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廻り巡って  作者: 紫陽花
第一章 波打ち際の鎮魂歌《レクイエム》
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第6話 プランタの街

 回想を終えたルオーレは、隣を歩くマルセリアの顔を見つめた。

 流れる豊かな深紅の髪は、気持ちのいい朝日を浴びてきらきらと輝いているようにも見える。

 それがすっと通った形のいい鼻梁、花びらのような柔らかな印象を与える唇。

 長い睫毛に彩られた深い知性を感じさせる凛、とした深緑の瞳と絶妙に合わさり、魔女というよりは騎士のような高潔さを感じさせる。


 ───普通にしてたら頼りになるんだけどな。


 口を開くとどこか抜けていたり、唐突に鬼畜だったり、魔法の教えかたがほぼ擬音でがっかりさせられたり………ついつい残念なものを見る目で見つめてしまう。

 そしてまだ…………

 自分の中に、本当にこの人を信じて大丈夫なのか?と疑う自分と、理解の出来ない確信に満ちた自分がいて………なんだかフレイムベアとの戦い以来、いや、魔力を扱えるようになってからというもの、どうにもちぐはぐになっている。

 そう思うようになり始めた。

 まるで、自分の中にもう一人自分がいるような、何とも言えない感覚。

 そんな複雑な思いの籠もった視線に気付いたのか気付かないのか、マルセリアは「どうした?」と聞きつつも意識は肩の上のキュルちゃんに向けている。

 整った顔がでれでれになってしまっていた。

 7日間で見慣れてしまった様子に、考えるだけ無駄だろうか、とため息をつきながら「なんでもない」と答えると、目の前に近付いてきた並ぶ列に視線を向ける。


 その先では守衛を勤める帯剣した騎士が四人おり、街へ入る者のチェックを行っていた。

 会話や馬車の車輪が軋む音、鎧の動く音、雑然とした音が聞こえてくる。

 並ぶ人たちは馬車を引く商人のような人もいれば、それを護衛していたであろう冒険者のパーティーもおり、耳の生えた獣人もいたりと様々だ。

 列が近付くと、マルセリアはローブを徐に目深(まぶか)に被りだした。

 その行動に疑問を覚えたルオーレは


「マルさん。俺ももしかして被ったほうがいいか?」

「いや、その必要はない。私は少しばかり顔が知れているのでな、その対処をしているだけだ」


 事情は分からないが、へー、と頷く。

 そういえば、助けてもらったときも一瞬のことだったので詳しく覚えてはいないが、ローブを被っていたような気がする。

 マルセリアから視線を外すと、続けて目を引かれるように門の左右に分かれて一頭づつ、騎士の側にいる犬へ向けた。

 大型犬で耳は垂れている。

 そして、ルオーレの目を何より引いたのがその色。生き物にしては不自然なほどの漆黒。全ての光をその身に吸収しているかのようだった。

 先ほどから微動だにせず、お座りの姿勢で待機している。

 物珍しそうに眺めていると、


「あれが気になるのか少年」


 と、隣のマルセリアからではなく、並んでいた列の後ろから声がかかった。

 マルセリアはお察しのとうり、キュルちゃんと幸せそうな空間を作りだしている。ルオーレはそちらを呆れた目で一瞥(いちべつ)してから後ろに振り返った。


 そこにはくすんだ金髪の、人の良さそうな笑みを浮かべた冒険者であろう男性が立っていた。

 青年というには(いささ)か年をとっており、どこか貫禄を感じさせ立ち姿には隙が感じられない。

 刃先の長い使い込まれた様子の槍を背中に背負っているのも相まって、ベテランといった印象を与え、体は程良く引き締まっていた。


 固まっていたルオーレに警戒されたと感じたのか「あ、すまんな」と気さくな様子で謝罪すると、手を後頭部に回し頭をガシガシ掻きながら言葉を続けた。


「俺の名前はファール。見てのとおり冒険者をやってる。そちらさんは?」

「ルオーレだ。冒険者になる予定の───ただの旅人、だな。………で、そっちの騒がしいのはマルさん。放っておいてくれ」

「そ、そうか……。なんだか大変そうだな」


 ルオーレのどんよりとした顔に不吉な空気を感じ、ひきつった笑みでファールは応えた。

 そして、その雰囲気を変えるように「そうだ」と言うと「あれが気になったんだろう?」と漆黒の犬を指さした。

 その言葉にルオーレも気を取り直すと頷く。


「あれは【ガーディアンドッグ】って言うんだ」

「ガーディアンドッグ……普通の犬じゃないのか?使い魔にも見えないし………」

「ああ。あれは、実を言うと魔道具の一種で、広義に捉えると魔術に含まれるものなんだ。」

「あ、あれが魔術なのか………?」


 驚いて目を見開くルオーレ。

 それも無理はない話で、遠くにある村とは違い王都であったり、貴族の治めている場所では研究が盛んに行われ、最先端の技術が多い。

 外壁にしろ生活用品にしろ、様々な場所で魔術は活躍しているのだが、村から出たことのないルオーレは、ホーマ村にある結界ぐらいしか魔術を知らないのである。


 【ガーディアンドッグ】は、相手の動きを阻害することや使用者の護衛に重きを置いており、見回りを行う哨戒騎士一組につき一体配備されている。

 また、このタイプの魔道具は個人で取り扱うことも可能で、内容もある程度カスタマイズが可能である。

 ただし、普通の動物と見分けがつかなくなっても困るのと、分かりやすくするために色は変えてはならないという決まりがある。


「見たところ街に出てきたばかりのようだし、知らないのも仕方ないが気をつけろよ。これから冒険者になるなら、ああいう魔術は知っておいたほうがいい。どんなやつがいるか分かったもんじゃないからな」

