プロローグ1
「クソ、この……! 化け物! リアルチートが!!」
「化け物じゃない。ユーリはユーリ」
「てめぇは! いや、てめぇらは化け物だろうがよ! 俺がこのゲームにどれだけの時間をかけたと思ってるんだ! それをこんな……! ふざけるんじゃねぇ!!」
心からの怨嗟を込めた言葉を吐き捨てながら、このゲームのトッププレイヤーの一角であるロンドは、襲撃者であるユーリが繰り出す連撃を必死に防いでいく。
……だが、その努力もむなしく、戦況はユーリの方に傾き始めていた。
ロンドはそれを理解してもなお、鬼気迫る表情で必死に食らいついていく。
彼はこのゲームを長年プレイしてきた。多くの時間を費やし、多くの苦労を乗り越え、やっとトッププレイヤーの一角に数えられるようになったのだ。
そんな彼だからこそ認めることは出来なかった。トッププレイヤーたる自分が、こんなルーキーの少女に押されているという事実を。
――リアルスペックの差という理不尽なものが。
これまでの努力の全てを塗りつぶしていくことを。
ロンドの刀がユーリによって弾き飛ばされる。
ロンドはその時の衝撃で尻餅をついた。
座り込んだロンドの眼前に向けられるユーリの剣。
ロンドはそれを見ながら自身のHPに目を向けた。
――後一発でも攻撃を受ければ、HPはゼロになる。
……詰んだ。ロンドはそれを理解した。
ロンドは絶望し老いた老人のように力なく呟く。
「なんで……なんでだよ。これが【旧人類】と【新人類】の差だって言うのかよ……」
新人類――人工の天才児とも言われるそれは、10年前に【ネクストオリジン】がフルダイブ型VRを一般公開したことによって現れた新たな人類とも言える存在だ。
現実世界でも仮想世界のアバター並の身体能力を持ち、どんな事でも要領よく覚える天才性に加えて、3000万人に1人の割合で【センス】と呼ばれる特殊能力を持つ者も現れるという今までの人類――旧人類とは隔絶した力を持つ存在。
何故このような存在が発生するようになったか。詳しい原理はネクストオリジンがフルダイブ型VRに関する根幹技術の詳細を公開しないため不明となっているが、多くの科学者達によってその原因について予測が立てられていた。
それは成長期……18歳未満の間に自身の肉体と違った性能を持つアバターを使用することで起こる脳の誤認が原因だというものだ。
フルダイブ型VRを利用する時、人は必ず仮想空間で行動するための器――アバターという肉体を使用する。現実の肉体を眠りにつかせて、アバターを操作してVR内で過ごすのだ。
それは言わば、脳だけを別の肉体に移し替えていると言っても過言ではない。
この肉体の切り替えが、脳の誤認を生むとされている。
脳にとって成長期の肉体とは確立したものではなく変化するものだ。肉体を正しく成長させるために、脳は常に肉体の状態を観測して、どう伸ばすかを計算して成長させている。
だが、フルダイブ型VRを利用すると、その観測対象が現実の肉体から、高性能なアバターへと変わってしまう。
本来はあり得るはずのないこの観測対象の変化を、脳は適応することで許容してしまい、結果として観測対象を間違えたままで、つまりアバターの性能を基準として肉体を成長させてしまうのだ。
これが新人類達がアバター並の身体能力を持つことになる原因。
――しかしことは身体能力の強化だけでは終わらない。
人間というのは複数の機能が相互に絡み合って生きている。身体能力が異常とも言えるほど強化されると、それに合わせて他の機能も強化されるのだ。
この他機能の強化、とりわけ脳の活性化が、第二、第三の新人類の能力を得る引き金となる。
新人類の第二の能力とも言える天才性の獲得。
それは脳の活性化とアシスト機能によって引き起こされる。
ゲームの中では現実のように肉体を動かすことになるが、誰しもがそれを上手に動かせるとは限らない。
アシスト機能とはそのような未熟な動きをするプレイヤーを手助けするために多くのVR――とりわけゲーム系VRや教材系VRで使用されるものだ。
アシスト機能はプレイヤーが動こうと思った動きを補佐し、最善とも言える動きへと補正してくれる。それを利用することでプレイヤーは本来出来ない動きを実現したり、正常な動きを学んだりすることが出来る。
人間はそう言った動きの最適化を学習していける生き物だ。
