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廻り巡って  作者: 紫陽花
第一章 波打ち際の鎮魂歌《レクイエム》
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第19話 魔女の悪意

 音を立て斬撃が蛸足へと傷をつける。

 斬りつけたときには右側から、次の蛸足が荒波の如き勢いで迫っていた。

 ルオーレは無詠唱で『ヴァンクー(風刃)ぺ』を続けて三つ飛ばすことにより迎撃するが、見たところ浅い。


 ───魔法への耐性が高いのか?いや、単純に魔力が高く相対的に防御力も上がってるのか。


 戦い初めてどれほど経ったか分からない。状況が大きく動くこともなく、互いにしのぎを削るような戦いが続いている。

 必死に頭を回転させながら攻撃を(さば)く。

 捌けてはいるものの、どの攻撃も早く、不規則であり重い。更にいうなら攻めづらい。

 まるで、鉄壁の城を相手取っているかのような攻めづらさがあった。


 反対側ではファールが槍を手に奮戦している。後方では、シェリールが火の精霊から生成される火球を飛ばし、蛸足の動きを阻害してくれている。

 シェリールは離れながらのためまだ攻撃は与えやすそうだが、前衛を務めるファールは一本一本が、意思を持っているかのような動きをする6本の蛸足に、攻めづらそうに手を(こまね)いていた。

 しなやかな動きの蛸足はその挙動が読みづらく、僅かな予備動作を見るしかない。

 だが、見切るには時間が必要で、6本のそれが相手に対しそんな暇を与えるわけがなく、攻勢に転じさせるような隙を与えない。

 ファールは防戦を余儀なくされ、身に受ける傷も増えていた。

  

 そして、それはルオーレも例外ではない。


「はあっ!!」


 鳴り響く甲高い金属音───。


 飛びかかったルオーレの“白の剣"が、スキュラの持つ鉈のような二本の剣に受け止められ、擦れ合い、激しく火花を散らす。

 例え蛸足を越えても、待っているのは隙のない二対の刃。

 魔物の力に身体強化の力をもってあらがう。


「くっ───」


 そこへ、ファールの迎撃にあたっていた足の一本が、弾かれ宙にあるルオーレを捕らえるべく追い縋った。

 マズい、と魔力を込め咄嗟に作り出した風刃を、迫る蛸足にぶつけ強引に挙動を逸らすことに成功する───


 が、反対側からは、意表を衝くかのようにもう一本が螺旋を描き迫っていた。


「───チッ!」 


 姿勢制御が出来ない空中。

 この姿勢から斬り飛ばす自信などない。ファールの槍術が通りきっていないところからも、不可能であろうことは分かっていた。

 歯を食いしばり、ダメージを受けることを覚悟し剣を構え受け身の姿勢をとる。

 

「───守護を!」


 吹き飛ばされる、と思った瞬間。

 響いた声と同時に、シェリールの使役する光の精霊がルオーレに光の結界を張ると───スキュラの蛸足とぶつかり合い、弾き返した。


「シェリール、助かった!」

「約束、ですからね。守りは私に任せてください」

 

 着地し、スキュラを油断なく見据えながら礼を述べると、戦闘が始まる前の言葉の返しのような───頼もしい声がかかり、思わず口角が上がる。


 ───守護があるなら今はただ、前に出るのみだ!


