小さな不死王
「ネッサー。本返してー。」
とてとて、と金髪ロリが両手を広げて駆け寄ってくる。
眠たそうな目に加えて、髪の毛はところどころはねており、本当に寝起きっぽい印象を受ける。
服装は何故か男装で、黒のタキシードに白のシャツ、裏地が赤い黒のマント。ワンポイントに赤の蝶ネクタイと、まあ有り体に言えば吸血鬼な出で立ちである。
少女の相手なんてしたことの無かった俺はフリーズしていた。
反応が薄かったのが悔しかったのか、少女はそのまま俺に飛びかかるように、ぽふっと抱き付いてきた。
「とーう。」
「うおっ!?」
バランスを崩すかと思ったがすごく軽い。
そして冷たい。
なんだこの冷たさ?
身体の体温をすべて奪うかのように少女はどんどん冷たくなっていく。このままではまずい。
急いで少女を下ろし、すぐに距離を取る。尋常じゃない。
「ごめんごめん、EドレインONのままだったー…。ん…?」
冗談みたいな単語が聞こえた。だが先程の体験が全身に強く警鐘を打ち鳴らしている。
本当に吸血鬼なのか?夢にしてはリアルすぎる冷たさだった。命の危険を感じるほど。
部屋の温度が一気に下がる。
「何者?ネッサはどこだ。」
一変していた。
声色から佇まいまで別人と入れ替わっている。強大な存在。捕食者。本能的に俺が狩られる側だと察してしまう。
半開きだった目は大きく見開かれ、黄金色の眼光を放ちながら近づいてくる吸血鬼。
キッチンまで追い詰められる。
俺は咄嗟にハンドミキサーを手に取り、吸血鬼に向け回転させる。
「お、俺は藤木透だ! ネッサなんて知らない! これ以上近づくな! あぶないぞ!」
一瞬の静寂。射抜くような視線から目が離せない。
「トール…トール…。ネッサが言ってた人かな?ごめんねー。」
そして唐突に緊張は解かれ、寝坊助少女に戻っていた。
どういう事なのか。理解が追い付かず幽体離脱を起こしそうになる俺。ハンドミキサーのモーター音だけが部屋中に響いて滑稽極まりない。
「ごめんね…ところでネッサの書き置きみたいなの、どこかに無かったー?」
放心していた俺を待っていたのか、しばらくしてから話しかけてきた。
「あ、寝室のドアに貼ってあったやつかな…?あれ読んでも全然意味わかんなかったけど」
一緒に巨大メモ紙の前まで移動する。
「えぇーなにこれー。」
声に抑揚がないが、なんとなく面白そうにしているようだ。
「なんか電話してるっぽいイラストなのは分かるんだけど、この生き物?が謎すぎて」
「あーそれあんまり関係ないかもー。ネッサは何かあるとすぐPちゃん描くからー。」
関係無い絵を書き置きに混ぜないでほしい。
「このポーズ取りながら、もしもしってやって、だってさー。」
「はあ」
また凄まれたら漏らしちゃう自信があるので言う通りにする。
左手をパーにして、親指と小指以外を閉じる。そして耳に押し当てて…
「も、もしもし」
うわなんか恥ずかしいぞ。
右手につけている籠手がぼんやりと発光をはじめる。
そして突然喋り始めた。
「お!!もしもーし!!!繋がった!?やったー!!!」
やたらテンションが高い女の子の声だ。っていうか今の俺の声だ。
どゆこと?
「ネッサー。本返してー。」
「あれ?ダル?もう来てたんだ、トオルをよろしくね!」
「あ、あの」
どうやら電話の機能を果たしてるっぽい。色々質問しなければ。
「あ、待って! 簡潔なやつ用意してあるから! 言うね!」
「トオルと私は精神を交換しました! そっちの世界でしばらくお過ごし下さい! あ、エッチなことはしないでね!」