……だが、まだまだ甘いな」

「………っ!」


 ルイス様の目が獲物を射殺すように鋭さを増した。気付いたら俺はモーリスを振り切って飛び出していた。


ハンナがアシュトンに痺れ薬を盛った理由。


「成人に近い男性がどのくらいの時間で痺れるのかと思って。アシュ兄ちゃん、何か薬に耐性ありそうだし」

「ハンナ……だからって内緒で夕飯に盛らんでくれ……」


ただの実験だったようです。

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