 迫り来る頑丈な蛸足による攻撃を避け、斬り返し、または隙を突き、魔法を放ちながらも考える。

 波打つ蛸足に魔力を通し力の限り振るってみるが、纏う粘膜のようなものが威力を最小限に抑えている。

 スキュラの防御力はこれが大半の理由であると言ってもいいだろう。


「───強引な攻撃は通らないかっ!」


 力を入れて剣を振るえば、するりと流すように受け止められることで大きな隙を晒すことになり、そこを集中的に攻撃してくるというパターンのようになっていた。

 頭では分かっていても、相手がそれから抜け出すのを許さない。

 いや、わざとその隙を与えていないのだ。明らかに高い知性を感じさせる攻撃。これが徐々に逃げ道すら塞いでいく。

 遠距離攻撃が蛸足を伸ばすことしかないのが救いか。

 シェリールからの光の結界がなければ早々に詰んでいたかもしれない。


 だが、光の結界は便利ではあるが融通が利かない。全方位からの攻撃を防ぐことはできるが、覆われている間はこちらからも攻撃が出来ないのだ。

 例外は、結界外に精霊を使役する精霊つかいと結界の構造を理解し、緻密に魔力の周波を合わせられるような者。

 あとは、結界ではなく障壁を使用する場合。

 こちらは小精霊であるため、そこまでの器用な芸当ができない。


 ───考えろ。どうすれば決定打を───攻撃をまともに与えられる? 


 今、最も一撃に特化しているのはファールの槍だろう。

 それ以外であればルオーレの剣が通りにくい以上、ホブゴブリンの一掃に使ったような相手の魔力耐性を上回る大魔法だ。

 しかし、大魔法には身体へのリスクが伴う。

 それだけではなく、それらの一撃を確実に当てるには、もう少しファールが動きやすくなるように注意を引く必要と、放つための時間が必要である。


「もうこれ以上、魔女に好き勝手させるわけにはいかないんだよ!」


 険しい表情で槍を振るファール。言葉の内には苛烈な熱があった。

 スキュラに向かっていく姿には、覇気と凄みが入り交じり一歩も目の前の魔物に引けを取ってはいない。

 ファールは迎撃も兼ねた範囲の槍術は使っているが、範囲型の技のためか致命傷を与えるにはほど遠く。

 また、胴体にも蜷局(とぐろ)巻く足に邪魔され届いていない。

 【サイクロプス】に使ったような一撃を放つことは出来るだろうが、ここぞという一撃は使いどころが限られる。

 だが、流石というべきか、あの猛攻を凌ぎながらもなお、徐々に前に足を踏み出し槍を振るっている。

 この僅かな時間で、少しづつ相手の動きを理解し始めたのだろう。

ファールが精霊を使う判断をしてからが、この戦いを動かす鍵になるかもしれない。


「くっ、こいつは一体……」 

「ファールさん、少し下がってください!」


 ファールが確認をすることもなく身を引くと、迫っていた蛸足に暴風が吹き荒れる。

 風の刃が切り刻み、直後には大きな火球が襲いかかっていた。


 だが、戦いに於いての鍵は、多いに越したことはない───。


 このままファールが精霊を使役したとしても、確実にしとめられるとは限らない。

 万全を期すならば───「間」が出来た今がチャンスだ。シェリールの作り出した時間が、反撃の期となる。

 咄嗟にルオーレは、最低でも奴の動きを止められるであろう三段階の構想を浮かべると、すぐさま実行に移す。

 要するに、


 ───こっちに注意を集めれば良いわけだ。


 それまで振るっていた剣戟を納めると、土の壁を要所に配置しながら一気に後退し、スキュラから距離を取る。


 ───今の俺にはタフな魔力量くらいしかないからな!


 追撃をかけ、土の壁を容易く破壊してくる蛸足を尻目に、一気に魔力を練り上げながらすぐ後ろのシェリールと、足による連携攻撃を捌くファールへ声を張り上げた。


「シェリール結界を!ファールはなんとかそれから逃れてくれ!」

「はい!」

「なんとかって、先輩使いが荒いな……」


 声が届いた二人は、了承の意として一度頷くと、シェリールは火球を放つのを止めルオーレの隣まで走り寄り、すぐに光の精霊と共に半円の───紋様の浮かぶ光の結界で自分ごとルオーレを覆う。


「ラティア!」


 ファールは距離を取るためにすぐさま(あお)の精霊を使役し、周囲に【静寂】からなる水の薄い衣でスキュラの攻撃を鈍化させ、躱しながら後退を開始する。

 鮮やかな手並みの一時退却。

 しかし、ただ下がったわけではない。ここからが本番だ。


 その様子を一瞥したルオーレは、注意を引くためにすぐさま魔力を込め、詠唱する。


 まずは第一段階。

 決まるか分からない以上、負担を掛けるような魔法を使うことは不安だ。

 だとしても、今出来る全てをここに注ぎ込む。

 脳裏に浮かぶのは、この街の惨状。

 魔物に蹂躙されるような様はひどく───酷く、幼い頃を思い出させた。

 傍らには真剣に結界へ魔力を注ぎ込む、不思議と惹かれる、護りたい者。


 そうだ。このままここで、負けるわけにはいかない────。


 ────無視なんかさせない!


