出会い
「あたたた……まさか蹴り飛ばされるとは」
吹っ飛ばされて倒れ込んだ地面から、黄昏は起き上がり、少女へと目を向ける。
止めを刺したと思った後に受けた行動が堪えたのか、少女はこちらを警戒して、先程のようにひたすら突撃をかましてくるつもりはないようだった。
一息ついた黄昏は、改めて少女をしっかりと観察することにした。
少女は白を基調とした袖口が広がっている――ゲームやアニメ風に改造された巫女服といった感じの服装で、白銀の髪を下結いのポニーテイルで纏めた、中学生頃の可愛らしい姿をしていた。
一見すると本当にこの少女が戦いに来たのかと思ってしまう可憐さだ。
だが幾らでも外見を弄ることが出来るVRMMO内での見た目など、ただの飾りに過ぎない。中の人がどのような人物かわからない以上、黄昏は警戒心を最大まで引き上げながら、こちらを注視している少女に話しかけた。
「あんた。いきなりなんなんだ?」
「あんたじゃない。ユーリはユーリ」
「……じゃあユーリ。何で俺にいきなり襲いかかってきたんだよ」
ブレイブカードでは対人戦が許容されている。
カードゲームの醍醐味からすれば、むしろメインとも呼べる要素かも知れない。
だからこそ、このゲームでは【PK】というのはごくありふれたものであり、それが行われることに関して黄昏として何も思うことはない。
だが黄昏はPKもそれなりの礼儀があってこそ成り立つものだと考えている。
相手が別の敵を狩っているところに、理由も話さず背後から奇襲するなど、その礼儀を欠く行為だ。
そんな状態でお互いに戦ったところで、襲われた方は目的を邪魔されていらつくだけだし、襲った方も万全ではない相手を倒したところで何の自慢にもならない。
つまりどちらも損をする無意味な行いなのだ。
これを行うということは、そういったことが思いつかなかったか、あるいは道理を無視しても勝てばいいと思っている厄介な手合いだけだ。
そして黄昏はそう言った、道理を無視してとにかく勝てばいいと、俺ルールを押し付けてくる輩が嫌いだった。
(強制○移はお互いのカードを交換するからとかいって、そのまま俺のウルレアカードを強奪して帰ろうとしたから、殴り合いの喧嘩になったケン君や、俺は自分のターンに何度もドローできるんだとか言って、無限ドローでエ○ゾディアを揃えて勝ったとか吐かしたから、取っ組み合いになったヨウスケはいま元気にしてるかな……)
そんな幼少時のどうでもいいことを考えながら、黄昏はユーリの回答を待つ。
このままマッチングを維持して戦うことにするか、それともさっさとこの面倒な相手から逃げるために、マッチングを破棄するか決めるために。
少ししたあと、ユーリは思い出すようにしながら答えた。
「確か、し、七龍征の幻炎の黄昏……このゲームのトッププレイヤーの一人であるお前を倒しに来た」
「俺を狙ってきたにしてはなんか若干うろ覚え感出てんだけど。
……まあ、いいや。とりあえず有名プレイヤーである俺に挑戦しに来たチャレンジャーってわけね」
黄昏はユーリの回答に一定の理解を示す。
対人要素が強いMMOである以上、有名プレイヤーに挑戦して自分の力を確かめたい思うのは不思議な事ではないし、この世界ではよくあることだからだ。
「だとしたら今後不意打ちはやめておいた方が良いと思うぞ。不意打ちして勝ったところで不意打ちなしじゃ勝てないやつと思われるだけで何も誇れないからな」
「むぅ。確かに。次からはちゃんとする」
ユーリはそこで初めて気付いたと言わんばかりに自分の行いを反省した。
(以外と素直に言うこと聞いたな。本当に気付かなかっただけか? いやそれともそれを装ってこちらを油断させる狙いか?)
