姉妹
わたしたちが村を興味本位で出ようとする。すると、それまで温厚だった村人達が一変して悍しい形相で追いかけてくる。
今は昔、小さかった日の出来事──。
けれども、今でも鮮明に当時を覚えている、恐怖は刻まれている。
だから、わたしたちはずっと一緒に、この村から出る事なく生涯を終えるのだと、そう思っていたのに。
いつからなのか分からない。でも、予想はつく。多分あの日、二人で一緒に村から出ようとしたあの日。 わたしは諦め、姉は諦めなかった。
ただ、それだけの違い。
姉とわたしの道はもう交わらない。
裏切った姉をわたしは許さない。
どうしてわたしを置いて行ったの。約束………したのに。
──怨念は、淀んで溜まって重なって
わたしが命をなくして、長い時が流れた。
滅んだ肉体とは別に、わたしの魂はいつまでも、いつまでも村に縛られ続けている。けれども誰も気付いてくれない。 あれだけ仲の良かった姉でさえも、過去を忘却したようだ。
裏切られ、置き去られ、忘れられ、悲しみ、憎しみ、恨んだわたしの思いは今もこの世、この村に残り、そして探している。
───最愛で最憎の姉を
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深い夜、街道に並び立つ街灯に無数の虫が群がり、バチバチと音を鳴らして死んでいく。
ありふれた死の光景は、生活の傍らにあって、しかし誰も気にも留めない。近すぎるが故に薄情となった死の形、それに目を向けるのはあまりにも奇異であろうか。では、今この瞬間に、深夜の裏通りで街灯をぼやっと眺めているこの女は奇異である。 見る人が見ればその光景は時間も相まってあまりに異質に映えるだろう。この時ばかりは女の優れた容姿と、切れかけの電球の明滅が祟り、一人の通行人が「お化けッ!?」と叫び逃げ去った。 それから暫くの静寂を経て、女は我に帰った。
「あれ、わたし……」
見慣れぬ景色、といった様子で暗がりの夜道を見渡す女、壬生姫千尋は、しかしその景色に一切の覚えがなかった。 分厚く堆積した枯れ葉の絨毯をしゃりしゃりと踏みながら、女は街灯の麓から退くと、胸ポケットから端末を取り出して現在地を把握する。端末には隣街の表示がされていた。 千尋は一際深い諦観の溜息を吐き出すと「またか」と、一人呟き誰かへと電話をかけた。
それから程なくして、黒のセダンが重低音を響かせながら千尋の待つ縁沿いに停まった。千尋は慣れた様子でその車の助手席に乗り込むと、小うるさい音楽に僅か表情を歪ませて口火を開く。
「ごめん、まただ」
男、櫻井智治はそのやんちゃそうな車とは裏腹に爽やかな笑みを浮かべて大丈夫だよ、と千尋に言うとハザードランプの明滅を止めて二人揃って帰路に着いた。しばらくして、千尋は喧騒鳴りやまぬ車内で、余程疲れていたのか唐突に眠りについた。
いつから千尋がこの症状に見舞われ始めたのか分からない。けれどもその原因には薄らと心当たりがあった。 今は昔、深く閉ざした過去の悔恨。
千尋は知らない。
今もあの村で、思いが残留している事を。
未練の残滓は吐き場を求めている事を。
今考えてる転生ものが行き詰まった合間に書いた現実逃避の産物です。 読んでいただきありがとうございます