望まぬ勝利
「たの……しい? ……そんなこと! お前には関係無い!!」
ユーリからの返答は彼女の怒りだった。
何かユーリの感情を揺さぶるものでもあったのか、それまで淡々と受け答えしていたユーリは激高して黄昏へと襲いかかる。
(地雷を踏んだか……! だけど……!)
「どうやら楽しめてないみたいだな! [三連式魔法障壁]!」
黄昏はユーリの剣が振り下ろされる位置に、三枚重ねて強度を増した障壁を出現させる。
ユーリの剣は出現した障壁に弾かれる。
「むぅ!!」
「決めたよユーリ! 俺はお前にカードを使わさせる! そしてブレイブカードを! カードゲームを! 心の底から楽しめるようにする! お前にカードゲームの楽しさを布教してやる! [機獣工廠]! 機獣フレアノスをサーチ! 出てこい! [フレアノス]!」
「お前じゃない! ユーリは! ユーリだ!!」
障壁に弾かれたユーリは、再びこちらへと襲いかかってくる。
黄昏は【機獣】テーマの専用サーチ<デッキから任意のカードを加えるカード用語>である機獣工廠を用い、機獣フレアノスを手札に加えて召喚する。
現れたのは、パワードスーツのような物体が埋め込まれた、熊のような見た目の炎の魔獣。
黄昏の使用するテーマである機獣は、【魔道帝国クロノア】によって、魔獣を機械で改造して生み出された生体兵器という設定だ。
だからこそテーマ内のユニットはこのような魔獣と機械が混じったような見た目をしている。
そしてその効果も、その設定に見合ったものとなっているのだ。
「機獣は効果発動時に一度だけ、キカイとケモノ、二つの効果のうち、どちらを使用していくか選択することが出来る! フレアノス! ケモノの力だ!」
「がぁあああ!」
フレアノスの爪に炎が集まり真紅の刃となって伸びる。
これこそが機獣フレアノスのケモノの力、カードごとに保持しているEPを使用して起動する【アクティブエフェクト】である炎の刃だ。
(キカイの方はEPを消費しない【パッシブエフェクト】で、時間経過と共に炎を吸収してステータスを向上させるのフレアチャージだが、あれが効果を発揮するには時間がかかる。今回みたいに素早い相手にはケモノの効果の方が都合がいい)
「足下を狙え!」
「がぁ!」
黄昏は、ユーリと自分の間に召喚したフレアノスに、ユーリを攻撃するように命じると、自身も姿勢を低くして、いつでも双剣槍を振り抜ける姿勢になりながら走り出した。
ユーリの前に立ったフレアノスは、下からすくい上げるようにその豪腕をふるって、ユーリを切り裂こうとするが、ユーリはジャンプすることでその攻撃を躱し、そのまま近い位置にあるフレアノスの首を狙って剣を振るった。
「[キャスリング]!」
「!?」
だが、その剣はフレアノスに当たることはなかった。
カード名の宣言と共に、黄昏とフレアノスが入れ替わったことで、高い位置にあったフレアノスの頭を狙った一撃は、姿勢を低くしていた黄昏には当たらなかったのだ。
「そら!」
そして黄昏は低い姿勢のまま、突き上げるように双剣槍を上へと押し出す。
その先には、空中に飛び出していて、容易に態勢を変えられないユーリがいた。
だが、ユーリはその攻撃を無理矢理態勢を逸らして何とか躱す。
(想定通り躱したな――!)
自身の一撃が、ユーリに命中しなかったのを確認した黄昏は双剣槍を手放した。
「む!?」
攻撃手段を手放したことを目撃したユーリが驚くのを尻目に、黄昏は更に姿勢を低くすると、デュエルリングに手を当て、白いカードを現出させて投げ飛ばした。
そしてそんな黄昏の頭上を、ユーリに向かって飛び込んで来たフレアノスが通り過ぎ、そのままの勢いで炎の刃を振う。
黄昏に意識を割かれていたユーリは、黄昏と入れ替わった位置から飛び込んで来たフレアノスの一撃に直前まで気付かず、態勢が崩れたこともあって躱せずに、その一撃を受けてHPをゼロにしながら大きく吹き飛ばされた。
(どれだけリアルスペックが高かろうと、アバターの性能は同一。不意打ちの連打は躱しきれないだろう。
それにこれで終わりじゃないぜ……!)