「『猛威を振るうは涅槃(ねはん)の雄風。疾きの根源たる風神ファテルが顕現の如し。一点の曇りもなく巻き上がり、(くう)、蒼天へと導かん』」


 溢れる魔力の高まりと共に、魔法陣が足下に輝きだしルオーレとシェリールを明るく照らす。魔法陣からは燐光が弾けるように迸っており、見るものに威を示す。

 高まる魔力の圧。

 シェリールが驚いたようにルオーレを見上げた。だが、その表情を見て何かに安心したかのように目の前に視線を戻した。


 突然の無視できないような魔力の高まりに、ファールに追撃をかけていたスキュラが素早く身を翻し、ルオーレを妨害するべく双剣と蛸足による攻撃を始める。

 しかし、シェリールにより魔力を注ぎ続けられる光の半円は、その攻撃をルオーレへと届く前に遮断し続けた。

 

 その必死な、強烈な猛撃は結界を揺るがし大きな軋みを上げさせる。今にも壊れてしまいそうだった。

 シェリールの額には汗が光り、耐えるように歯を食いしばっている。


「背後ががら空きだ!」


 そこへ、【静寂】の蒼を纏った槍を構えたファールが声を張り上げ跳躍する。

 一瞬前に気づいたスキュラは振り返り、数本の足と双剣に魔力を込め受けにかかった。


「らァ!!!」


 ファールの渾身の槍撃が、スキュラを地を揺るがすような勢いで打ち据える。

 派手に水飛沫、水煙を上げながら力と力、魔力がぶつかり合い凄まじい爆発のような衝撃を生み出すと、スキュラの足が遂に千切れ辺りに吹き飛ぶ。

 そして、二本の足を犠牲に耐え抜きよろめくスキュラへ、ファールが離れると同時に蒼の精霊から水流が流され、その動きを抑える。

 それを見ながらファールはルオーレへと視線を送った。

 二人の視線が重なる。

 これが、二段階。

 

 ファールが口だけを動かした───


 “頼んだぞ”


 ルオーレの口が期待を受け、引き結ばれる。


「───任せとけ」


 ───こいつが最後だ。


「『荒れ狂う怒りの残滓。暴渦を示し、吹き荒れろ《サイクロン》!』」


 『サイクロン』。風の上級魔法における殲滅型の魔法で風の刃による竜巻を巻き起こし、【怒濤】の勢いで対象を切り刻む。

 シェリールにより光の結界が解除されると同時に、ルオーレの魔力が風の暴力となり地面から生えるようにして、一瞬でスキュラの真下に竜巻を生み出す。

 その竜巻は蒼の精霊が出した水流をも巻き込むと、スキュラを風刃の嵐へと飲み込んだ。

 疑似的な風と水による渦潮のような複合魔法だ。


 スキュラは絶叫を上げると、その全方位から襲い来る暴渦を防ぐべく、魔力での強化をした残りの足でその身を庇う───。

 が、上級の風魔法に水流を加えた【怒濤】と【静寂】の荒れ狂う嵐が与える攻撃により、抵抗力を次第に失っていく───。






***************






「はあ、駄目だ。情けないな…………」


 少年から青年へ、その階段を上っている途中といった若さの、槍を背に背負ったくすんだ金髪の少年は、扉の───故郷の我が家の扉の前で、後ろ手に頭を掻きながら渋い顔をして立っていた。


