夢のドリームマッチ
「すーすー」
黒豚が気持ちよさそうに寝息を立てている。窓の外は真っ暗。
こんな時間に起きているのは俺か吸血鬼くらいだろう。
ダルにしてしまった事が頭の中でぐるぐるして眠れない。
もう謝りにいこう。許してもらえるか分からないが謝り倒そう。
俺は決意すると黒豚をゆさゆさした。
「まだ眠いです」
「起きろ共犯者」
すぐ隣のダルの部屋、その扉の前に立つ。よく考えたら俺からダルに訪ねるのって初めてだ。
寝てたらどうしよう、戸を叩いて起したら悪いよな。
とりあえずノブをまわす。
がちゃり。
「お、開いた」
「犯罪的ですね」
余計な言葉は聞き流す。俺はこれから謝りにいくのだ。目的はそれだけだ。
俺の部屋と同じ作りのようで、やっぱり木のいい匂いがする。他に特に匂いはない。
「匂いを嗅ぎにきたんですか?」
ダルさーん、と小声で呼んでみるが返事はない。
寝てるのかと思いベッドに目を向けると、大量の牛人形が置いてあった。カジノで当ててたやつだ。
ふと、ベッドの下から声が聞こえた。
「ぐー。ぐー。」
心臓が早鐘を打つ。ダルの声だ。多分寝てる。
ベッドの下をこっそり覗いてみると棺が横たわっていた。黒塗りの木材の上から白い牛の絵がところどころに描かれており、全体的に白黒半々といった感じの配色である。遠くから見ればまんま牛みたいな模様で中々凝ったデザインだなと思った。
「ちょ、ちょっとだけ…」
ずりずりずり、と棺をゆっくり引っ張り出す。結構軽い。
「……」
黒豚の視線は気にならない。なぜなら俺は謝りにきたのだから。
棺に意識を戻す。
「ぐー。」
熟睡しているみたいだ。蓋をそっとずらして中を覗いてみる。
真っ暗でよく見えない。もうちょっとずらす。
「んん?」
どうにもおかしい。真っ暗だ。半分以上蓋を開けたのに棺の中は闇が広がるばかりである。
首を捻って考えていると、闇の奥から青白い手が何本も伸びてきた。
「ぬわあああ! 助けてムラ様!」
「ぶくぶくぶく」
俺より先に引きずり込まれていく黒豚。なんで無抵抗なの?
手がどんどん増えていき、俺は抵抗虚しく闇の中に飲まれていった。
闇の中は暖かかった。
誰かが何度も謝っていた気がする。
…
……
………
気が付くと知らない場所に立っていた。
「どこだここ」
「棺の中ですね」
「こんな広いはずないだろ…」
周りを見渡すと、ところどころにクリーム色の卵型の建物がある。格子状に線が入っている独特のデザインだ。
建物の一つに近づくと、薄っすら茶色の焦げ目とキラキラ光るつぶつぶが見えた。
「黒豚殿、ちょっと舐めてみて」
「わかりました」
ふごふごと鼻を鳴らしながら丸い建物を舐める黒豚殿。ちょっとかわいいかも。
「あまあま。メロンパンですね」
かりかりと齧り始める黒豚殿。むむむ、ちょっと俺もかじってみよう。
「かりかりかり」
おお、見事にメロンパンだ。甘くてさくさく。
しばらく齧り続けていると苦しそうな声が聞こえた。
「うう。やだー……。」
「ダル!」
声の方向へ急ぎ走る。胸の奥がざわめきだす。
少し走ると、コロッセオのアリーナが見えてきた。
ちょうど中央のあたりで黒い影に襲われているダルがいる。
「ダル! 今行くからな!」
「やだ……ごめん…ごめん…」
襲われながらひたすら謝っている。あの影がダルを苦しませている。
急いで近づき、剣を構えると影は消えてしまった。
ダルの元まで駆け寄る。
「トール…ごめん…ごめん…斬らないで」
小さくうずくまりながら震えている。
俺だったか。ダルを苦しませていたのは。
「ダル、大丈夫。もう試合は終わったよ、俺がダルを傷つけることはないよ」
「あれ…?トール? あ…あ…」
こちらに気付き顔を上げる。
「私、いっぱい斬ってとか、全然、平気じゃなくなってた、ううう、」
目に涙を溜めながら精一杯伝えようとしている。
「怖かった、怖くなってた、トールに斬られるのが、」
「じゃあ俺と同じ気持ちだよ、おあいこだ」
堰を切ったようにダルの目からポロポロと涙が零れ落ちていく。
まずい、俺も泣きそう。
急いでダルを抱きしめる。
「ううううううううう!!!」
ああ。
この子は、声を押し殺して泣くんだな。
胸に集まる温かみを感じながら俺は目を閉じた。
ゴゴゴゴ。
何か遠くから轟音がする。
え?なに?
