襲撃
「はーい。OKでーす。お疲れ様でしたー」
「お疲れ様です」
それなりに長かった収録を終えて黄昏はほっとため息をつく。
(あ~。コネで回して貰った仕事だけど何とか乗り切れた~。取り敢えずこれで今月の出費は失敗しないですみそうだ。
――っとまだ気を抜いちゃいけないな。次の仕事に繋がるように印象よくしとかないと)
愛想よく他の出演者や番組スタッフに挨拶して、番組用の空間から退出し、黄昏は自身の【セントラルステーション】に移動する。
セントラルステーションとは、VRからログアウトしないまま別のVRに移動するために存在する、言わばVR内の自分専用の中継地点のようなものだ。
スマートフォンで例えるならホーム画面、SNSで例えるならマイルームなどと言えば分かりやすいだろう。
自分で自由にカスタマイズすることが出来るその場所で、黄昏はソファに腰を落とし、ぐったりとする。
生放送でコメンテーターという仕事は黄昏の想像以上に精神を消耗させたのだ。
(今日の仕事はこれで終わり。昼時だけどどうするかな)
現在の時刻は12時半頃。お昼を食べに現実に戻ってもいい時間帯だ。
実際にフルダイブ用の端末であるマイギアに搭載された体調管理システムからも、食事を取るように促す警告メッセージが表示されている。
だが先程の仕事で、それなりに精神疲労によるストレスが溜まった黄昏は、何処かで暴れてそのストレスを発散したい気分だった。
(ま、経験上少しくらいなら、警告無視してもゲーム出来るからな。ようはギリギリで戻れば良いんだギリギリで)
体調管理システムは、プレイヤーに自主的なログアウトを促すために、早い段階から警告メッセージを表示する。
その状態から強制的なログアウトまではそれなりの時間的な猶予があるため、警告が表示されても少しの間なら、無視しても問題なくゲームが行えるのだ。
黄昏はログインするゲームを選択するためのウィンドウを出した。
オルティナファンタジー、ソロモンクラウン、クラッシュ&ビルダーズ……。黄昏が所持している幾つものゲームの中からブレイブカードを選択する。
「ログインっと」
ブレイブカードのログインボタンを押した黄昏は、セントラルステーションからブレイブカードの世界へと転送されていった。
☆☆☆
「やれ! ウルフェン!」
その言葉と共に、機械が埋め込まれた狼の魔物。黄昏が召喚した【ユニット】である機獣ウルフェンが、目の前にいる鹿のような姿をした魔物に襲いかかる。
「きゅぃ!」
鹿の姿の魔物は足に噛み付かれ、悲鳴のような鳴き声を上げて態勢を崩す。
黄昏はその隙を逃さず、鹿の魔物に一気に近づくと、手に持った固有武器である【双剣槍】でその首をたたき切った。
HPがゼロになり光となって消えていく鹿の魔物。
光が消えたその場所には一枚の薄い光を放つ白いカードが落ちていた。
黄昏はそのカードを拾い上げる。
決闘樹海の闘士ディアー
拾ったカードの情報が表示される。
その後、手に持った白いカードは光の粒子となり、黄昏の左腕に装備された腕輪のような端末である【デュエルリング】へと吸い込まれた。
「ここも外れか。さすがにそう簡単にはレアMOBは出ないな。さっさと次のポップ場所に移動するか……」
ブレイブカードにやって来た黄昏は、[樹海の決闘場]と呼ばれるフィールドにいた。
目的はトレード用に使うカードである決闘樹海の闘士ホワイトラビットの確保であり、ストレス解消にユニットを倒すなら、効率よく他の用事も片付けようと思ってのことだった。
決闘樹海の闘士ホワイトラビットは、[樹海の決闘場]でまれに現れる白い兎の魔物が落とすカードであり、黄昏はそれを確保するために攻略サイトに記載されたユニットがポップするエリアを周回している。
(そろそろ強制ログアウトまでの残り時間も少ないし、次を最後にするか)
そんな事を考えながら次のポップ場所へと向かう黄昏。
「お、よっしゃ。当たりだ」