 それもそのはず、彼は二年前に冒険者になると言って出て行ったきり連絡を取らなかったのだ。

 これがもし、普通に出ていっただけなら連絡を取っておらずともそれほどおかしなことではないが、所謂、家出に近いような状態で旅立った。

 しかも、喧嘩別れで………

 両親は突然いなくなった息子をさぞかし心配したことだろうし、同時にある程度察しもついていたことだろう。

 少年は昔から勇者だのなんだの言っては駆け回っていたのだ。

 それがいつ頃からかは忘れたが、冒険者に変わっていた。


 はあ、とひとつ溜め息を吐くと踵を返し、昔から気分が落ち込むと向かっていた海辺へ向かうために街の門を通る。

 しばらく歩いていると、懐かしさを感じる白い砂浜といつ見ても心を奪われる、爽快なほどにどこまでも広がる海がその姿を現す。

 水平線と空の境目が合わさり、なおのこと大きなスケールを感じさせる。

 この光景を眺めていると、何年経っても自分はちっぽけで───そんな自分の考えもちっぽけなものに感じるのだ。

 今は心が感傷的になっていることから、余計にそう感じるのかもしれない。

 そのまま、波打ち際をなんの目的もないままに歩いていく。

 強いて目的を上げるとするなら、子供の頃によく行っていた大きな岩のある岩影の辺りに行くことだろうか。

 足下では引いては満ち、引いては満ちと、何度も繰り返す波が心地の良い音を奏でている。

 そんな音に目を閉じ、耳を澄ませながら歩いていると、どこからか楽しげな声がさざ波に合わせ聞こえてきた。

 驚き目を開けると、子供の頃によく遊んでいた───大きな岩影のある浜辺の方から聞こえてくることが分かる。


 何かに引かれるようにしてその場へ行ってみると、服を着たままの少女が海に浸かって水遊びをしていた。

 それは大丈夫なのか、と思ったが、それよりも先に少年は、


「こんなところに人がいるなんて珍しいな」


 ぽろっと声を掛けるかのように、素直に言葉を漏らしていた。

 口を手で押さえたときには既に遅く。

 そんな声の届いた少女はというと瞬間、石像のように固まり、目を丸くしたままこちらを向くと───冗談じゃなく、目にも留まらぬ速さで岩影に身を隠した。

 4thランクにまで上がった自分をしても見失うほどの速さであった。


 余りの速さに、しばし唖然としていると少女の隠れた岩影のほうから視線を感じた。

 見れば、岩影に隠れるようにして顔だけひょこひょこ、とこちらに覗かせている。

 まるで小動物のような動きだ。

 自分が背後から声を掛けてしまったのは事実で、警戒するのも無理はない。

 思わず苦笑を漏らし、さてどうしたものかと思考をしていたところ───すぐ隣に不思議な気配を感じた。

 だが、これは少年が子供の頃にも感じたことのある気配だ。


「精霊がいるのか!懐かしいな」


 少年は昔から精霊を見ることができ、意志疎通は図れなかったが不思議がって追いかけては遊んだものだ。

 その懐かしさに驚き喜んでいると、先ほどの少女が仲間になりたそうに岩影から熱い視線を送っていた。

 困ったような笑みを浮かべると、仕方なしに再度声を掛けてみる。


「君は?」


 声を掛けられた少女は一度びくぅ、と大きく反応すると警戒しながら、躊躇いがちに近付いてくると口を開いた。


「あなた、精霊が見えるの?」


 少女の整った───現実離れした容姿と、海のように青い美しい髪、同じ色の輝く瞳に惚けたように見惚れていると、質問されていたことを思いだし、慌てたように言葉を返す。


「あ、ああ。昔からな。よく遊んでたんだ、昔はもっといたからな。───といっても、お互いの意志疎通が出来るわけじゃないんだが」


 そんな少年の返答を聞くと、少女は一度考えるような仕草をし、


「精霊は好きかしら?」


 小首を傾げ一言、そう尋ねた。


「好きっていうか、なんというか・・・友達、か?昔からそんな感じだ。珍しくなかったからかもしれんが」

「ふーん、そうなんだ…………。ねえ、だったらさ───私とも、友達になってくれる?」

「え?」

「だって、ラティアとは友達なんでしょ?」


 そう言って少女は少年の隣の蒼い光───精霊を指さした。

 実際はこの精霊と今初めて会ったばかりなのだが、友達に───というこの流れで首を振る勇気は少年にはない。

 少年は憧れはしたが勇者ではないのだ。


「お、おう。全然いいよ。うん」

「ほんと!?」


 後ろめたさから若干どもりながらそう返すと、少女は途端に目を輝かせた。

 その瞳はまるで海が太陽の光を反射しているかのようで、ただただ───眩しかった。小さなことで一喜一憂する少女が、今の少年には眩しく映ったのだ。

 いや、少女にとっては、何か人と接しにくい理由があっての死活問題だったのかもしれないが、それでも、冒険者になる前には考えるまでもなかったことを───忘れていたことを思い出した。