初めは泳ぐことは出来なくても、何度もバタ足すれば泳げるようになり、その後のクロールはもっと短期間で習得することが出来る。
これらは泳ぐという行為の最善の動きを学習して、他に生かしているからだと言える。
そしてこの学習を簡単に、つまりより早く最適化出来ることこそが、地頭の良さというものであり、所謂才能と呼ばれるものになる。
端的に言えば活性化した新人類の脳はこの最適化に関する能力が高いのだ。
アシスト機能を繰り返し利用すれば、その能力を更に強化することが出来る。
あらゆる物事への最適解の学習の仕方というものを身につけてしまい、初めて見るような事でも一度試せば無意識のうちに最善の動きを学習して、次からはもう正しい動きで実施することが出来るようになる。
天才と呼ばれる人間が行える事を、成長期にVRをプレイするだけであっさりと出来るようになる。
――これが新人類が人工の天才児と言われる所以である。
驚異的な身体能力と天才性だけでも、新人類は旧人類とは別格の力をもつ恐ろしいものであるが、それだけだけではなく、新人類には更にセンスと呼ばれる特異な能力もある。
だが、身体能力や天才性と違い、センスに関しては未だにその習得条件が明らかになっていないのが現状だ。
センスとは新人類が獲得する特殊能力のようなものだ。
ただし特殊能力と言っても魔法やサイコキネシスのような超常の力を発揮するものでは無く、あくまで人間が持つ機能の延長線上にあるもので、端的に言えば超感覚と呼べるものである。
例えば【未来予知】のセンスは、周囲の情報を収集して先読みを行うという人間が持つ機能の一つが、プレイヤー補助システムの一つである弾道予測などの動きを学習することによって強化された結果、現実世界でもシステムなしで予測が出来るようになったものであるとされている。
他にも【肉体透視】のセンスは、目利きのバイヤーが鮮度のいい食材を見分けるように、目に映る状態から内部の細かい状態を想像するという人間が持つ機能の一つが、教材系VRで何度も食肉を解体することで強化された結果、目で見るだけで内部の筋肉の状態が分かるようになったものであるとされている。
このようにセンスと一纏めに言っても、習得過程も、その特性も、千差万別で、画一した習得条件を明らかにすることが出来ていない。
しかもセンス持ちがセンスを獲得した条件とまるで同じものを他の新人類にやらせてみても、その新人類はセンスを獲得することが出来なかったという研究成果まである。
何故習得できる新人類と出来ない新人類がいるのか、その理由は個人の資質の差なのか、あるいは想定されていない何かの要因があるのか。
研究者達はこれらのことについて結論を出すことが出来ず、また解明を望まない世論の影響もあって、センスの習得条件の詳細は謎に包まれたままになっているのである。
身体能力向上、天才性の獲得、センスの習得――。
これらのことから人類は、新たに発生した彼らを同じ人類とは見なせなくなり、新たな人類として、新人類と呼ぶようになったのだ。
そしてここにいるロンドはそんな新人類ではなく、旧人類の一人だった。
「くそぉ……俺だってあと3年遅く生まれてれば……!」
新人類へと変異するために必要な脳の誤認。
これは18歳以降になってしまったものには発生しない。
なぜなら成長期が終わってしまった彼らは、既に自己の肉体が確立されてしまっているので、脳が誤認することがなくなってしまうからだ。
ロンドはフルダイブ型VRが出た当時、既に20歳だった。
その為に彼には新人類になる資格がなかった。
彼はずっと苦しい思いをしてきたのだ。
変革する世界の中で、あと3年若ければ簡単に手に入れることができた新人類の力を羨望の眼差しで見ながら、旧人類の劣った能力で必死で頑張ってきたのだ。
だからこそ思う。
普通に生きてきただけなのに何でこんな思いをしなくてはいけないのか。
VRを、ゲームを、ただ楽しみたかっただけなのに何でこんなことになってしまったのか。
――それは全て新人類なんてものが現れてしまったせいだ。
「お前らみたいな化け物なんて生まれてこなければよかったんだ。死んじまえ」
憎しみに塗れた瞳をユーリへと向けながら、ロンドは首を切り落とされ光へと還っていく。
その言葉と光景をみてユーリの脳裏にかつての両親と思い出が蘇った。
☆☆☆
