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第52話

卓越した技術で整えられた日本庭園が、満月に照らされ煌々と輝いている。

雅というのだろうか、こういた日本の心的なものは不思議と精神が落ち着く……首筋に刀が当たってなければな!


絶賛死の間際で生きているラスボスです。


東堂姉妹の感動の再開イベントから何故か自宅の庭で命の危機を迎えることになったわけだが……全くもって意味が分からない!


東堂燐音は結局何も教えてはくれなかった。

どうしてここにいるのか、何故東堂家を出て行ったのか。可憐にすら話すことはないと突き返してしまったのだ。


それなのに俺のお気に入りの庭で、何故刀を押し付けている! あ、ちょっと血が出てきたぞ! ラスボスの防御をサクッと貫通してくる辺り、流石アンチシステムといったところか。


「小鳥は言った。お前ならばどうにかしてくれるはずだと」


小鳥先輩は事情を俺たちに話すように促していた。

こちらとしては最強の存在が抱えている事情に巻き込まれてもどうにもできない自信しかないが、何故か期待されているようだった。


「以前にも小鳥は我王ならと私に言った。私は小鳥を信頼しているが、貴様に私の何がわかる!」


いえ、わかりませんけども! いきなりそんなこと言われてもあなたの事情など知りませんし、小鳥先輩が俺に何を期待しているのかさっぱりです……といったら首と胴体がお別れ会を開催するので、できるだけ自分の想いを、オブラートに包んでそっと添えてみる。


「何がわかる……という問いに答えるなら東堂可憐の姉である。ということぐらいですよ。今日まで俺はあなたのことを知らなかったし、東堂から聞いたこともなかったですよ」


東堂燐音が落胆したのがわかる。

これで首が飛ぶのかと緊張したが、意外にも刀が首筋から離された。


「そうか……ならば用はない」


勝手に来て勝手に落胆して勝手に帰ろうとしてるんですけどこの人!

俺に何か期待するから来たんじゃないのかよ! ならせめて事情を話せよ! みんなの前で言えないからこうやって自宅を襲撃してるんじゃないんですか?


「待てよ!」


面倒な女だと思いながらも声をかける。

俺の制止の言葉に燐音の頬がピクリと反応した。


「今夜は月が綺麗だ。このまま帰るなんて寂しいことはなしだぜ!」


俺は金平刀を正眼に構え東堂燐音と向き合う。

言葉ではダメだと思った。このままでは何も変わらず、東堂可憐と東堂燐音の離れ離れだった五年間は何も埋まらないだろう。


ここだ。ここなのだ。東堂燐音がわずかでも他人へ縋ろうと、期待しようとしているこの瞬間を逃しては次はない。俺の直観がそう訴えかけてくる。


「ふっ。真剣で私と斬り結ぶというのか。お前の覚悟は本物だと思うが、いいのか? 死ぬぞ? 他人の事情に首を突っ込むためにお前は命を差し出すというのか?」


アンチシステムに喧嘩を売って生きていられるわけもない。そんなことは重々承知している。

だが、このままでいいわけがなかった。俺の中に少しでも可能性を見出してくれた人がいるのなら、困っている仲間がいるのなら……何より全てに負ける気なんてないからな。


「ラスボスの運命を背負った者の意地ってやつを見せてやるよ!」


俺の言葉に燐音の雰囲気が変わる。彼女は抜刀していた刀を鞘へ戻すと、腰の位置へと構えた。


「ラスボスか。お前のそれは何か理解できなかったが、いいだろう。お前の背負っているものと私の背負っているもの、どちらがより重いのか比べるのも悪くない!」


(まじかよ! 今まで対峙したどんな奴よりも強いぞ!)


向かいあっただけでわかる。

圧倒的な力が、そしてこの世界に転生してきて初めての命の危機が。

空気が張り詰めて今にも破裂してしまいそうだ。


最初から全力全開で行かせてもらう。

東堂と京華との特訓で剣術も少しは分かるようになってきた。東堂燐音のあの構えは可憐の得意とする”居合”だ。


東堂家とはそういった教育を受けているのかもしれない。

だが燐音の構えに俺は動けないでいた。


「凄い気迫だが……それはただの飾りか? 己の中の畏れに負けていては私に挑む資格などないぞ? ふふっ。なんだその状態は、こんな奴初めて見たぞ」


鬼を纏い、いつでもいける臨戦態勢を作ってはいるが足が動かない。


ヤバイヤバイヤバイ!

このまま燐音に先手を譲ったら負けてしまう!

あれは一撃必殺の必中技だ。後手に回るイコール死を意味する。


主人公の来栖ではなくアンチシステムに殺されるなんてカッコ悪い真似はできない……そうだな、カッコ悪いのは嫌だ。

それも東堂燐音という美人の前でそんな姿を見せ続けるのは、エロゲーマーの名が泣いてしまう。


大きく息を吸い俺も東堂と同じ体勢を取る。


「お前……私を馬鹿にしてるのか? 居合いは付け焼き刃でできるものではないぞ? それに、私の居合は東堂流開祖と同じレベルにある。素直に自分の全力をぶつけてこい!」


勝つための全力。

そいう意味では俺は居合の形を取った。

そう、俺は東堂燐音に勝つ! ゲームの力で勝てないように作られている? アンチシステムだから勝てない?


それは違う。


「心配してくれて感謝する。だが、大丈夫だ!」


俺の言葉と視線を受け取った東堂燐音はそれ以上の言葉は無意味と悟ったようだ。


今度こそ互いに斬り結ぶために向かい合った二人の間に静寂が訪れる。


パキリと枝の折れる音が日本庭園に鳴り響いた。

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