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廻り巡って  作者: 紫陽花
第一章 波打ち際の鎮魂歌《レクイエム》
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第10話 忘れるところだった

 現在ルオーレの目の前には、例の微笑みを絶やさない、何かの像なのではないかと疑ってしまう受付嬢───リーズがいた。

 対面するルオーレの顔面はもちろん引きつっているが、その手にはペットの散歩でもしてきたかのような───もとい、引きずり回しの刑罰を意図せず受けていた男たちの姿がある。

 三人とも仲良く装備ごとぼろ雑巾のようになり、眠っていながらも表情はどこか達観したものになっていた。

 その光景を目撃した周りの冒険者たちは、先ほど出たばかりの新米冒険者が、5thランクの冒険者を引きずってきたというこの状況に唖然としている。


「それで、ルオーレさん。どのようなご用件で?お早いお戻りのようですけど」

「いや、うん。これなんだけど」


 そう言って右手に掴む縄を掲げてみせる。

 その先につながるのは、もちろんぼろぼろの5th。

 リーズはそちらを興味なさげに一瞥すると───


「ルオーレさん。ここは散歩のルートからは外れているのではないですか?この場でそのようなショーじみた散歩を堂々と披露されてしまいますと、周りの冒険者の方々や街の住人に迷惑と悪影響を与えてしまいます。どうしても我慢できないと言うのでしたら、騎士団の詰め所まで(おもむ)いて披露なさることをお勧めします」

「まてまてまてまて、悪影響ってなんだよ!これが俺の趣味だとでも言いたいのか!そもそも散歩じゃないから、ていうか人の散歩ってなに!?」


 早口でまくし立てるリーズに、これ以上適当なことを言われるとまずいと口を挟む。

 何がまずいかといえば、ルオーレに対する評価とでも言うべきか。

 間違いなく「変態」になってしまう。

 いくらなんでも悪目立ちにもほどがある。自分がこの状況に出くわしても、やばいやつがいるんだな、関わらないどこってなるに決まってる。

 その辺のお母さんが子供に見ちゃいけません、とか言ってたらショックで立ち直れない。

 たちが悪いのは拡大解釈されているとはいえ、その大本となる行動(5thドラッグ)はとっており周りの受け取りかた次第だということだ。

 そして、


「…………」

 

 肝心の周りの反応はこの何ともいえない空気がひしひしと、ルオーレに状況をサプライズといわんばかりに届けている。


「………いや、違うからな本当に。なんなら光の神ルルドに誓ってもいいからな。とりあえず、今回はこいつらを届けに来たんだ、襲われたからな、とりあえず拘束しておいた」

「なるほど、それならそうと最初に言ってくださればよかったではないですか」


 いや、雷も真っ青なほどに素早い口撃だったよね。

 とは思ったが、藪蛇なのでここはぐっと我慢する。それに、そんなことで言い合っている場合でもないだろう。

 そうだ、クールになるのだ、悪友であるシメンのように。

 きっとあいつなら片眉を上げることはあっても、この場を何事もなかったかのように乗り切るだろう。

 いや待てよ、あいつがいたら逆に───「流石だなルオーレ。お前は斜め上をいくやつだとは思ってたが、想像以上だ。安心しろ、フィアには黙っておいてやるから、話が済んだら呼んでくれ」

 とかなんとか言って、ニヒルに笑って放置していきそうだ。

 四面楚歌まったなし。

 むしろ、いないおかげで命拾いをしたのだろうか。

 ルオーレの我慢が功を奏したのか、周りの冒険者たちも「流石にそこまでクレイジーじゃないよな、ハハ」というような軽い空気で、自分の目的へと動き出す。

 それを確認しながらルオーレは、そっと息を吐き出した。

 