「……忠告感謝するよ」

「気にすんな、今度会ったときに飯でも奢ってくれればそれでいいぞ。ルオーレ少年」


 ルオーレの肩にぽん、と手を置きながら朗らかにそう言うと「ほれ、次だ」と促した。

 ファールに言われた魔術のことで頭がいっぱいになっていたルオーレは、いつの間にか目前になっていた検査にあたふたしつつも硬貨を出す用意をする。

 といっても、“アイテムボックス”から出すだけなのだが………


 目の前ではカードのようなものを出したマルセリアが、板のような魔道具にそのカードを翳していた。

 カードを出した際、衛兵が何かに驚き目を見開いていたがすぐに元の態度に戻り、お勤めご苦労様です!と敬礼して送り出していた。

 お勤めご苦労なのは騎士さんたちでこの人は、リス愛でながら占いのついでに仕事しちゃう人なんだが………と思っていたルオーレは、その一連の出来事を何ともいえない乾いた表情で見送っていた。


「次の者、前へ!」


 ルオーレが歩み出ると


「身分を証明出来るもの、またはギルドカードの類を出してくれ。なければ銀貨一枚の支払いを」


 と声がかけられる。

 あらかじめ聞かされていたため、慌てずにアイテムボックスから銀貨一枚を取り出し「銀貨で頼む」と差し出した。

 受け取った騎士はにこやかな笑みを浮かべると


「ようこそ【プランタの街】へ」


 と気さくな様子で迎え入れるのだった。

 そして、歩みを進めたルオーレの目の前に飛び込むのはたくさんの人。

 見たこともない人の数に圧倒され、おのぼりさんそのものの様子で周りを眺める。この数の人間を見るのは初めてだ。


「想像してたよりも遙かにすごいな。建物なんかも高いし、木で出来てるものなんかほとんどないんじゃないか?それにしても───」


 動物なら見たことはあるが、どうにも大勢の人が行き交うのは信じられない。いや、恐るべし、と言ったところだろうか。

 一体、どうやってぶつからずに歩いているというのだろうか。

 

「どう歩いたものか、少なくとも往来を突っ切る自信はないな………こう、すっと通ればいけるもんなのか?回避する能力を持ってるとしか思えないんだけど」


 そのとき、一人の老婆がゆっくりと眼前を横切った。

 なんとなく目で追っていると、その老婆ですら、鮮やかに人の波へと分け入っていく。


「嘘だろ……?」


 まさに百戦錬磨。

 熟練の身のこなし、そして、顔のしわ一つ動かすことのない泰然とした様子に、ルオーレは思わずおののいた。


 ───あの動きには一切の迷いが感じられない。まるで川の流れのようだった………っ


 首を振り、自分に大通りはまだ早い、と踵を返し改めて周りに目を向ける。

 見渡す限りに見えるのは、よく整備された石造りの地面と、味のある(だいだい)にも近い色合いをした石造りの建物が並んでいる様子。

 天使像のようなモニュメントを中心にした広場では、駆け回るこどもがおり、獣人のごつい人にぶつかって一触即発。

 かと思いきや「気をつけろよ坊主。ほら」と倒れたこどもに手を差し出していた。親御さんは謝りながらも、すぐに立ち直り肩車を所望したのか、肩に担がれたこどもの元気っぷりに困ったように笑っている。

