会合
それから程なくして、黄昏から声が上がる。
「見えた! あれが目的地だ! ギルドに近い場所にある広場に着地するから、俺の後に付いてきてくれ!」
黄昏はそう言うと、眼下に広がる王都に向かって下降していく、彼のユニットが降りられるような広場へと向かった黄昏は、そこに鳥のユニット降ろした。
そして地面へと飛び降りた黄昏は、ユーリが同じように降りてきたことを確認すると、目の前にある大きな施設に向かって歩き始めた。
「何処に向かってる?」
「あの大きな建物――ギルドだ。クエストの受注や、対人戦用のフィールド貸し出し、クラン同士の会合などで主に使われているところで、俺の友人はそこでクラン同士の会合をしているらしいから、そこに突撃するわけだ」
「クラン?」
聞き慣れない言葉を聞いたユーリは思わず疑問の声を上げた。
それに対して黄昏は「ああ」と納得すると説明を始める。
「そっか、始めたばかりだとわからないか。
クランて言うのは所謂プレイヤーの集団が集まって出来るグループのことだ。他のゲームとかだと、ギルドとか別の名前で呼ばれてたりするようなものだな。
ユーリもそう言った名なら聞き覚えがあるんじゃないか?」
「そんなのあったの?」
「いや、あったのって聞かれても……」
初耳だと言わんばかりにきょとんとした顔をするユーリ。
それを見て、思わず黄昏の顔が歪む。
(なんか本人が気にしてないだけで特大級の地雷を踏んだ気がする……)
色々なゲームをプレイしてきたと思われるユーリが、大体のゲームにあるそう言ったプレイヤーの集団に関する情報を知らないことに、ぼっちの闇を感じて、黄昏は無理矢理話を切り替えて説明を続ける。
「ええい。もっと簡単にいうと学校で言う部活動や同好会みたいなものだ。特にブレイブカードでは、イベントなどで自分が所属する対象となるメインクランと、複数設定することが出来るサブクランが存在していて、いつでもそれらを切り替えられるようになっている。メインクランが部活動、サブクランが合間にやっている同好会と思えば理解しやすいはずだ」
「学校に通ったことないからわからない」
「ああ、そう。じゃあ仕方ないな」
現在の世界では子供も社会に働きに出て行けるため、学卒試験を突破すれば学校に通う必要が無い状態にある。
だからユーリが言うように、学校に通わない子供がいても不思議ではない。
だが、そう言った子供は、家庭の環境が悪くて働きに出なくてはいけないか、自分の意思で社会に飛び出した者が殆どだ。
つまりそう言ったナイーブな話を聞き出してしまうのは、あまりよろしいことではない。
(なんかゴメン)
地雷原でタップダンスをした形となった黄昏は、思わず内心でそう謝り、それ以上話題を広げないように無言で早歩き始めた。
なんともいえない沈黙の中歩いていると、二人はギルドに辿り着く。
黄昏は中に入ると、近くにいたギルド職員のNPCに話しかけた。
「naruというプレイヤーがここにいるはずなんだけど」
「黄昏様ですね。naru様から話は聞いています。お部屋に案内しますので付いてきてください」
そう言って歩き出したギルド職員の後を追うように黄昏とユーリも歩く。
しばらく歩くと襖で閉じられた部屋へと辿り着き、ギルド職員がその襖の先に向かって声をかけた。
「黄昏様が到着致しました」
「ご苦労様。そこ開けて部屋に入れてもらえる?」
「承知致しました」
襖の先にいた誰かの返答に従い、ギルド職員は襖を開けた。
「では、私はこれで失礼します」
そう言って、ギルド職員が去って行く中、黄昏達は襖の先の部屋にいた人々に目を向ける。
部屋にいる人数は全部で四人。
二人ずつが向かい会うように座っていた。
黄昏はそれを見た後、右手前側に座っている少年に向けて話しかける。
「んで、いまどんな状況なの? まだ時間かかりそう?」
「【龍の巣】と【獣の掟】の五周年イベントに向けての練習試合とかの日程決めはついさっき終わったところで、会合の目的はもう達成し終わってるよ。
