未来視
「未来~。そんなところで力尽きるなよ……」
「……ん。にぃに……運んで」
暁の言葉に、深窓の令嬢のように儚げな見た目をしているのに、寝癖の付いたボサボサの髪や、よれよれになっている服などの駄目駄目さが、全てを台無しにしている少女――時任未来は暁の方へと振り返った。
「またそうやってすぐにだらけて……。もう中学生になったんだから、少しはしっかりとしないと駄目だぞ? 叱られるのは俺なんだからな」
そう言いながらも、暁は未来に向かって背を向けた。
未来はそんな暁の背中に抱き付いて頬を寄せた。
「……次から……頑張る」
「頼むぜ……ほんと」
よっこいしょと言いながら未来を背負ってダイニングへと向かう。
未来用に用意してあるクッションに未来を降ろすと、暁はスーパーで買い出しした商品を冷蔵庫へとしまう。
「それで今日は何のようだ? 確か悪い影響があるから俺の家に行くなって叔母さん達に禁止されてたはずだろ?」
「……そんなことで……未来は止まらない……」
「そんなあっさり断言されても。最近は母さんや叔母さんだけじゃなくて明日香の当たりも強いんだよ。『兄様がそんな感じだから、姉様が堕落するのです! もっと大人らしく、しっかりするのです!』ってさ」
「……未来は別に困らない……一緒に墜ちてこ?」
「いや俺が困るわ。まったく、双子の妹の明日香とどうしてこんなに真逆なのか、あっちはもの凄いきっちりとしてるのに」
暁は、怖いくらいしっかりしていて、いつも自分の生活を注意してくる、従姉妹である未来の双子の妹の姿を思い出しながらそう呟く。
「……にぃには……こんな未来は嫌い……?」
「いや、別に嫌いじゃない。だらしないのは俺も一緒だしな。ただ未来ももう中学生だろう? 色恋とか色々ある年頃じゃないか。こんな風に寝癖を付けてたらモテなくて大変だろう」
そう言って暁は未来の頭を寝癖を直そうと優しく撫でる。
寝癖を付けているといつも行ってくれるこの絶妙な力加減で行われる寝癖直しは、まるで頭を撫でられているような感触で、未来は好きだった。
「……えへへ」
「未来?」
「……興味ないから……大丈夫」
「そうか? まあ俺も学生時代はカードゲーム三昧で色恋に興味無かったが。
……ま、何を優先させるかは当人が決めることか」
完全に直しきれないものの、多少寝癖を良くして、暁は名残惜しそうにする未来から手を放して台所に向かった。
「飯は食べてきたのか?」
「……まだ」
「そっか、じゃあ食べてくだろう?」
「……うん。……作っている間に……お話聞かせて」
「いいぞ。大した事は起きてないけどな」
未来は昔から暁の身の回りで起こった出来事を聞きたがる。
暁は未来が【未来視】のセンスを持っていることを知っているので、それの役に立つならと特に嫌がることもなく自分の体験談を話していた。
いつもの要領でここ最近起こった出来事を話す。
そして出来上がった料理を持って机の上に並べた。
「っとまあこんな感じだ」
話を聞き終わった未来は、いつも通りの無気力な表情を、少しだけきりっとさせた。
「……にぃに……忠告がある」
「忠告? 未来視による予測か」
暁はその言葉に少しだけ身構える。
未来視のセンスを持つ未来の占いや予測は、それこそカードゲームアニメの占いキャラのように百発百中に近い精度を持つのだ。自然と嫌な内容だったらどうしようと身構えてしまうのも不思議でないことだった。
「……女難の相……ユーリに関わると……面倒なことになる」
「女難の相?」
警戒していた暁は、自分と縁がなさそうなその言葉を聞いて、思わず拍子抜けしたと言った感じで、言葉を返した。
その返答に未来は頷く。
「……うん……一匹みたら……八匹は出る」
「匹って単位がおかしいだろ」
「……未来に取っての……お邪魔虫……間違いじゃない」
「何を言ってるんだか。……取り敢えず下手に関わると面倒事が何度もやってくるようになるってところか」
「……そう……関わらない方が良い」