 市場では、元気な客の呼び込みが至るところから聞こえており、街全体が明るい喧噪に包まれていた。

 その中でも、冒険者の比率が高いように感じるのは辺境の地ならではなのだろう。


「すごい活気だな。音が絶えず聞こえるなんて想像もできなかったけど───案外悪くないな」

「だろ?」

「うぉお!?」


 突然、背後から聞こえた声に振り返ると、先ほどのように人の良さそうな顔でファールが後ろに立っていた。


「驚かせるなよ」

「慣れてくれるとありがたい」

「やめる気はないのかよ………」

「それより、宿は決まったのか?もう一人の姿が見えないみたいだが」


 どうやらルオーレの様子を見て、心配してくれたらしい。 

 面倒見のいい兄貴肌というやつなのだろう。

 実際のところ、後から街に入ったファールがすぐに気づくほどにルオーレがそわそわとしていたために、心配せざるを得なかったというのが現状である。


「ああそれなら、マルさんは俺と違ってこういったことになれてるから。今は先に宿をとりに行ってくれてるからいないんだ」

「そういうことか、なら大丈夫だな。それにしても、そのマルさんだったか、あれはただものじゃないな」

「分かるのか?」

「まぁな、これでもそれなりに人は見てきた」


 そう言ってニッとした楽しげな笑みを浮かべる。


「勘だがな」


 背を向けると「用事があるから、そろそろ行くな」と歩き出した。

 見送るルオーレに、少し離れたところでファールは振り返る。

 そして、一度何もない虚空を見つめてからルオーレに視線を向けた。


「人生の先輩のちょっとしたアドバイスだ」

「え?」

「出会いを大切にしな。少しでも後悔したくないのなら遠慮はするな。何が起きるか分からない世の中だ、俺は後悔ばかりだからな」


 それまでの真剣な面もちをフッと和らげると踵を返し、今度こそ人混みへと消えていった。


 ───少しでも後悔を、ね


 何でもないファールのあの言葉は、ルオーレとマルセリアに対して向けられたものに感じた。ルオーレのちょっとした様子に例の勘というやつが働いたのかもしれない。

 信頼しきれないのなら、信頼するための理由を探せ───そう言ってるように聞こえたのだ。

 いつか取り返しのつかないことになるその前に、ということだろう。

 鋭い奴だ、と自嘲めいた苦笑がこぼれる。

 先ほどのファールの瞳には、深い説得力があった。経験からくる哀愁に似た寂しげな瞳だ。 

 案外自分に向けて言ったセリフだったのかもしれない。


 実際のところルオーレは、門の前でも考えていたように、マルセリアを完全に信頼しきれているわけではない。

 7日で信頼しきれというのも無理な話だし、なにせよく分からない人なのだ。

 でも、彼女が不器用ながらも善意でルオーレに手を貸してくれていることは、行動の端々からひしひしと伝わってくる。

 言葉足らずに魔法を擬音で教えてくれるときも、身体強化の確認に遠慮なく、というより秒で魔法を撃ち込んできたときも……


 ───あれ?酷い目に遭ってる記憶しかなくね?


 しかし、思い出してみると、そのどれもが最後にはお互いに笑いあっていた。

 たったの7日。されど、7日を共にした事実は変わらない。

 稚拙な表現かもかもしれないが、嫌な気持ちになったことなど一度もなかった。厳しくするのも、それが必要だからだと分かっている。

 きっとこれも、変わってはいるが一つの信頼の形なのだろう。

 そう思うと、なんだか自分が少し張りつめていたのが馬鹿らしく思えてきて、自然と笑みがこぼれる。 

 よく考えてみると、マルセリアがルオーレをどうこうしようというなら、一瞬で終わらせていることだろう。

 わざわざ先に延ばす必要などない。

 きっと、今までは信頼できないと心の片隅で勝手に思いこんでいたのだ。幼い頃からの悪い癖とも言えるだろうか。

 全ての人間を信頼するなんて馬鹿なことは言わない。

 けど、身近にいる。いてくれる人くらい自分から歩み寄ってみようと心に誓ってみる。


 ───なら、一番に始めることは。


「どうしたルオーレ?そんなところで一人でニヤニヤと……見方によっては不審者だぞ?」


 宿屋をとりおえて戻ってきたマルセリアが苦笑を浮かべ、腕を組み立っていた。

 その表情は、ルオーレの微かな変化を感じたのか、少し驚いているようにも見える。


「何かいいことでもあったのか?随分と機嫌がよさそうだが」

「まぁ、ちょっとな。それよりさ、宿に行ったら聞いてもらいたいことがあるんだけど…………いいか?」

「む?構わんぞ。私としても、ルオーレの話を聞くのは楽しみだからな。泥船に乗ったつもりで話すといい」

「沈む沈む。何も話せそうにないわ」


 和気藹々、そんな雰囲気で二人は宿屋である、泉のほとり亭へ向かうのだった。





***************




「へぇ、彼、戻ってきたのねぇ。しばらく姿を見ていなかったのだけど……………」


 響くのは妙に艶のある色気の籠もった声。

 とある森にある木造の小さな一軒家。

 室内には紙の束であったり、何かに使用するであろう道具であったりとが散乱していた。

 机の上に置かれている薬品らしきものは、毒々しい───如何にも体に悪そうな色合いをしている。


「これだけ騒がしくしてあげてるのに姿を見せないから、てっきり関心がなくなったと思っていたわ」


 そう、独り言のように呟く彼女の言葉には、次第に熱が籠もり始めていた。


 そして、ついに耐えられなくなったのか、口元を大きく歪め狂ったかのように笑い出す。


「楽しみだわ!本当に!ああ、どうしましょう、ゾクゾクがとまらないわぁ。ねぇ、そうよねえ!あなたもそう思うでしょ?」


 問いかけた薄暗闇の向こう側では、異形の姿が静かに蠢いていた。


「愛って偉大ねぇ……フフ、ハハッ、そう────(ねた)ましいほどに」


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