出現しているであろうユニットに発見されないように、潜みながら様子を伺うと、そこには目的の白い兎のような魔物が存在していた。
黄昏は目的の魔物を確実に倒せるように自身の手札を再確認する。
〔ユニット〕【機獣ウルフェン】回数:3(残数:1)
〔マジック〕【フレアエンチャント】回数:5(残数:3)
〔マジック〕【機獣工廠】回数:1(残数:1)
〔アイテム〕【帝国式フレアバレット】回数:3(残数:2)
〔ユニット〕【機獣レットウ】回数:4(残数:2)
ブレイブカードでは、戦闘用カードの種類として、【ユニット】、【マジック】、【アイテム】、【スキル】、【トラップ】、【スペシャル】の六つが存在している。
【ユニット】は、VRMMOやカードゲームにおけるモンスターや召喚獣に該当するものであり、魔物や人を召喚してHPが尽きるまで戦わせることが出来る。
【マジック】は、VRMMOやカードゲームにおける魔法や呪文に該当するものであり、使用することで何らかの現象を引き起こすことが出来る。
【アイテム】は、VRMMOやカードゲームにおける装備や道具に該当するものであり、何かしらの物体を召喚してその効果を適宜発動することが出来る。
【スキル】は、VRMMOやカードゲームにおけるアーツや技のようなものであり、使用することで決められた動きを行い、斬撃を放つなど技を繰り出すことが出来る。
【トラップ】は、VRMMOやカードゲームにおけるトラップのようなものであり、使用することでオブジェクトをフィールドに作り出したり、セットすることで条件によって効果が発動する状態を用意することが出来る。
そして最後に【スペシャル】――これは他のカード種類とは一線を画するものであり、同名カードですら3枚入れられる他の種類とは違い、30枚あるデッキの中に1枚しか入れることが出来ないものとなっている。
その効果は、【ユニット】、【マジック】、【アイテム】、【スキル】、【トラップ】の超強化版といったようなもので、圧倒的な強さを誇るユニットを召喚したり、絶え間ない魔法の雨を降らせたり、フィールドの環境を永続的に作り替えるなど、ブレイブカード内での必殺技としての役割を持っている。
ブレイブカードでは、プレイヤーとの対戦時やフィールドに出たときに、これらのデッキに含まれたカードが五枚手札に展開される。
手札のカードは、コストにするか、使用回数がなくなることによって、墓地へと送られて減るが、時間経過と共に溜まる【DP】が、溜まりきった時に行う【ドロー】や、特殊デュエル時の条件達成による手札追加などで、新たなカードを手札に増やすことが出来る。
プレイヤーはこの手札と、カードに関係無く使用できる固有武器を使って、敵となるプレイヤーやユニットと戦って行くことになるのだ。
(相手は素早い。なら手数で攻める。フレアバレットを使って上手くウルフェンの元に追い立てるのが一番だな)
帝国式フレアバレットは片手で使える魔法銃を召喚するカードだ。
その魔法銃は威力が少ないものの、十二発もの弾を放つことが出来る。
手数の多いこれを使用することで、逃がさないように確実に倒そうと、黄昏は結論を出した。
「[帝国式フレアバレット]」
黄昏の効果の発動の宣言に合わせて、帝国式フレアバレットの残数が減り、黄昏の左手に無骨な黒いハンドガンが召喚される。
黄昏はそれを確認し、側にいるウルフェンと共に物陰から飛び出す。
それと同時に兎の魔物を狙い撃ったところで、唐突にデュエルリングから音声が発せられた。
『他プレイヤーからの攻撃意思を検知。デュエルモード[対人戦][一対一][ノーマルデュエル]でマッチングを行います』
「はぁっ!?」
黄昏の放った炎弾は、兎の魔物に当たる事無く貫通し、兎の魔物はその場にいなかったかのように消え失せる。
更に左手に持ったフレアバレットも消え失せ、側にいたウルフェンもいなくなっていた。
(これは……!?)