「なるほどな……でもそれは無理だな」
(未来がこう言う以上、面倒ごとを避けるのなら関わらないのが最善なんだろう。
だけどそれは俺のやり方じゃない)
暁はそう考えて断言した。
未来はそんな暁の姿を見て、断られたことは残念だけど、いつも通りの生き方をしている暁を見られて嬉しいというような表情を見せる。
「……にぃになら……そう言う気がしてた」
「悪いな。わざわざ忠告してくれたのにそれを無視するような真似をして」
「……ん……別にいい。……それにこれはこれで……都合がいいかも……?」
「都合がいい?」
「……何でもない……それよりにぃに」
未来は話を誤魔化すようにそう言うと、玄関の方をゆったりと指差した。
そしてその直後にピンポーンとドアチャイムがなる。
「誰か来たのか? 今日届く荷物は特になかったはず」
そんな事を呟きながら黄昏はドアチャイムと連動しているモニターを見た。
そこには未来とよく似た姿をしているが、未来と違ってキッチリとした身嗜みに、はきはきとした活発な表情をする少女がいた。
黄昏はそれ見てモニターを通話状態にすると、その少女――未来の双子の妹である明日香に向かって話しかけた。
「明日香。未来を引き取りにきたのか?」
『そうです! 兄様! いまそこに姉様がいますよね! 兄様のだらしなさが移るといけないので、姉様を早くこちらに引き渡してください!』
「相変わらず手厳しい言い方だな……。未来、明日香が家に帰ってこいだってさ」
黄昏は従姉妹のあんまりな言い方に思わず苦い顔をしながら、未来に向かってモニター越しに伝え聞いた内容を伝える。
それを聞いた未来は気だるげにため息を吐くと立ちあがった。
「……憩いの時は長く続かないもの……仕方ないから……今日は帰る」
「そうするといい。俺もこの後、フルダイブするから話せなくなるしな」
玄関に向かっていく未来に向かって黄昏はそう語りかける。
玄関まで辿り着いた未来は、扉を開ける前に黄昏の方へと振り返った。
「……頑張ってね……にぃに……それと……また来るね」
「ああ、いつでもこい」
扉を開けた先で、かっ攫うように明日香に連れて行かれた未来を見送った後、黄昏は昼食の片付けをしてマイギアが存在する自室に入った。
「さて、昼食も取ったし、再ログインするか」
独り言でそう呟いた後、いざログインするという段階になって、黄昏はふと気付く。
(このまま再戦でいいのか?)
ユーリがその場に留まってくれているのなら、十中八九直ぐに再戦という形になるだろう。
だが、それは彼女にカードゲームの楽しさを伝えるという面で、正しい行いなのか。
自宅に戻ってみて冷静になった暁はその根本的な問題に気付いた。
それはカードゲームを知らない人に、無理矢理カードゲームをやらせようとしても、よく分からなくてつまらないだけになってしまうという事だ。
どんなゲームだって、それがどのようなものかを知り、それを遊ぶ気にならなければ、嫌々やる仕事と変わらない。
(俺がカードゲームアニメを見てカードゲームに興味を持ったように、初ログインでブレイブカードの戦いを見たこともないだろうユーリに、ブレイブカードの戦いを見せないとまず何も始まらないか)
そう結論を出した暁は、マイギアと連動している端末を取り出すと、ブレイブカード内のフレンドであるnaruに向けてメッセージを飛ばす。
『久しぶりに戦いたいんだけど、今どこにいる?』
そのメッセージを送ると直ぐに返信が帰ってきた。
『アーガス王都のギルド施設で会合中。会合相手は【獣の掟】だから、いつ来ても大丈夫だよ』
暁はそのメッセージを見て少し驚いた。
「獣の掟と会合なんて珍しい。五周年イベントに絡んだ話か?
まあいいや、naruが言うとおり、あそこなら決闘をしに来たって言えば、会合邪魔されても文句は言わないだろ」
暁は『了解。直ぐに向かう』とメッセージをnaruに返した。
そしてマイギアを装着すると再び仮想世界へと意識を移した。