 そんな気がしたのだ。


 少年は穏やかに微笑むと、今度はしっかりと頷き、


「もちろん。これからはよろしくな、俺の名前はファール」


 そんな少年の様子に体中で喜びを表現するかのように、一度その身を震わせると胸元で握り拳を作り少女は元気に応えた。


「うん!私はメル。これからよろしくね、ファール!」


 それがファールとメルの出会いだった。






***************






「はぁ、はぁ……」


 ルオーレは膝に手をつき息をしながら、その光景を見守る。

 二度も上級魔法を使用したのは初めてであるため、魔力の大幅な消費にまだ体が慣れていなかった。それだけではなく、魔力腺には一度目よりも負荷がかかり、しばらくはまともに魔法は使えないだろう。 

 傍らではシェリールも固唾を飲んで竜巻を見守っている。


 ───こんな無理な使い方してると、マルさんに怒られるな。


 ルオーレの思考を割るようにして不意に、竜巻が揺らぐと、スキュラがその中から身を投げ出すようにして崩れ落ち倒れ込む。

 その直後には、名残惜しむかのようにして竜巻が煙のように消え去った。

 魔力の残滓が、奔流のような濃さで場に漂っている。


 訪れる静寂。



 だが────まだ終わってはいなかった。


 スキュラは仮面の奥を怪しく光らせると、ぼろぼろになった足を使い、近くで警戒していたファールに不意打ちを浴びせる。


 槍を使うことで凌いだファールは、迫り来るスキュラを睨みつけ、その仮面の奥の双眸と視線を交えると疲弊を感じさせない動きで相手の双剣による攻撃を躱しながら槍を交えた。

 ルオーレもファールの元へすぐさま駆けつけようとしたのだが、足を止めてしまう。


 違和感を覚えたからだ。


 初めに蛸足での攻撃をした後の追撃を、一瞬スキュラが躊躇ったように見えた。

 もちろんそんなことは無いはずなのだが、ルオーレの目にはなぜかそう映った。


「ルオーレ!ファールさんが───」

「大丈夫だ。ファールは今のスキュラにやられたりはしない。それよりも……」


 不思議そうな顔のシェリールにルオーレは言葉を濁す。


 スキュラと戦う前から感じていた猛烈な違和感。

 魔物の(なり)をしているのにも関わらず、感じる気配が、魔力が、魔物とは根本的に違うように感じていた。

 まるで、元々そうでなかったかのような曖昧さを感じさせたのだ。

 そんなことを考えている間にも状況は動いていた。


 ファールが相手にはもう余力がないことを感じ取ると、途端に攻勢に打って出る。

 鋭く身を低くすることで躱し、相手の出来た隙に向かい槍を横薙ぎに振り込んだ。

 満身創痍であったスキュラは、身を引き回避行動を取るも間に合わず仮面にその一撃を食らい宙を飛び倒れ込む。


 地面に伏した後は、ぴくりとも動く様子はない。

 力を失ったように体を投げ出していた。


 ファールは呼吸を整えると、確認と、息があるようなら止めを刺すため先ほどのように隙を突かれてはたまらない、と警戒したように近付く。

 歩み寄る途中で、そのそばに転がっている壊れた仮面を見つける。

 そういえば仮面をしていたな、と条件反射のように顔をのぞき込み───固まった。

 血も凍り付いてしまうほどに───


 まるで意味が分からなかった。

 理解出来るはずもなかった。

 そして───


 

 そんなこと────認められなかった。


「………………………め………る……………?」


 思わず漏らした震えたような声には、先ほどの勇ましさは欠片もなかった。



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