地上の町のパン屋さん
「よっこら…せっ」
年季の入った掛け声とともにマンホールの蓋を開ける。
道を行き交う人々、牛、それに向き合うようにして並んだ店たち。大声で客を呼ぶ様子は、活気的な商店街のようだ。
「すげぇ…上はこんなに賑やかなとこだったのか」
「うぇるかむー。城塞都市ビスクだよー。でぇーん。」
ダルが両手を目一杯広げて誇らしげにしている。かわいい。
「おっと危ないよー。田舎モノかなー? 私についてこーい。」
牛に轢かれそうになった俺の手を取ってぐいぐい歩き出すダル。しょうがないので付き合ってやる事にする。決してウキウキしているわけじゃないぞ。
少し歩いたあと、パン屋さんの前で立ち止まった。焼きたてパンの香ばしい匂いが鼻先をくすぐり、空腹を思い出させる。
中に入ると、でっぷりした白色のコックさんが俺たちを出迎えた。パン屋さんって皆あんな体型になるのかな。
「やー。コックさん。魔法売ってー。」
「おいよー…実は今、版権の問題で品薄になってて…」
「あー。まだやってるのかー。参っちゃうねー。」
これはパン屋は偽わりの姿で、実は魔法屋って感じだろうか。
「今あるのだと、鍵開け500S、ヒール3,000S、爆発5,000S、火の玉8,000S、カエル10,000Sって感じだねぇ」
「たけぇー。今300Sしかないよー。」
「うーん…失敗作なら普通のパンと同じ10Sでいいけど…」
えっ何?失敗作?怖い!
「やったー。じゃあ失敗作一つと、普通の一つと、きゃらめるまきあーと二つで」
「おいよー!22Sだよ」
買うんかーい!
「あっちねー。イートインの席だからー。」
「おう、トレイもつよ」
「さんくとぅす。」
商店街の喧騒が良く見えるテラスの席に腰を落ち着かせる。
「ふおおお歩いたァァ……」
「頑張ったねえー。エレベータが使えてればねえ…。」
悍ましい記憶が蘇る。落下と、串刺し。
「あれは一体何だったんだろう」
「あーいう大規模な変異を起こせるのはヴェルトビッチしかいない。」
「ヴェルトビッチ?」
「女神だよ。人の命をゲームみたいに扱うど畜生。」
あ、あからさまに機嫌悪くなってる?
「タイミング的に、異世界に干渉したのが原因かもねー。自分は散々異世界から勇者呼ぶくせにね。」
真っ黒のオーラがダルの全身から溢れ出てくる。
「何が勇者特性だ何が最強だ数字ばっかり追いかけて楽しいかチート全肯定マンチキン野郎」
ま、まずい!それ以上いけない!気がする!
「あっあっあー!!パン美味しそうだなーー!!冷めるともったいないなー!!もぐもぐもぐ」
勢いよくパンを頬張る。あまあまのメロンパンだ。口の中にジューシーなメロンの芳香が広がる。おそらく中にメロンが入っているのだろう。
「ごめんねー。かふぇいん酔いってやつだねー。」
気付けばダルの飲み物は空になっていた。メロンパンも!早い!
「ほういえふぁ……」
「……。」
もぐもぐもぐ、ごくん。すべて飲み込んでから話す。俺は大人なのだ。
「そういえば、買った魔法ってどうなったの?失敗作がどうとか」
「今食べたやつがそうだよー。」
「は?」
「魔法のパンを食べて魔法を覚えるのー。」
常識でしょ?と得意げなダル。そんなアホな。
「ちなみに失敗作を食べるとどんな魔法を覚えるの?」
「完全ランダムかなー。当たれば結構大きかったりするよー?」
ほう、魔法ガチャか、楽しそう。
「外れると?」
「下痢かなぁ……。」
「ゴホッゴホッ…ガハッ」
パンが喉に詰まる
「ヒール連打するから大丈夫ー! 」
なんてものを食べさせるんだこの娘は…。