黄昏が先程白いカードとして現出させ、投げ飛ばしていた[機獣スパイドリーの鋼鉄糸]は、ユーリよりも速く、彼女が吹き飛ばされた先の地点へとぶつかり地面に溶け混む、そしてその地点を中心に赤い円が広がった。
この円は、トラップカードをセットした時にカード効果を設置出来る範囲を示すものであり、この円の中の好きな場所に、カード効果の発動位置を指定することが出来る。
黄昏はこれを利用して、ユーリがぶつかるその場所を、発動位置に指定していた。
(セット完了! そんでもって……!)
「オープン! ケモノだ!」
トラップカードは性質上カード名を知られると不味い場合がある。
そのためセットしたトラップカードは、カード名の代わりにオープンと宣言することで、その効果を発動することが出来るようになっているのだ。
ユーリが地面にぶつかる寸前で、その位置に粘着性の蜘蛛の巣が出現し、ユーリを絡め取って身動きを封じる。
黄昏は手放したことで地面に突き刺さっていた双剣槍を手に持ち、ユーリに向かって投げつけた。
ユーリは既にエクストラタイムに突入している。
エクストラタイムは時間経過で減少していくが、ダメージを与えることが出来れば、そのダメージの量だけ、残り時間を減らすことが出来るのだ。
つまりエクストラタイム中に攻撃を命中させることが出来れば、残機である未使用の手札があったとしても、それを使わせることなく勝利することが出来る。
「っ! [リバイブ]!!」
ユーリはそれを理解して、急いで自分の手札をコストにして回復を試みる。
「狙い通りだ」
だが、それすらも黄昏の想定通りだった。
焦って回復を優先させたユーリに双剣槍が突き刺さる。
ユーリのHPは再びゼロとなり、再度エクストラタイムに突入することになった。
(リバイブ直後は一瞬だけ無敵時間があるが、焦ってそのタイミングを推し量ることが出来なかったな。もっとも拘束とかから抜け出すためのもので、狙って防御に使えるほど容易いものでもないが)
「カードを繋げてコンボを決める――これがカードゲームの醍醐味。
防ぐにはカードを使うのが一番だぜ?」
「――っ!? [リバイブ]!!」
カードを使ったらどうだ? という黄昏の言葉を無視して、ユーリは再びリバイブを行い、HPを回復する。
黄昏はそれを冷静に見ながら、互いの手札を確認する。
(ユーリの手札は未使用が三枚、俺は使用済みが四枚で、未使用がゼロ。一見するとHPがゼロになったら終わりになる俺の方が追い込まれてるように見えるが、戦いの主導権を握っているのは俺だ。このまま攻め続ければ勝てる気もするが、次の手はどうするか……)
黄昏は、装飾の一部が光り出していた、自身のデュエルリングに目を向けた。
これはDPが溜まったという合図だ。
DPは1秒に1ずつ溜まり、150DPになった時点で、ドローが行えるようになる。
ユーリとの会話中に既にDPは溜まり、ドローが行える状態になっていたのだ。
だが、黄昏は、ドロー時の隙を狙われることを警戒して、ユーリを自身の元から引きはがすまで、ドローを行わなかった。
150DPまで溜まった後のDPは、超過分として保持されることになるが、超過時は2秒に1ずつしか溜まらなくなってしまう。
そのデメリットを踏まえてでも、迂闊に攻撃を食らって、1枚カードを失うよりかはましだと、黄昏は判断していた。
(ま、この先は取り敢えずカードを引いてから考えるか)
黄昏はドローを行う為に、デュエルリングの光を放つ装飾部分に手を当てた。
「俺のターン! ドロー!」
その言葉と共に、黄昏は手を当てた場所から何かを取り出すように手を引き抜く、その手には白いカードが握られており、それは光の粒子となって消えた。
