その1 穴には落ちていません
「転生、異世界、タイムスリップ、様々なファンタジーの数々…学生時代ラノベ小説を読みまくり、アニメ絶世記をリアルタイムで過ごしたのが懐かしいわ」
あぁ、これじゃまるで妄想の世界じゃないの。
背後は森。目の前はやっぱり森。
「ここに放置じゃ聖女様ってパターンじゃなさそうよね。むしろ私じゃ生贄にしかならなさそうだし」
うさぎを追いかけて来たのだから、思い浮かぶのは有名な物語。
「でもあれって穴から落ちるのよね。たしか」
幸いバックは手元にある。
「携帯は……っと……やっぱ圏外かぁ」
バックの中には飴玉にチョコレート、ペットボトルの水もある。
「さて……後ろに行くか、前に進むか、果てはこのままここで誰かくるのをまつか……」
これがこの世界を救う為の物語なら、聖女か神子かと歓迎されて王子様や勇者様と冒険に旅立ち、道中恋が生まれたりして、最後は残って愛を選ぶか、もしくは元の世界に戻って(その場合大体時間は進んでいない。)しまうかの2パターンだ。
だがどう考えても
「ただの放置?むしろお呼びじゃないのに来た感じ?」
溜息しかでないが、ここが日本じゃないことだけは確実だろう。日本じゃないどころか地球ですらないに違いないない。
数メートル先の樹になっている果実はさっきからケタケタと笑っているように聞こえるのだから。
ユキの知る限り、そんな植物が改良されたニュースは聞かない。
「最近は転生物が主流だから、転移物はあんまり読んでいなかったわ」
うかつだった。
こんなことなら読み込んでおくんだった。
「悪役令嬢物ばっかり読んじゃってたわ」
だって悪役令嬢キャラって結局“悪役”じゃなくって可愛いし。さらにチートなところもいい。
変に努力すより、チートって素晴らしい!
「って言うか目を反らしてたけど、私って黄色人種のはずなのに(純粋度100%の日本人)」
自分の目の前に翳した手は、きっと白人よりも白い。
「お菓子はあるのに化粧ポーチのない私のバックって
……」
せめて鏡でもあればと思う。
「よしッ」
どうせここにこうしていたって誰も来てはくれないだろう。
「せめて元の世界に帰ったら時間は進んでいないパターンにしてほしいなぁ。もしくは夢オチ」
そうでなければ無断欠勤で失踪なんて笑えない。
「昭和生れを甘くみないでくださいな」
だてに昭和、平成、令和と生きていない。
ユキはケタケタと笑う果実目掛けて歩き出した。