表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の夢の話  作者: 夏川 流美
3/4

――3――*

 僕は、走っていた。目的地があるわけはなく、必死に息を切らして、肺を苦しめて、腹を痛めてでも足を止めず、僕は走っていた。否、僕は逃げていた。

 大声で怒鳴り散らしながら追いかけてくるソイツ。何を言ってるのかなんて聞き取る余裕はない。とにかく逃げなければいけないと分かっている。捕まったら一生の終わり。ソイツは、そこそこ有名な殺人鬼だった。

 連続殺人鬼としてニュースになっていた。僕は知っているのだ。数ヶ月前から、県内で殺人が多発していること。指名手配として顔写真が出回っていること。出身校や年齢など、事細かな個人情報が公に晒され、昔のクラスメイト等に取材がいったこと。


 だから、とにかく僕は逃げなくてはいけない。走って走って、足を止めてはならない。捕まったらきっと僕も殺されてしまう。そんなのは嫌だ。絶対に捕まりたくない。平凡な日常にこんな刺激なんかいらない。ようやく手に入れた日常を壊されたくなんてない。


「止まりなさい!」


 叫び声が、初めてはっきり聞こえた。でも、誰が止まってなんかやるもんか。殺人鬼なんかの言うことを素直に聞く馬鹿なんて、どこにいるというのか。ソイツは右手に鋭いナイフを持っていた。捕まったら、体中、穴だらけにされてしまう。

 公園を通り抜けて、学校の前を通過して、街中を駆け抜ける。どこまでも着いてくる殺人鬼。いい加減諦めたら良い。どうして、そんなに僕を殺そうと執着するんだ。殺せる人間なんて、そこら中に沢山いる。僕だけを執拗に狙う理由なんか無いのに。


 あぁでも、いい加減に疲れてきた。足も腹も肺も心臓も驚いている。急にこんなに走って、酷使して、体が気持ちに着いて来られてないのを実感している。こんな目に合うのなら、日頃からちゃんと運動しておけば良かった。毎日体力作りだとか、筋トレだとかしておけば、今こんなに苦しんでいなかっただろう。

 そもそも、僕が殺人鬼に狙われる理由が分からない。中の下くらいの顔に普通の体型、教室の隅でスマホ弄ってそうな暗めの雰囲気で、更に男だ。これのどこに狙われる理由がある?

 早く解放してほしい。狙いを変えてほしい。そこらへんにいる通行人でも、小学生でもいい。とにかく僕を逃がせてくれ。もう走りたくない。足を止めたい。

 一片の希望を持って後ろを振り向いた。相変わらずソイツはナイフを片手に、真っ直ぐに僕だけを見て追いかけてきていた。しかし最初よりも距離が圧倒的に縮まっている。捕まってしまうのも時間の問題だろう。どうにかして巻かなければ――


――ドン、と重い衝撃が全身に響いた。車のクラクションが遅れて響き渡る。ゆっくりとソイツの姿がぐらりと歪んだと思うと、目まぐるしく世界が回転した。頭と肩と腕と腰と足と、あちこちが強く打ち付けられた。最後は腕から鈍い音が聞こえて、動きが止まった。

 何が起こったのか、よく分からない。ゆらゆらと揺れている視界の中、目を凝らす。灰色の世界。


「大丈夫ですか!!」


 知らない人の声。肩が叩かれているのは分かるけど、反応する力は出てこない。殺人鬼に、捕まってしまう。動かなきゃ。動いて、逃げなきゃ。殺されてしまう。死んでしまう。

 青い服と青い帽子を身にまとった、如何にも警察官、な姿がぼんやりと目に映る。手には、何だろう。鎖のような物を持っているけど、よく見えない。視界に、どんどんと霧がかかっていく。息を吸っている筈なのに、息ができない。体のどこにも力は入らない。

 そういえば、今、殺人鬼はどこにいるかと、目だけを動かして探す。しかしその姿は見当たらない。目の前に転がっている銀の物は、確かに殺人鬼が持っていたものだった。つまり、殺人鬼は近くにいる。でも、もう逃げられない。諦めるしかない。


 心臓が脈を打つ速度に合わせて、赤い水溜りが自分から広がっていくのが確認できた。


 あぁ、そうだ。これは現実だったんだ。そしてきっと、殺人鬼に追いかけられたりなんかしていなかった。

 僕は静かに、閉じていく意識に身を任せた。




――あーあ。俺のおかげで、やっと望んだ日常を手に入れたくせに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