黄昏にはこの現象に心当たりがあった。
これはデュエルモードがフィールド散策から、対人戦用のものに変更されたことによって、周囲の状況がリセットされて起こる現象だ。
マッチングされた決闘を拒否するか、許諾した上で決着を付けないと、先程の状況は再展開されない。
つまりこの場には、黄昏を狙った敵プレイヤーが存在するということだ。
(後ろか!?)
黄昏は先程周囲を観察した時に、人影が見えなかったことから、敵の攻撃が背後から襲いかかって来ていると判断し、再展開された五枚の手札の確認を後回しにして、振り返るように飛び退きながら背後の方向に双剣槍を振るった。
黄昏の予想は正しかった。
狙いも付けずに振るった双剣槍が敵の刃を受け止める。
襲撃者である少女はそれを理解すると、滑らせるようにして剣を振り抜き、体を深く沈み混ませ、そこから抉るように再び黄昏に向かって斬り掛かってきた。
黄昏はそれを防ぐために少女へと双剣槍を突き出すが、少女は攻撃を止めることもなく、最小限の動きでそれを躱す。
(この動き、VR剣術か!)
VR剣術――それはVRMMOが発展する中で自然と生まれた剣術の流派である。
この流派は誰かが型を考えて作り上げたものではない。ただVRMMOをプレイし続けるだけでいつの間にか皆が同じような動きをしていたことから、流派と言われるようになったものだ。
その特徴は、何も考えず反射神経を頼りに最小限の動きで攻撃を躱し続け、隙が生まれた瞬間に勢いを落とすことなく最速の一撃を加えるというもの。
それは型を使った駆け引きで、自ら相手に隙を作り出す、既存の武術とは全く方向性が異なったものだ。
なぜこのような剣術が生まれることなったのか。
その理由はVRゲームに存在する。
ゲームというのはプレイヤーに攻略されることを目的にしている。
故に自ら隙を作り出さないと相手が隙を作らない現実と異なり、ゲームの敵には必ずプレイヤーが倒す為の隙となる動きが設定されている。
だからこそVRゲームをプレイする上では、型を使った駆け引きという面倒なことをせずに、敵が隙を見せるまでひたすら躱し続けて、隙が現れた瞬間に一撃を叩き込む方が手っ取り早くて強い。故に何度もその動きを行ってしまう。
そうして動きが体に染みつき、自然とVR剣術になってしまうのだ。
「っく!」
勢いを止める事無く、間合いに踏み込んだ少女が放った斬撃によって、黄昏の左腕は切り裂かれた。
その切られた傷口は光の断面となると、それより先が光の粒子となって消える。
黄昏は左腕を切り落とされたが、それによって、血を吹き出しながら、腕が飛ぶということにはならず、光の粒子となって消えるという表現になっているのには理由がある。
それはブレイブカードが全年齢対象ゲームであるため、過激な表現が規制されているせいだ。
この光の粒子となって消えること以外にも、プレイヤーへの心理的影響を考えて様々な配慮が行われている。
例えば切断部分やダメージを受けた部分は、ゲーム的な光の断面が覆うことになっているし、欠損部位についても、それが存在するプレイヤーから見れば半透明になってそこに存在し、オブジェクトを透過するものの、実際に動かすことが出来るようになっているのだ。
黄昏は、半透明になって使用できなくなった自分の左腕を見ながら、右手で双剣槍を何とか操り、少女の攻撃を防いでいく。
(VR剣術の弱点は明白だ。見えた隙に必ず食いつくなら、事前に自ら隙を用意して、相手の動きをコントロールすればいい。先に動きが分かっているのなら、相手がどれだけ速かろうと一手先に行動を起こすことが出来る……はずなんだが)
黄昏は自分の考えに従い、わざと隙を生み出して戦況をコントロールしていた。
実際その狙いは上手く嵌まり、何とか少女の攻撃が致命傷になることを防いでいる。
(不味い……! 想像以上に速い! アバターは同性能のはずなのに、こうも押し切られるとは! 此奴は新人類の中でもトップクラスに能力が高い奴だ! 同じ性能でも動かし方に差がありすぎる! 片腕だけじゃ、先読みして誘導しても、それを上回れて押し負ける……!)
