おもちゃ箱のような光景
ユーリは一度昼食を取りに現実に戻った後、再び黄昏と戦った場所へと戻ってきていた。
あの戦いの結果は勝利と言えば勝利だが、体調管理システムによる不戦勝のようなものなので、さすがにユーリとしても勝利と認めることは出来なかった。
そのため再戦の約束を信じて、一時間後に訪れる黄昏を待ち続けていた。
遅いな~と言わんばかりに木の上に座って足をぶらぶらと振っていると、何かが羽ばたく音が何処かからか聞こえてきた。
「悪い。ちょっと遅れた」
ユーリが音のする方向に目を向けると、機械が埋め込まれた大きな鷹に乗った黄昏が、ユーリに向かってそう語りかけてきた、
(ちゃんと戻ってきた)
ユーリは心の中でそう歓喜の声を上げた。
これまでのゲームでは、戦いの約束したとしても、それをすっぽかされることがよくあったのだ。
だからこそ、こうやってちゃんと約束を守ってまた自分と戦いに来てくれたことがユーリには少し嬉しかった。
黄昏が乗っていた鳥から地面に降りるのを見て、ユーリも軽やかに乗っていた木から飛び降りて地面に着地する。
そしてお互いに見合う形になったところで、ユーリの持つデュエルリングから音声が発せられた。
『他プレイヤーへの攻撃意思を検知。デュエルモード[対人戦][一対一][ノーマルデュエル]でマッチングを行います』
その音声と共にユーリは駆け出した。
剣を構え黄昏を斬りつけて――。
「マッチング拒否っと」
その剣は黄昏をすり抜けた。
「む!?」
ユーリはその事に驚き、確かめるように何度も黄昏を斬りつける。
だがその攻撃の全ては、まるで幽霊を攻撃しているかのように、黄昏をすり抜けていった。
「なんで!? 話が違う!!」
ユーリは、黄昏が何かをして自分との戦いを拒否したのだと気づき、失望感から声を張り上げた。
黄昏はそんなユーリを見ながら、変わらない様子でユーリに向かって言う。
「悪いなユーリ。ここでただ再戦するだけじゃ駄目だと気付いたんだ」
「そんなこと知らない!」
「まあ、そりゃそうだよな。こんなこと一方的に言われても困るよな。だけどこっちにもこっちの意図があるからこのまま押し通らせて貰う」
黄昏のその言葉を聞いてユーリは振っていた剣を止めて黄昏を睨み付ける。
「わざわざ待ってくれてたってことは、ユーリも俺ともう一度戦いたいんだろう? なら俺が出す条件を受け入れて欲しい」
「条件?」
「これから俺は友人に合いに行く、ユーリはそれに付き合って欲しい」
その言葉を聞いて、ユーリはむすっとしながらも返答する。
「むぅ。それに付き合ったら戦ってくれる?」
「ああ、俺は逃げも隠れもしない。それが終わったら、この場所に戻ってきて再戦しよう」
ユーリは黄昏の言葉を聞いて考える。
果たして本当にその約束を守るつもりがあるのかと。
(ここにはちゃんと戻ってきた)
その判断基準になるのは黄昏がこの場に戻ってきたと言う点だ。
本当にユーリとの戦いから逃げたいのなら、わざわざ戻ってきてそんなことを言わなくても、そのまま約束をすっぽかして、ここに戻ってこなければよかっただけなのだ。
だからこそユーリは黄昏の言葉を信じてもいいと考えた。
「わかった。付いていく」
「よっしゃ。話は纏まったな。じゃあ、早速行くとするか」
黄昏はそう言って喜ぶと、歩き出しもせずデュエルリングを弄り始めた。
ユーリは思わずそんな黄昏に向かって問いかけた。
「何してる?」
「【サイドチェンジ】と言って、非戦闘中のフィールド散策時は、手札の未使用のカードと【サイドデッキ】にあるカードを入れ替えることが出来るんだ。それを使って移動のための足を呼び出してる」
黄昏がそう言って操作を終えた直後、目の前に黄昏が乗ってきたものとは別の種類の人一人が乗れそうなほど大きな鳥が現れた。
「歩いて行くのも時間がかかるからな。こうやって色々ショートカットが出来るのも、このゲームの良いところだ。と言うわけで、それに乗って俺の後を付いてきてくれ」
黄昏はそう言うと、自分が乗ってきた方の鳥のユニットに飛び乗った。
そしてその鳥は大きく羽ばたき、空へと舞い上がっていく。
それを目にしたユーリは、自分も同じように、黄昏が出した鳥のユニットに飛び乗った。
☆☆☆
ブレイブカードの空を二匹の鳥が飛び去っていく。
ユーリはその移動のさなか眼下の光景に視線を向けた。
「なかなか他のゲームだと味わえない光景だろ?」
そんなユーリに気付いたのか、黄昏がユーリに向かって話しかけてきた。
「うん」
黄昏のその言葉に、ユーリは頷いた。
空を飛ぶことが出来るゲームは何度かやったことがある。
だけど地上の光景が何というか、こんなにもごちゃごちゃしているのは、ユーリにとって初めてのものだった。
「ブレイブカードは初期ログインの街こそ一つに決まっているが、そこから先は好きな場所に、自由にいけるようになっている。それこそユーリがいきなり俺のいる[樹海の決闘場]にこれたみたいにな。
だから段階的に環境が変わっていくような作りになっていない」
黄昏のその言葉を聞いて、ユーリは内心確かにと思った。
他のゲームでは初期ログインの街から次の街へと、エリアを少しずつ開放していくものが多かった気がするが、このゲームではそれを特に気にすることなくいきなり目的地にいけた。
黄昏の話し方から察するに、現在のバージョンで一番難易度が高いエリアにも、いきなり行くことが出来るのだろうとユーリは思う。そして場合によっては始まりの街の隣に、そんなエリアがあってもおかしくない世界なのだとも。
「そしてこの世界は、カードゲームを主体にしているために多種多様なエリアが一つの世界にごちゃ混ぜで設置されているんだ。カードゲームのカードってのはファンタジーみたいなのからSFみたいなのまで多種多様な種類があるからな。それを手に入れるための世界を構築していったら結果的にこの景色のような。色々なものがごちゃ混ぜになっている。おもちゃ箱のような世界が出来上がるってわけさ」
「ふ~ん」
「俺はこの光景が割と好きなんだよ。色々なものがお互いに存在感を発揮しあってそこに在り続けている。それを実感出来るようなこの光景が」
ユーリは黄昏の言葉を聞きながらその光景に視線を向ける。
ごちゃごちゃした景色は確かに目を引くが、心引かれるものはなかった。
「まるで色々なカードがあって成り立っている。カードゲームそのものを表しているようだろ?」
「よく分からない」
「……そうか、まあユーリもいつか俺の気持ちが分かるようになるさ」
黄昏はそれだけ言うと、再び視線を進行方向へと向けた。
それを目にしてユーリは思う。
自分もいつかこの光景を好ましく思う日が来るのだろうか。
(そうなれたらいいな)
ユーリは何となくそう思った。




