真剣勝負
三人で雲の上を歩き、会場へ向かう。
「このもこもこした足場は全然慣れないな。つーかどれくらいの高さなんだろうここ」
「とりあえず落ちたら死にますね」
「私は大丈夫ー。」
まじかよ。本当にこの子倒せるの?
というか今朝から胸の奥がざわざわする。これから戦う3人だというのに仲良く歩いてるからだろうか。
「トール。手加減なしだぞー。」
「分かってる、俺は昨日また更に強くなったのだ」
「もっと僕に頼ってくれてもいいんですよ」
確かに調子の狂う会話だとは思う。まあでも出せる力は出しきろう。
コロッセオに到着し、ダルと別れて控室に入る。
「それで対策は立てられたんですか?」
「あー。それはまぁ、最後の手段だから考えなくていいよ」
「歯切れが悪いですね」
ポケットの中の小瓶を撫でる。うまくいくか分からない上に、多くの人が失望する方法だ。出来るだけ避けたい。
「牛の門、Aブロック代表のレベル2トオル選手!」
全身に魔力が漲っているのが分かる。新しい魔法はまだ試し撃ちすらしていないが、うまく使いこなせると思う。
ダルは多才だし、まだまだ俺の知らない魔法を覚えているだろう。逆にこちらの手札は殆ど無いと言ってもいい。それを補うにはタイミングや応用力が鍵になるはず。
「Pちゃんの門、Bブロック代表の不死王ダルフ選手!」
門の入り口から現れたダルの周りには、黒い陽炎のようなものがいくつも揺らめいている。
よく見える位置まで歩いてきたダルは、顎を少し引き上目遣いでこちらを見ながら薄く笑みを浮かべていた。
「この世界には魔王が二人いるの?」
「いえ。同時に存在できるのは一人だけです」
とても真面目な魔剣ムラ様。俺は軽口で恐怖心を抑えることに失敗した。
蛇に睨まれた蛙ってこういう事を言うんだろうか、今のダルを見てると心臓を鷲掴みにされているような感じになる。
でも普段全く表情筋を動かさないダルがこういう表情するのはちょっとドキッとするというか。
「それでは、はじめッ!」
見つめ合ってる間に開始の合図が終わっていた。とりあえず様子見の試し撃ちをさせてもらおう。
「*火の…」
からんからん。
何か丸いものが上から降ってきた。
「聖なる手榴弾ですね。ちょうど3秒で爆発します」
何度も見てきたダルの強力な魔法だ。今回避行動を取ればそのまま押し切られてしまう。ならば。
「うおおおお! 返すぜダルー!」
素早く掴んで投げ返してやった。手榴弾の熱が手に残っている。ほんと失敗したら死ぬよねこれ。
閃光。視界が一瞬真っ白に染まる。
視界が戻ると、先程と変わらない様子のダルが同じ場所に立っていた。
そしてゆっくりと俺の頭上に指を指す。
「なんだ? 上を見ろってか?」
巨大な魔法陣が宙に浮いていた。
その中心からたくさんの丸いものが。
からんからんからんからんからんからん。
「ぬわーーー豚手伝え! 獣化! 」
「がんばります」
降ってくる手榴弾を空中でキャッチしそのままダルの方へ投げ、こぼれた手榴弾は豚に任せる。
「おらおらおらおらぽいぽいぽいぽい」
「あ。すみません間に合わないです」
「くそがあああ逃げるぞ!」
上空の魔法陣から大きく外れるように走る。背後から追いかけてくる爆風に背中を少し焼かれる。ほんとに手加減なしだこれ。
間髪入れずに迫ってくる火の玉。
やっぱり逃げれば逃げるほど不利になる。立ち向かわなければ。
「ええい! 一か八かだ! *火の玉* 」
全身の魔力が待ってましたと言わんばかりに脈動し、左手に力強い熱気が宿る。さらに集中を重ねていく。
あっという間にめちゃくちゃデカイ火の玉が完成していた。ダルの3倍くらいはあるだろうか。
投げつけた火の玉がダルの火の玉をあっさりと飲み込む。そのままダルを襲うが、横に転がりすんでのところで回避していた。
「なんかでかくなかった…?」
「避けてましたね」
あのダルが避けるって相当な事なんじゃないだろうか。ダルの攻撃の手は完全に止まっていた。
よし、これならいける。
脳内シミュレーションが完了した。
すぐさま剣モードに戻し、召喚魔法を詠唱する。
「 *サモン フライシュ* 」
呼び出したマンガ肉をダルの頭上高くへ放り投げる。
一瞬でも気を引ければと思ったが、予想以上に効果が高かったようで、ダルはマンガ肉に手を伸ばしている。
即座に火の玉を撃ち、疾走する。
やはり受け切れないのか、転がるように回避をするダル。
火の玉と共にダルの目前まで迫っていた俺は、剣を振り上げて、
それから、
時間が止まった。
あれ?
俺、今何しようとした?
剣を振り上げたら…
振り下ろすもんだよな。
誰に?
ダルだ。今戦ってるんだもの。手加減無しの真剣勝負だ。
ダルのどこに振り下ろすの?
頭?
撫で心地が良かった。たくさん撫でると顔を真っ赤にして可愛かったな。
肩?
表情の乏しい顔の代わりにたくさん動いてたな。
小さいながらもそこには感情が詰まってた。
うん、もうわかった。いい加減認めよう。
俺はダルを傷つける事ができない。
再び時間が動き出す。
何故かダルはひどく怯えているように見えた。
巨大な氷の壁がダルを押し上げるように地面から伸び、そのまま壁の向こう側に飛び降りてしまった。
俺とダルの間に出来た氷の壁は分厚く、容易に破れそうにはない。




