俺vs勇者
呑気な音楽が終わり、静寂が訪れる。
それから一呼吸置き、喧騒が戻ってきた。
控え室において、会場の音は遠く、心臓の鼓動がやたら大きく感じた。
「牛の門、勇者カズヤ選手!」
ものすごい歓声。心臓が飛び出そう。さっきまでの試合でも、ここまでの盛り上がりは見せなかったと思う。
「Pちゃんの門、レベル2トオル選手!」
深呼吸して呪いの剣を担ぎ、門をくぐる。
射す光が眩しい。
歓声が爆音のように聞こえる。
「オラァ! 勇者にビビんじゃねーぞ!」
おじさんの声が聞こえた気がした。
真っ直ぐ歩き、勇者と対面する。
白を基調としたコートの下には鎖帷子のような物をつけているように見える。頭髪も白に近いグレーで、陽光を照り返し仄かに輝いている。右手に構えた剣は対照的に黒光りしているが、それでも聖なる気配を宿しているように思える。
「悪いが一瞬で決めさせてもらう。ネームドの沸き時間が近いのでな」
何か言い返してやらないと…でもプレッシャーが半端無いぞ。
「ふ、ふん。あんたなんかに負けないんだからね!」
よし言い返してやった! ちょっとびっくりしてるじゃんわはは!
「それでは、はじめッ」
勇者の姿が消える。元いた場所には砂埃が舞っているだけ。
咄嗟に剣を横向きに倒し上段に構え、空いた腕を押し当て、支える。
刹那、強烈な衝撃が両手に伝わり、眼の前に勇者が現れていた。
「ほう、視えたのか」
勇者が顔色を変える。驚きでもなく、恐怖でもない。笑っていた。
そして、視えるわけがなかった。地を蹴る瞬間さえ分からなかった。単純に一番打たれたらまずい所を守っただけだ。
「どこまで守りきれる?レベル2よ!」
黒光りの剣が閃く。右から左、左から右、真上からの振り下ろし。さきほどの速さは無いので何とか反応出来る。
だが受けるたびに重みが増していく、もはやバーベルで殴られているのではないかと錯覚するほど、俺の手は限界寸前まで追い詰められた。
そしてそれは錯覚ではなかったらしい。
「これが暴食の剣だ。打ち合えば打ち合うほど重くなるぞ」
愚直なまでの剣筋はこの為だったのか。狙っていたのは俺ではなくこの剣、何度も打ち込みそれで力を溜めて最後に一太刀浴びせて終わり。合理的だと思った。
考えているうちに俺の剣は強烈な力で弾かれ、はるか遠くに転がってしまった。
絶体絶命。勇者は既に剣を頭上に掲げ、超重量の剣を俺に叩きつけようとしている。
避けよう、と考えるより早く、黒光りする隕石が俺の眼前へと迫り──
それを右手の剣で受け流した。
「魔剣…か?」
勇者の顔から笑みが消えていた。
いつの間にか握られていた俺の剣が囁きはじめる。
今に始まったことじゃない。風呂場でゴブリンを殺した時の感覚だ。
アレが、剣の声となって俺に囁いている。
*力が……いか*
剣が禍々しいオーラを放つ。
*力が…欲し* ピピピピピピピ
突如、勇者の方からけたたましい音が鳴った。
「もしもし。なに? もう沸いている? すぐ向かう、忍者に遅れをとるなよ」
ん?あれ?電話?
「悪いが勝負は預ける。剣に飲まれんようにな」
そう言うと勇者は背中を向けてすごいスピードで走り出してしまった。
「勝者、レベル2のトオル選手!!なんと勇者は逃げてしまいました!!!」
とりあえず右手を掲げて勝利をアピールしておく。歓声とブーイングがごちゃ混ぜになった喧騒が俺を包み込んだ。
*……*
剣はへんにょりと曲がり、明らかにがっかりしているようだった。