〔マジック〕【機獣暴走】回数:4(残数:4)
(お、機獣暴走か。なかなか悪くないカードだ)
頭に流れてきたカード情報を確認して黄昏はそう考える。
そして機獣暴走が加わった後の手札の状況を確認した。
〔マジック〕【キャスリング】回数:3(残数:2)
〔ユニット〕【機獣フレアノス】回数:2(残数:1)
〔マジック〕【三連式魔法障壁】回数:3(残数:2)
〔トラップ〕【機獣スパイドリーの鋼鉄糸】回数:3(残数:2)
〔マジック〕【機獣暴走】回数:4(残数:4)
未使用の手札は新しく加わった機獣暴走だけだが、タンク役を果たせる機獣フレアノスや、回避に使えるキャスリング、盾になる三連式魔法障壁に、妨害の機獣スパイドリーの鋼鉄糸と、防御に有用なカードが手札に揃っていた。
未使用の手札を一枚、手札に残しておくのが安全策ではあるが、この状態なら一撃死のリスクがある残機なしの状態でも充分に戦えると黄昏は考えを巡らす。
(後生大事に手札を持っていてもしょうが無い、切れるときにカードを切らなければ、カードを腐らせることになるしな。
それにその方が安全だからと怯えて、チャンスを無視して守りに入るのなんてつまらない)
それにと黄昏は新しく手札に加わったカードについて考える。
(機獣暴走は攻撃向けのカードだ。機獣の名が付くユニットに使用すれば一定時間後の確定破壊を代償にステータスを大幅アップさせて、キカイとケモノの二つの力を使用できるようにすることが出来る……。
だからここはガンガン攻めた方が良い。二体目のフレアノスを召喚してこのカードで――)
『体調管理システムが規定値の突破を確認。
強制ログアウトまで残り1分です』
「うぇ?」
思考中に唐突に割り込んできた警告メッセージを見て、黄昏は思わず間抜けな声を上げた。
そしてその意味に気付き、その事態の不味さに焦る。
「あ、やっべ! すっかり忘れてた!! これは駄目だ!?」
ブレイブカードでは、強制ログアウトするとゲームオーバー扱いになる。
端的に言えばあと1分で黄昏の負けが確定してしまう。
それを避けるためにはこの決闘を中断するしかない。
「ユーリ! ちょっと待って! 一旦中断にしよう! タイムだ! タイム!」
「逃げるのは許さない!」
「逃げるんじゃなくて中断を……! ああもう、フレアノス! [機獣暴走]!」
蜘蛛の巣を切り裂いて立ちあがったユーリは、再び黄昏に向かって襲いかかろうとする。
黄昏は咄嗟にフレアノスにそれの妨害をさせ、そして直ぐにやられないように、機獣暴走で強化する。
(話を聞かねぇ……! 確かに俺もあっちの状況なら、勝負から逃げるための嘘だと思うが。ああ、駄目だ間に合わない……!)
ユーリを説得することも出来ず、あっという間に残り時間が減っていく。
残り時間があとわずかになったその時、黄昏はユーリに向かって叫んだ。
「勝負はお預けだ! 俺は! 1時間後に! 必ず戻ってくるからな~!!」
その言葉を捨て台詞にして、黄昏はその場から光の粒子となって姿を消した。
そしてユーリの前に『YOU WIN』と記載されたウィンドウが表示され、アンティルール<ゲームの勝敗によりカードの所有権が移ること>によって黄昏から移った一枚のカードに関する情報が表示される。
「え!? なんで!?」
唐突な事態にユーリも思わず声を上げた。
こうしてユーリは望まない形での勝利を手に入れたのだった。
ドローをするときに「俺のターン」と付けていますが、実はこれは言う必要がないものになります。
それなのに付けているのは所謂ノリってやつですね。
ドローをするときに「俺のターン」って付けたくなりません?