黄昏はユーリの反省した姿を見て少し考えた後、その態度が嘘ではないと判断し、純粋に手段を間違っただけの挑戦者であると考え、マッチング破棄を取りやめた。
マッチング破棄を取りやめたことで、ユーリと黄昏の決闘は確定する。
だがその戦いが再び始まる前に、黄昏には確認したいことが一つあった。
「まあ、それがいいな。
それと一つ聞きたいことがあるんだが、そもそもよく俺の居場所が分かったな? 誰にも居場所は話していないはずなんだが」
そう黄昏は生放送の収録を終えたあと、その日の気分でこの場所に来たのだ。
誰にもこの場所にいると知られていないはずなのに、自分を狙った挑戦者が現れた。
その事について疑問を抱いたのだ。
「むぅ? このゲームに初ログインして、最初の街で聞き込みしてたら、無名っていう情報屋が教えてくれたよ?」
「情報屋って……。しかも無名かよ。なら、あいつ今も何処かでこっち見ているな……」
情報屋とはVRMMO内で情報を対価にリアルマネートレードを行う者達を指した言葉だ。
情報を扱うと言ってもゲームの攻略情報を扱うわけではない。そう言った情報は攻略サイトにアップされているため、わざわざ人伝で入手する必要がないからだ。
だからこそ彼らは攻略サイトに載らないプレイヤーに関する情報。
つまり、アバターの盗撮写真、デッキ構成、イベントでの映像、有名プレイヤーの居場所などを扱っている。
正直に言えば情報屋というよりもただのパパラッチだろと思う人も多いが、既に定着してしまった情報屋という名称がそのまま使われている状況だ。
そしてユーリが語った無名という人物を黄昏は知っていた。
なぜなら無名は黄昏と同じ七龍征の一人で【遊地】の異名を持つ男だからだ。
無名は、他人が葛藤し、苦悩し、その心が揺れ動く姿こそが物語であるといい、それを見るのが何よりも好きだという変態だ。
その無名がわざわざ接触して黄昏の場所を教えたのは、その方が面白くなりそうだと思ったからであり、今も何処からこの少女の物語がどうなるのか楽しみながら観戦しているだろうと黄昏は考えた。
しかしそれについて考えたところでどうしようもない。
黄昏は無名に関する思考を打ち切ってユーリに向き直る。
「まあ、無名のことはいい。初ログインってことは始めたてほやほやか?」
「? うん」
「チュートリアルはちゃんと受けたか? このゲームは他とは勝手が結構違うからな。カードの使い方とか分からないと結構大変だぞ?」
それは黄昏の純粋な親切心から来る言葉だった。
リアルスペックがものをいう第一世代や、ユニークチートを使う第二世代では、開始直後にトッププレイヤーに挑むということも出来なくない。本人の技量や得られたユニークチートによっては、ルールが分かってなくてもごり押しでジャイアントキリングが出来るからだ。
だがブレイブカードはそれほど甘くはない。
カードゲームである以上、ジャイアントキリングが発生しやすい土壌ではある。運やデッキ構成によっては、初心者がトッププレイヤーを倒すことも可能だ。
だがそれはルールを知っていることが大前提だ。
どんなに運がよくても、どんなに良いデッキが作ってあったとしても、それをどう使えば良いのか分からなければただの宝の持ち腐れ。
そしてそんな風にカードを腐らせておいて勝てるほどこのゲームのカードの比重は低くない。
ユーリは、黄昏の言葉を受けて、きょとんとした顔をしながら言う。
「カードなんかいらない」
「は? カードがいらない? このカードで戦うブレイブカードの世界で?」
「うん。ユーリはいつも通りただ相手を倒すだけ」
そう言って、話は終わったとばかりにユーリは剣を構えた。
(こいつ……。ブレイブカードに興味を持って始めたってわけじゃないな。自分の力試しがしたかっただけで、どんなゲームであろうとどうでもよかったと。それに……)
黄昏はそこまで考えたところで、こちらの様子を伺うユーリの無機質な瞳に目を向ける。
(道端の石塊を見ているかのような、相手すらどうでもいいと思っている目だな。対戦相手ですら自分の欲求を満たすためのただの使い捨ての道具って感じだ)
「ただ相手を倒すだけね……」
用意された敵を自分の力で淡々と作業のように倒して強くなっていく、確かにそれはある意味ではVRMMOの楽しみ方の一つなのだろう。
