第60話 剣鬼ダンジョン
「可憐! 少し早いよ! どうしたのさそんなに焦って!」
来栖君の指摘に私は少し冷静になる。そう、少しだけ!
なぜならお父さんから聞いたあの話が頭から離れないからだ。
「赤くなってるじゃないか? 流石に飛ばし過ぎだよ。少し休憩しよう」
休みの提案に同意を示す。流石にこれ以上飛ばしたら剣鬼ダンジョンの攻略に支障をきたす。
主に来栖君が追い付けなくなって離れ離れになってしまう。
来栖君を連れて帰るという責任がある以上、そんなことは出来ない。
顔が赤くなっているのはやはりお父さんから聞いた話のせいだ。
正直このダンジョンに出てくる子鬼型モンスターは相手にならない。
だが、あの話を思いだす度に全身が火照ってくるくるのだ……動いてるのもあるよね?
お父さんの話によると。
このダンジョンは剣が特徴のダンジョンとなっている。その証拠に子鬼達ですら剣を装備している。
もちろん中ボスなどもみんな剣が標準装備で、剣技を磨くにはとても良い環境となっている。
だからこそ東堂道場が発展したと言ってもいいらしく、一時は全国各地から剣豪が集う場所になっていたようだ。
そして、これは一部の者しかしらないもう一つのダンジョンの顔になる。
”子宝ダンジョン”。
剣鬼ダンジョンは剣が象徴として有名ではあるが、実はその剣の意味は別にあるのだ。
このダンジョンのボスの逸話になるのだが、ここのボスは昔大勢の子供たちを守るために死んだ人物のようだ。
どのような経歴でそうなったのかは未だ謎らしいのだが、実は東堂流開祖である人物がその救われた子供の一人だったようだ。
そしてダンジョン化したこの場所を守るかのようにそのボスは鎮座し、ボス部屋の奥には想いあう二人のみが入れる場所があるのだとか。
そして極めつけに……。
(最後に二人で愛し合わないとダンジョンから出られないなんて!)
具体的なことは言われなかったが、恐らくそういうことなのだろう。
お父さんとお母さんはこのダンジョン攻略をしたときに姉と私を身籠ったと言っていた。
つまり、子供が欲しければこのダンジョンを攻略してしまえばいいのだが……。
(私の目的は違う……来栖君を利用することになるかもしれないけど、それでも私は)
来栖君とは友達以上の関係になるとは思っていない。
そういった関係を踏まえてみても全く気持ちが靡かないのだ。
ただ、大人の情事を考えてしまうと、相手が誰であれ恥ずかしいのである。
それに、二人でこのダンジョンに入れたということは、お互いのことを悪くは思っていない証拠でもある。
好きにはならないが好感は持てる。そういった状態だと思う。
(ごめん来栖君……でも私はお姉ちゃんの隣に立ちたいの!)
最低な考えだと思う。
相手に選択肢がない状況になりやっと本当のことを伝える。
こんなやり方嫌われて当然だと思う。だからこの後にいくら責められようと全部受け入れようと思う。
だから今回は……。
(あれ? なんだろう、この気持ちは)
ズキンと胸が痛む。
何故私は傷ついてるのだろう?
心が痛い。
来栖君を騙しているから?
来栖君を好きじゃないから?
来栖君に嫌われるのが嫌だから?
この痛みが何かわからない。
でもわからなくていいのかもしれない。これから私は最低なことをするのだから、心を痛める資格なんてあるはずもない。
「行こう」
「え! 待って! まだ早いよ!」
恐らくボス部屋はもうすぐだ。
このダンジョンは手に入る武具などはない。なので、純粋な修行の場所としての機能しか持たない。
だからなのか、攻略スピードはとても早かった。
もう十五分ほど進むと大きな扉が見えてきた。
「可憐……あれって」
「ボス部屋」
弱腰になっている来栖君を励ましているのももどかしく感じ、ボスの待つ部屋の扉へ手をかける。
ボス部屋は密閉状態になっていたのか、扉が開くと中から冷気が漏れ出てきた。
部屋に入ると中央に台座のようなものがあり、そこに二体の鬼が鎮座していた。
赤鬼と青鬼だ。
これが一人ではこのダンジョンを攻略できない理由でもある。
ボスは生半可な実力ではない。二匹のボスなら二人の実力者が必要になるのだが……。
「可憐。本当に僕は戦わなくていいの?」
「うん」
来栖君には事前に戦わないでほしいとお願いしていた。
これはちゃんと情報を得て下した判断だ。
しっかりと作戦を羅栖墓から伝授されている……なぜ羅栖墓はこのダンジョンの攻略方法を知っているのだろうか?
(胸が痛い……羅栖墓がこのダンジョンを知っている。しかも攻略済みっていうことはそういうことなのかな?)
羅栖墓には婚約者がいる。それは花菱さんであることは周知の事実である。
だが、普段から二人と接している自分から言わせればまだあの二人は恋人同士ではない。
花菱さんから羅栖墓へのアプローチは度々見ているが、羅栖墓はそれをことごとく避けている。
それともそれは表面上で見えている部分なだけであって、裏では仲のいい恋人なのかもしれない。
そう思うと胸の痛みがさらに増した。
「始めるよ」
誤魔化すかのように私は、手に持った剣を正眼に構えた。




