もーもーうっふん第二回戦
「姉ちゃん結局、勇者をやっつけちまうなんてなぁ! ぐわっははは」
「でしょー! 俺の剣技でサクッサクッサクーッですよーわはは! あ、お肉はいらないです」
二日前と同じように、観戦席でバイキングおじさんとご飯を食べる。俺はサンドウィッチ。おじさんは肉の缶詰。今日の試合は二日前の半分、つまり2試合だけなので午後からの開始となっている。
「おっ! 始まるみたいだな」
陽気な音楽が終わり、会場に静寂が染み込む。
「牛の門、魔法爺ディンク選手……?」
何故か疑問系で紹介してしまう進行のお姉さん。答えはすぐに分かった。
「なんと、牛です! ディンク選手完全に牛になっております! これは右手の呪いが進行したと見ていいでしょう」
ふさふさの口髭を蓄え年季の入った牛が闘技場の中央へ歩みを進める。
「呪い、怖すぎませんかね…」
「いや、爺さん牛になっちまったが、あの目はまだまだヤル気だぜ!」
でも確か次の相手って…。
「Pちゃんの門、謎の暗黒忍者ホーク選手!」
全身黒装束の忍者。恐怖の権化。デコピンだけで1回戦を終わらせた化物。一体何者なんだ。
牛お爺ちゃんの前まで歩く。いくつか言葉を交わすと両手を組み、ふははははは! と笑ってるように見えた。
「それでは、はじめッ!」
開始の合図、にも関わらず動かない両者。
ホークは腕を組みながら何かを思案しているようだ。
牛お爺ちゃんは草を食べるような動作をしている。ここ砂しかないけど。
バツが悪そうにホークが牛爺に近づいていく。多分、突進してきた相手をエレガントに倒したかった感じなんだろう。そんなやつだと思うよこの忍者。
「完全に無抵抗なディンク選手! 砂をペロペロしています! 試合してくださーい!」
手持ち無沙汰になったホークが手を伸ばし牛爺を撫ではじめる。
一瞬、牛爺の目が光ったかと思うと、ホークの腹部に頭突きを見舞った。
「あーっと! これはとんだタヌキジジイです! 牛なのにタヌキ!」
ホークが身体をくの字に曲げたまま空中高く打ち上げられ、そのまま元居た場所に体を打ちつける。
その場でもんどり打ちながら懐から何かを出した。
「白旗です! ホーク選手の降参! ディンク選手の勝利です!」
みぞおちいったなー、あれはきつそうだ。でもまだ戦えそうな気がするけど、泥臭い試合はやりたくないんだろうな、魔王。
「あのディンクってやつ、至近距離からパワーを乗せやすい四足である事を活かしつつ、頭突きの瞬間に強化魔法かけてやがったぜ」
牛のままでも魔法使えるのかよ。厄介な相手になりそうだ。
だがまずは目前のネコヒメを何とかしなければ。
「いってこい姉ちゃん! 魅了には気をつけろよ!」
俺は会釈をすると控室へ向かった。
魅了…か。
確か俺、昨日は風呂でのぼせてダルに介抱されて…。
ダメだ弱気になるな、結局は気の持ちようなのだ。色香に惑わされない強靭な精神力で立ち向かうのだ。
「牛の門、レベル2トオル選手!」
深く呼吸をし、ネコヒメの登場を待つ。
声援がすごい。昨日勇者側にいた人が全部こっちにきてるんだろうか。
「Pちゃんの門、性転師ネコヒメ選手!」
いかにもサキュバス、といった出で立ちのグラマラスな女性が現れる。
ウェーブのかかったピンク色の頭髪は腰まで伸び、着ている服の布地の面積が極端に少なく、男にとって理想的な肉体が強調されている。ショッキングピンクに輝く瞳は見ていると吸い込まれそうだ。
「お手柔らかにね」
直接、羽毛で耳を撫でられたかのような声が心を乱してくる。まだ試合始まってないのにやばい。
「それでは、はじめッ!」
剣を構え心を落ち着かせようとする。一心不乱。明鏡止水。風林火山。知っている限りのクールっぽい言葉を思い浮かべていく。
「うっふ~ん! じゃあさっそく始めちゃうね」
突如、真っ赤なカーテンが降りてネコヒメの周囲を覆った。
カーテン越しに、豊満な肉体のラインを意識させるシルエットが浮かび上がっている。
「うっふーん!変身だよぉ」
くねくねと艶かしく揺れるシルエット。服を脱ぎ捨て、大きなバストがワンテンポ遅れて揺れる。
こちらからではカーテン越しの影しか見えないのだが、昨日体験してしまったお姉さん達の桃源郷のせいで、カーテン内で何が起こっているのか、完璧に補完されてしまう。特訓はむしろ逆効果でした。
視界にピンク色の靄がかかり、鼻の奥からつんとした、鉄の匂いがしてくる。
こ、これが魅了か…。
もうなんでもいい、もっと先を見たい。
美女のストリップ、ばんざい。
その時、右手から直接頭の中に声が流れ込んできた。
*力が……いか*
魔剣が俺に囁く。
今、右手を振り上げればこのピンク色の靄は晴れるだろう。
でも力、いらない。今いいところ。
*……*
108の煩悩が魔剣の誘惑に打ち勝った。
目の前に集中する。
カーテンが開かれる!
「あーハァン!! どうだいキミぃ…僕とお茶しなァい?」
突如開かれたカーテンの中からは、豊満な美女の代わりに甘いマスクの細マッチョなイケメンが出てきた。白い歯が眩しい。
「フゥーーーーーッ!!」
ノリノリで手を腰に当ててへこへこするイケメン。
え?美女どこいったの?ストリップは?
「キャー! イケメンステキー!」
投げキッスを連発するイケメン。
会場から女性の黄色い歓声が止まない。
騙されたのか。
男の純情を踏み躙りやがって!
「ハハッかわいいねハニー。今そこに行くよ」
イケメンがゆっくりとこちらへ近づいてくる。くねくねしながら。
「ぐ、ぐおおお……」
クソッ俺が男だとも知らずに…!
俺は怒りのボルテージが振り切れないよう何とか抑え込む。まだだ。もっと引きつけてから、かましてやる…!
「大丈夫かい?ハニー」
ポンっとイケメンが俺の肩に手を置いた瞬間、俺の怒りは弾けた。
「うわああああ触るなぁああああ!!!!」
俺の左足の踵部分がイケメンの鳩尾に食い込む。美女ストリップショーのお預けを食らった怒りのケンカキックである。
「オラァ!! 死ねー!! 」
地に伏したイケメンにげしげしと連続で蹴りを放つ。
夢中で蹴っているとドクターストップがかかり試合終了となった。
「勝者、レベル2トオル選手!」
背中に哀愁を漂わせ会場から離れる俺。
勝ちを掴めども我が胸中未だ晴れず。
この後めちゃくちゃ素振りした。