新人類は脳の誤認によって強化が行われることになるが、その脳の誤認にも個人差が存在しており、新人類の中でも成長速度や限界値の面で能力の優劣が存在しているのだ。
黄昏は目の前の少女がかなりレベルの高い、所謂新人類の天才とも呼べるような存在であると判断した。
(こりゃもう駄目だな)
そして正しく現状を理解した黄昏は、このまま攻撃を凌いでも先がないことを悟った。
故に黄昏はわざと大きな隙を作り、少女の方へと向かって行く。
VR剣術である少女は、当然そのような隙を見逃すはずもなく、踏み込んできた少女の剣によって、黄昏の心臓は貫かれた。
HPがゼロになり、HPゲージがETゲージへと変わる。
エクストラタイムに突入したのだ。
黄昏はそれを確認しながら自分の手札に目を通した。
〔マジック〕【キャスリング】回数:3(残数:3)
〔マジック〕【機獣工廠】回数:1(残数:1)
〔マジック〕【三連式魔法障壁】回数:3(残数:3)
〔マジック〕【逢魔が時】回数:6(残数:6)
〔トラップ〕【機獣スパイドリーの鋼鉄糸】回数:3(残数:3)
([リバイブ]!)
『[逢魔が時]をコストにリバイブを発動』
黄昏が思考で操作を行うと、ランダムに捨てられたカード名を知らせる機械音声と共に、ETゲージがHPゲージに戻り、全回復する。
それに加えて、状態異常の部位欠損によって失われていた左腕が元通りの実体として再生された。
そしてその再生された左腕は――少女が黄昏の心臓を剣で刺すために突き出した右腕を掴んでいた。
「む!?」
少女は突然腕が掴まれていたことに驚き、一瞬動きが止まる。
これこそが黄昏の狙いだった。
黄昏はHPがゼロになることは避けられないと考えていた。
だからこそわざと倒されることによって、その後の展開について自分の有利に進むように策を考えた。
あえて大きな隙を作ることで、急所である心臓への突きを誘発させる。
そして突きをするために、こちらへと伸ばされた腕に対して、透過状態になっている半透明の左手を近づけて、リバイブを行う事で即座に実体化、相手を捕縛する。
捕縛された相手は逃げることも出来ずに黄昏の攻撃を喰らい、結果的に消費カードが一対一になるという考えだ。
「もら……うぉ!?」
黄昏は少女に向かって双剣槍を突き刺そうとするが、それより速く硬直から解放された少女が、掴まれている右腕を軸にして、黄昏に跳び蹴りを放つ。
少女が掴まれていた腕に体重をかけたため、引き摺られて態勢を崩してしまった黄昏は、その攻撃をよけることが出来ず、思いっきり蹴飛ばされてしまった。
そしてその衝撃で、黄昏が少女の腕を放してしまったために、拘束から解放された少女は、黄昏を警戒して距離を取る。
カード名やリバイブなどの機能に[]が合ったり無かったりしていると思いますが、取り敢えず発動したということが分かりやすいように、カードが発動したタイミングでのカード名の登場時に[]を付ける方針で行こうと思います。
ただそうすると[機獣スパイドリーの鋼鉄糸]などが、「機獣スパイドリーの鋼鉄糸のケモノの力を」のような感じで「の」が連続で続いて醜くなるので文章中では「スパイドリーのケモノの力を」のようにカード名を省略して記載することで対応します。