ただ黄昏からこっちに来るってメッセージが来てたから、折角だから皆で待とうという話になって待ってたのさ」
そこまで語ったところで少年は、黄昏の後ろにいるユーリに目を向けた。
「あれ? 誰か連れてきてる?」
「ああ。naruと俺の決闘を観戦させようと思って連れ回してるんだ」
「なるほどね~。じゃあ、自己紹介した方が良いかな」
黄昏の言葉に納得した表情を見せた、稲妻のような黄色い髪をテンガロンハットで隠し、探検家のような格好をした少年は、そう言うと立ちあがった。
「初めまして。僕の名前はnaru。黄昏と同じ七龍征の一人で、今は龍の巣のサブクランリーダーをやってるよ。よろしくね」
「ユーリはユーリ。よろしく?」
naruの自己紹介を受けて、ユーリも自己紹介を行う。
すると、みごとなデュエルマッスルを持っている、ライダー風の服装の壮年の男が立ちあがった。
「私も自己紹介をしよう。私はあーさーという者だ。七龍征の一人で、龍の巣のクランリーダーを務めている。よろしく頼むぞユーリ」
武人のような固い口調で、そうユーリに語りかけるあーさー。
それを見ていた、癖毛なのか様々な場所が跳ねている茶髪のショートカットに、疲れてやさぐれたような目つき、本来の耳の位置から飛び出した猫耳、そしてそして身に纏った毛皮がアクセントとして使われているコートのせいで、すれたノラネコを思わせる少女が、苦い顔をしながら声を上げた。
「なんや、これ皆で自己紹介する流れなんか?」
「別にいいではないか。ねこねこよ。名乗りはこの世界では誉れの一つであろう」
「いや、うちが名乗る前にもう言ってしもうてるやん」
「あ、しまった! えと、えーと。ねこねこは獣の掟に複数人いるサブクランリーダーの一人で、その、何というか序列十三席の……」
「いや無理にフォローせんでええわ。……うちはねこねこ。獣の掟所属。以上や」
ねこねこはぶっきらぼうにそう言って話を打ち切った。
失敗に焦りまくっていた、獅子の顔をした王が着るような豪華な服装の男は、コホンと一息入れると、すました顔を取り繕ってユーリに向き直る。
「我はCCO。獣の掟のクランリーダー。すなわち序列一位にして、昨年のデュエルチャンピオンたるキングである」
威風堂々とした態度でCCOはユーリにそう宣言した。
だがユーリはその言葉に対して困惑の視線を向ける。
「序列一位? デュエルチャンピオン?」
「え? 知らないの!?」
そんなユーリの態度を見て、思わず王者の仮面が剥がれるCCO。
黄昏はそんな二人の様子を見て、フォローに回った。
「まあ、ユーリは今日始めたばかりの初心者だから知らなくても仕方ない」
「そ、そうなのか。うむ、なら知らなくても仕方ないな」
小声でよかったと呟きながら、ほっとするCCO尻目に、naruが飛びっ切りの笑顔を向けながら、ユーリに話しかけた。
「なら僕の方から説明しよう! 獣の掟は対人戦好きが集まって設立されたクランで、その名の通り、何よりも強さを大切にしている。
そんなクランだからこそ、常にクラン内で対人戦を行っていて、それを元にクラン内ランキング――序列を各メンバーに付けているんだ。
つまり、序列一位というのは、単純に言えばクラン内で一番強い人を指していて、獣の掟では序列一位の者がクランリーダーをやる決まりになっているんだよ」
生き生きとしたnaruの解説に、CCOはどや顔をした。
それにイラッときたのか、ねこねこが横から口を挟む。
「おかげで立候補、指名制のうちらサブクランリーダーが、雑務を負わされて、こうやって大変な思いをしてるわけやな」
「ちょ、そんな言い方しないでよ……。最近は割とクラン内の事務仕事も頑張ってるでしょ? 今回だってこうやって会合に来てるわけだし」
「せやな。頑張ってるなー」
「わぉ! なんて力のない棒読み!!」
わいわいとクラン内での争いを始めたCCO達に苦笑いをしながらnaruは説明を続ける。