ユーリの家庭はエリート思考の強い家だった。両親は自分達が優秀であると信じていたし、娘であるユーリにも当然それを求めていた。
だからこそフルダイブ型VRによって、新人類といえるほどの能力を得ることが出来ると知った彼らは、ユーリが物心ついた時から、ユーリにVRをプレイさせた。
自分の子供が旧人類のままで、それによって他の新人類の子供達より劣っているということになることを恐れたからだ。
こう言った事情はこの世界で多く見られる出来事だ。
自分の子供が他より劣ることは許せない。子供の将来を考えて少しでも才能を上げたい。動機はどうであれ、多くの親達は子供が新人類であることを望んだ。
また、これは子供を持つ親だけに限った話ではない。
新人類が発生した当時、ネクストオリジンはフルダイブ型VRの18歳未満の使用禁止を方針として打ち出そうとした。
――だが、それは実現することはなかった。
なぜなら、各国政府がそれを実現出来ないように世論を誘導したからだ。
新人類が既に発生してしまっている以上、その数がそのまま国力へと繋がる。それ故に、どの国も新人類の発生を止めることは許されなかったのだ。
結果として、ネクストオリジンや各国政府は、新人類が発生する前提の対策に乗り出すことになった。そして抑止のなくなった世界で、当時の18歳未満の殆どのものが新人類となった。
それによって新人類でなければ生きていけないという風潮が生まれてしまい、新たな子供達の新人類化が加速していくという悪循環に陥ってしまったのだ。
ユーリもそう言った流れの中で、3歳という異様な若さからVR漬けの日々を強要されていた。
だが、ユーリはそんな日々が実は嫌いではなかった。
ゲーム系VRで冒険をしたり、教材系VRで勉強するのは、未知のことを知れて楽しかったし、成長も実感出来た。そして何より嬉しかったのは、VRをやりこんで成長する自分の姿を見て喜んでくれる両親の姿だった。
だからユーリはさらにVRへとのめり込んでいった。
色々な未知のジャンルに挑戦する。
もちろん初めは上手くいかない、アシストありでやっとやりきれる感じだ。
だが、少しすれば、アシスト無しでこなせるようになり、そして直ぐにアシスト無しでも、アシスト有りの時のような達人級の腕前になっていた。
それも出来た、あれも出来た。
――ねえ、ぱぱ、まま。これも出来たよ。
そうして必死になって成長したユーリがふと振り返ると、両親の目が変わっていることに気付いた。恐れを抱くような目で両親はユーリに言った。
「化け物……!」
――化け物じゃない。ユーリはユーリだよ。
そんなユーリの言葉もむなしく、その日から何かが変わってしまった。
両親は未知の怪物を見るように、ユーリを恐れて会話はなくなった。
ユーリの両親はエリート思考故に、幼児にも関わらず自分達を越えていこうとするユーリの存在を認めることが出来なかったのだ。
そしてユーリの両親はユーリが寝ている間に忽然と姿を消した。
『あなたなら一人で生きていけるでしょ』と書かれた書き置きだけを残して。
全てがなくなったユーリはさらにVRに没頭した。
何もなくなった彼女に取って最後に残った希望。
楽しかった思い出があるVRに縋ったのだ。
☆☆☆
「……つまんない」
気付けばユーリの口からその一言が飛び出していた。
その言葉が自分の口から出たことに、ユーリはハッと驚き、そして俯く。
ユーリはあの時からゲームをプレイしても何故か楽しめなくなっていた。
そんなはずはない、このゲームが合わなかっただけだ。と幾つものゲームを巡り、何人もの有名なプレイヤーを倒してきたが、それでも気持ちが変わらない。
だがユーリはもう立ち止まれない。
ユーリにはこれしかもう残っていないのだ。
だからこそその気持ちの理由を、このゲームのせいにする。
「このゲームも飽きた、次を探さなくちゃ」
そう言うとユーリはログアウトボタンを押し、仮想世界から現実世界へと舞い戻った。
「成長期は18歳未満で終わるとなっているけど、人によって誤差があるし、そもそも、もっと続くでしょ」と言った意見や「VRゲームやっただけで肉体が強化されるなんてないでしょ」と言った意見があると思いますが、この辺の設定は作中の根幹設定なので、このままで行きます。
作中世界の人間はそう言った特徴があるんだなとざっくりと思って頂けたら幸いです。