「お二人ともすみません。緊急です」
「今いいところなんだけど…」
「後ろを見てください」
大きな白い山がこちらに近づいてきていた。
「うーん。山?」
「よく見てください」
大きなくりくりした目に尖った耳。真っ白な毛を光らせながら興味津々にこちらへ歩いてくる巨大チワワ。
「わんわん!!」
見間違えるはずが無かった。
「ジルわんです」
「あー!!!!!!!!!」
「ぬわーーーー」
俺たちは全速力で走った。
後ろの方ではコロッセオがおもちゃみたいに破壊されていく。
「とりあえずさっきのメロンパンに隠れるぞ!」
かりかりかり。
さくさくさく。
もぐもぐもぐ。
三人一丸となり、メロンパンを齧り空洞を広げていく。
なんとか3人分の場所が確保できたところで体を隠す。
チワワの声が遠ざかっていった。
「デカすぎるだろ…」
「あわわわわわ」
「ダルの恐怖の象徴なんでしょう」
今更だが、ここはダルの夢の世界なんだろうと思う。
となるとメロンパンや影や巨大チワワはダルの心象風景の存在というわけだ。
「こんなに犬が怖かったのか。大会のあれ、本当にごめんな」
あの犬がやけくそにでかくて怖いってのは多分、そういう事なんだろう。
「実は気付いてたよ。偽物って。」
やっぱりか、さすがにお粗末すぎたもんな。
「でも、もう戦いたくなかった。トールと戦うのは…怖くて…」
また泣き出しそうになったので抱きしめる。
ダルはまだかなり不安定みたいだ。
「う…うう」
ダルが胸の中でもぞもぞしている。なんだかぽかぽかしてくる。くすぐったい。
「ういやつ」
頭を撫でる。さらさらの髪の毛が手に擦れて気持ちいい。
やっぱりダルの頭は撫でるものなのだ。
むくむく。
なんだか身体が熱い。いやまさか、そんな下心なんて一切ないはず。
むくむくむく。
「トール。おっきくなってる…。」
え?嘘でしょ?俺の身体女の子だよ?
むくむくむくむく。
「主。そろそろ決壊しそうです」
お前まで下ネタを!?
むくむくむくむくむくむくむくバリバリバリバリ。
気づくとダルとムラが小さく…いや、やめた。
俺がめちゃくちゃデカくなっていた。
眼下には真っ二つに割れたメロンパンがある。皮肉にもちょうどいいサイズに見える。
「わんわん!」
俺に気付いたジルわんが走ってくる。
「トール!ジルわんやっつけてー!」
「よしきた!」
俺はジルわんを迎え撃つべく三段に構える。お相撲さんのやるあのポーズだ。
ジルわんが飛びかかってくる。正直まだクソデカイ。チワワというよりゴールデンレトリバーサイズだ。だがお姫様が見ている。負けるわけにはいかない。
「ふんぬおおおおおお」
ジルわんの腰に手を回し受け止める。
びくりともしない、逆に俺がずるずると押し切られているのが分かる。体格差が大きすぎる。
「主、ここは心象世界です。ダルの影響を強く受けますよ」
「ぐおおおおお、こんな時に何を……はっ!」
ジルわんがデカイのはダルが強く恐怖しているから。
そして俺がデカくなったのはダルを撫でまくった時だ。だがこの状態じゃ撫でる事なんてできない。
他にデカくなる方法は…。
「恐怖に打ち勝つにはそれしかありません」
こいつこういうキャラだっけ?なんか嬉しそうなんだけど。
くそっでもやるしかない…。
やってやる。
いや、言ってやるぞダル。
受け止めてくれ俺の人生最初で最後の告白を!
「ダルー! 俺と結婚してくれえええええ!!」
「ぶほッッ」
「へっ。」
むくむく。
よしきた、もっと…もっとだ!
「ダル! 好きだ! 愛してる! もうロリコンでもいい! 一生俺と一緒にいてくれ!」
「ぼんっ。」
むくむくむくむくむくむくぼんっ。
「うおお! ジルわん覚悟ォ!」
ジルわんに回した手をぐいっと引き密着する。
そのまま俺は後ろに跳躍。
体を半回転させ、ジルわんとともに頭から地上に落下した。
どこからともなく拍手喝采の音が聞こえる。
俺は忍法ジャーマンスープレックス的な体勢のまま意識を手放した。