「さて次はデュエルチャンピオンのことだね。
ブレイブカードでは年に一回、デュエルパレードと呼ばれる大規模イベントが、二日に渡って実施されるのだけど、その一日目の最後に、サーバ内でイベントに参加したものが全員参加するバトルロワイヤルが実施される。
このバトルロワイアルの上位10%がトッププレイヤーとして次回大会まで扱われ、その中でも優勝したプレイヤーはデュエルチャンピオンとして、サーバ内最強の称号を得ることが出来るんだよ」
naruの説明に、ユーリは驚いて聞き返す。
「つまりCCOがこのゲームで一番強いってこと!?」
「今は……ね」
それに対してnaruは含みのある言葉でそれを認める。
「?」
ユーリはnaruの含みのある言い方に疑問符を浮かべる。
それを見て黄昏がその理由を説明し始めた。
「カードゲームに絶対の強さなんてものはない。どんなカードだってそれの対策になるメタカードや相性の悪いカードはあるし、運次第では良いカードが引けなくて格下相手でもまけることもある。
つまり、CCOはあくまでその時のサーバ最強であって、常に最強ってわけじゃない。
それに今年の大会では、前回チャンピオンであるCCOの【王権】デッキ対策のためのメタカードが大流行するだろうから、今年のデュエルチャンピオンになるのは難しいだろうな」
「黄昏! それは僕の台詞だよ! 折角美味しい説明のチャンスだったのに!」
「もったいぶってるのが悪い。説明なんてものは早い者勝ちだ」
CCOとねこねこに続き、楽しそうに言い争いを始める黄昏とnaru。
それを見てユーリは、一人話題から取り残されて、おろおろとし始めた。
「全く相変わらずだな二人とも。
だが、ユーリがどうしたらいいのか分からなくなってるから、そろそろ本題に戻れ」
「おっと。すまん。脇道に逸れまくったな」
「確か僕とデュエルをするためにわざわざ来たんだよね」
あーさーからの忠告で冷静になった黄昏達は話を本筋へと戻した。
「そうだ。ユーリが初心者プレイヤーだから、自分で決闘をやる前に、誰かしらの決闘を見せた方が良いと思ってな。俺らだってカードゲームを始めた切っ掛けは、カードゲームアニメとか、友達が遊んでいるところ見たからだろ?」
「なるほどね。でも、それなら僕とやるんじゃない方が良いじゃないかな? 僕のデッキはメタメタのメタデッキ<相手のカードを事前に調べて対策カードを入れ、相手のカードを使わせないようにする戦い方を示すカード用語>だし、見ていて楽しいとは言いづらいものになるかもしれないよ?」
naruのその指摘に黄昏は苦い顔をする。
「まあ、そうかもしれないが。あーさーや久遠のデッキはカードを使う楽しさが分かりにくいだろうし、他の面子はこういうことに乗ってくるやつらじゃないし、消去法というか何というか……」
「何というか友達が少ないって悲しいよね」
「それなりにいるわ! ただこういうときに気兼ねなく会えるカード好きの友人が少ないだけだわ! 色々あって減ってしまっただけだわ!」
悲しいかな、大人になるにつれてカードゲーマーの人口は急激に減っていく。
仕事だ、恋愛だ、と他にやることがどんどんと増えていき、カードゲームに割ける時間が少なくなってしまうのだ。
そしてそうやって遊ぶ相手がいなくなってしまうことで、更にカードゲームを辞めて行ってしまう悪循環。
今でこそ、ブレイブカードが存在しているから何とかなったものの、これが無かったら世界のカードゲーマーは絶滅していたかも知れないと黄昏は本気で思っていた。
「というか俺の友達筆頭がそんなことを言わんでくれ。
……話を戻すぞ。メタデッキは確かに面白さが少なくなるかも知れないが、それでも多様なカードを使う点を考えれば及第点だ。
だからさっさと対戦を……」
「少し待て」
naruにさっさと決闘をするように促したところで、横から声が掛かる。
黄昏が視線を向けると、先程までねこねこと言い争っていたCCOがこちらにやってきていた。




