明晰夢
宇宙を彷彿とさせるような幾何学模様の天井。
お月さまのシャンデリア。
どれも見覚えのないものばかりだが、何となく自分が置かれている状況が分かってしまう。
明晰夢特有の、気付き。
意識した途端、自由に身体を動かす事が出来るようになり、ベッドから起き上がる。
確かな足取りを感じながら部屋の隅に置かれた姿見に移動する。
赤い髪の女性だ。身長は160くらいだろうか。黒みがかった茶色のローブを身に纏っている。
ジリリリ、と電話が鳴り出した。
ああ。
とらないと。
ゆっくりと目を開き、見馴れた天井を確認する。
紛うことなき現実だ。
起き上がり、寝台横の目覚まし時計を手に取る。
時刻は11時30分を指していた。
「おいおい嘘だろ!?アラームかけてたのに」
遅刻の電話をどうしようか考えかけたところで完全に覚醒した。
俺−藤木透−は先月、職を失ったのだ。
新卒から入社して8年間働き続けた会社だった。小さな会社であったが社長は気さくで、よく話もした。
今思えば最後の三ヶ月は様子がおかしかった。給与の支払いが遅れたり、しばらく会社に顔を出さないなんて事もあった。
彼なりに戦っていたのだろうと思う。
結局それは、夜逃げという形で幕を下ろしたのだが。
「ハァ…。就活むり…。」
心に傷を負った俺には再出発する気力がまるでなかった。
もう今年で30になる。恋人なんていない。トモダチも。
ひたすらに働いて、食べて、寝る。趣味はインターネッツ。それだけの日常であった。
そんな生活をしていたスーパーインドア派な俺には8年間少しずつ貯めた貯金があったが…。
「仮想通貨なら戦えると思ったのに…」
たったの一週間で半分以下になっていた。
「もうやだ。貝になりたい。」
気付けばまたベットに寝転がっていた。
ふと、横を向くと点けっぱなしのテレビが目に入る。
怪人をドロップキックで倒す魔法少女りるるちゃん。赤い髪がぶわっと炎のように広がる印象的なシーンが一時停止で映し出されていた。
テレビなんて点けてたっけ…。
ああ、それにしてもりるるちゃん可愛いなぁ。
貝じゃなくて魔法少女でもいいかも。
赤い髪…あの夢の俺も赤髪だったなぁ。
続き、見れるかなぁ。
とめどのない連想ゲームに全てを委ねて。
意識は急速に落ちていった。