だがカードゲームを主とするブレイブカードではもっと別の楽しみ方がある。
相手を石塊のように思っているだけでは決してたどり着けない面白さが。
「……カードゲームってのはさ。一人じゃ出来ないんだぜ? 必ず対戦相手がいるんだよ。そしてその相手こそがもっとも大切なんだ」
「?」
突然語り始めた黄昏を見て、ユーリは可愛らしく小首を傾げて疑問を浮かべる。
黄昏はそれを無視して、ユーリに思いを伝えるために話を続ける。
「お互いがお互いをしっかりと認識しあって、対等だと認め合って戦うからこそ、そこに駆け引きが生まれる。互いの知略の応酬が始まる。相手が自分の想像もつかないことをやってくるような意外性の楽しさが出る」
カードゲームの楽しさとは、人があってこそだと黄昏は考えている。
学生時代の友人達と一緒にカードゲームに打ち込んだ日々のことを思い出す。
相手のことを認めていたからこそ、相手の裏をかいて自分が思う最高のコンボを決めた時は凄い嬉しかったし、逆にそれがカウンターなどで潰された時はとても悔しかったりした。
そんな一喜一憂する戦いだったからこそ、偶然の運が生み出した結果にお互いに笑い合ったり、お互いのデッキ構成に対してあーだこーだ言い合ったりした。
時にはお互いにアニメキャラになりきってノリノリでデュエルするなんてこともあった。
それもこれも人と人が遊び合うものだったからこそ出来たことだ。
そしてそれを理解していたからこそ、昼休みや放課後、休日に皆で集まって遊んでいた。
時には見ず知らずの人や、普段は話さないような人も、カードを介して知り合って一緒に遊んだ。
一部の人から見たら下らない日々だろう。
紙束に打ち込んだ青春時代を馬鹿にするものもいるかも知れない。
――だが、誰がなんと思うとも、カードと共にあったそんな日々は最高に楽しかったのだ。
「ユーリ。このカードゲームの世界で、ブレイブカードで、ただ作業のように相手を倒す。そんな相手を見ない、独りよがりの、一人遊びをしてて楽しいか? ユーリはこの世界を楽しめているのか?」
それは黄昏からの純粋な問いだった。
ゲームは楽しむために存在しているものだ。
他人からどう思われたとしても、自分なりの楽しさを見つけて遊ばなければやる意味がない。
それは長年カードゲーマーをやってきた黄昏の持論だった。
そして同時にこうも思う。
もしゲームを楽しんでいないというのなら。
その楽しみ方を知らないというのなら。
先達としてその楽しみ方を伝えなければならないと。
――色々な人とカードゲームをやる日々の中で、それを知ることが出来た自分のように。
この物語は黄昏と各章ヒロインのダブル主人公で進めていきます。
大人な主人公とそれに関わって成長する子供達が基本的な物語の流れです。
大人なキャラと言うと、色々と人によって解釈が違って荒れると思うので、この作品における大人の定義を一応この後書きに明記しておきます。
この作品における大人とは、望む望まないに関わらず、既に自分の生き方を決めていて、それに従って行動している者です。
例えば、子供であったとしても音楽家になるんだと決めていて、それに向けて遊んでいるだけではなく、色々な会社に売り込みに行ったり、自作の音楽をネットで公開などしていたら、「将来を見据えてこれだけ行動出来るなんて大人だな~」と言った気持ちになると思います。
逆に、サラリーマンとして生きると決めた大人が、初対面の相手に敬語を使わないなど、社会に帰属するサラリーマンとしての生き方に沿わない行動をしたら子供っぽく見えてしまうと思います。
これが個人経営のレストランなどサラリーマンではない大人が同じことをしているなら、そこまで強く批判されることはないはずです。
つまるところ、自分の決めた生き方を貫ける者が大人っぽく見えて、それを貫けない者、まだ生き方を決めていない者が、子供のように見えてしまうっていうことですね。
この作品ではこの持論に従って大人キャラと子供キャラを作っています。
分かりやすくざっくりと言うと、大人キャラは覚悟を既に決めている前作主人公で、子供キャラが今回の物語で色々な困難にぶつかる主人公だと思って頂ければ大丈夫です。