 ちなみに光の神ルルドは精霊王のことだと言われている。

 宗教とは関係なく、精霊は多くの人々に崇められているのだ。


「それにしても5thランクを、しかも三人も、よく一人で拘束出来ましたね」


 リーズのその声には、先ほどまでと違い純粋な驚きをのせていた。

 当然だ、登録したばかりだというのにランクの差をものともせず相手を()()したのだ。

 そのまま殺してしまうのではなく拘束をする───これは両者の間に実力差があったことに他ならない。

 毒舌なる受付嬢リーズさんが驚いてしまうのも無理はないだろう。


「まあ、つけられていたことには気付いていたからな。何があってもいいように迎撃の準備はしてたんだ」

「……そんなに簡単なことではないと思うのですが。分かりました。身柄はギルドで預からせていただきます、冒険者の資格を剥奪した後に騎士団のほうでしかるべき処罰を受けてもらいます。それでよろしいでしょうか?」

「よろしいでしょうかっていうか、俺が詳しい事情を説明しなくてもいいのか?」


 ルオーレの問いに一度困ったような微苦笑を浮かべるリーズ。


「実を言いますとですね、ここまでの大事は初めてですが、あの三人は何度も同じような問題を起こしているんです。こちらの方でも再三注意を行ってはいたのですが───溜まった鬱憤がルオーレさんへ爆発したみたいですね」

「………なんとかしてくれよ。───そもそも注意は注意でも、毒吐かれて爆発したんじゃないだろうな……」


 もう関わりたくない、というように渋面を浮かべかぶりを振った。

 そう何度もこんなことがあるとは思えないが、目をつけられる度に何かしら巻き込まれていたらたまったものではない。

 人間不信に陥ってしまいそうだ。

 しかし、リーズの返答は素っ気ないものだった。


「残念ですが、冒険者ギルドに冒険者の行動を縛ることは出来ません。実害が大きなものであれば然るべき対処はしますが、小競り合いなどに介入していたらきりがなく、他の大切な業務に支障が出ますから。このような行動は冒険者の信用にも繋がりますし、暗黙の了解として弁えているものなんですけどね」

「………要するにこいつらは───」

「バカです」

「…………」


 リーズの早すぎる切り返しに面くらいつつも、もう少し言葉を包んでもいいのではないのだろうかと思ってしまうルオーレ。 

 おそらく、これぐらいでもないとここではやっていけないのだろう。

 自分も早く慣れるようにしなければならない、そう強く思った。主に変態にならないために。


「でも、そうですね。実力があることは分かりましたので、依頼を受けていただければランクを上げる審査にかけることもできますよ。そうすれば、アイテムボックスのことも心配はなくなるかと」

「え?そんなに簡単に上がるものなのか?」


 驚いた声を上げるルオーレに、呆れたような眼差しを向けるリーズ。

 確かに注意書きには実力主義でもあるとは書いていたが、そんなにも早くランクアップの審査対象になるとは思ってもみなかった。

 ランクの審査には関してはよく分からないが、長い期間を要すると聞くことが多い。

 でないと、襲ってきたそこで寝てる5thたちも、散歩扱いされることはなかっただろう。


 ───………今気づいたけど。散歩ってことは、これが俺のペットだってことだよな。……うん。無理だわ。

 

 なんとなく、肩にキュルちゃんを乗せるマルセリアと、おっさんを従える自分を想像し、こみ上げる哀しみに全力で首を振った。

 こんな厄介ごとに巻き込まれたくないルオーレにとって、ランクが上がるのは有り難いことこの上ない。


「ルオーレさん。言っておきますが、あまり簡単なことではありませんよ。7thランクになったばかりの者に“5thランクの者を倒せばランクを上げてやる”なんて言った日には正気を疑われるくらいですからね。それに、このような()()が過去になかったわけではありませんから」

「そ、そうなのか」


 呆れた眼差しのまま、言外にお前の常識はどうなってんだ。と言われたような気がして、顔を強ばらせながら返事をする。

 相変わらず顔はにっこにこなのだが、受ける印象は真反対である。

 暗い内なる何かを背負っているようにしか見えない。


「お分かり頂けたようでなによりです。それではー───こちらの依頼が丁度いいでしょうか」


 リーズはそう言い、少しだけ頭を捻り考えると一つの依頼書を取り出した。


「それは調査依頼書です。他の依頼とは異なり、対象を指定されたものではありません。生態系の変化や異変がないかの調査を行っていただきます。基本的には周辺の森林調査となりますが、その辺りにはブラックウルフやコボルト、ゴブリンが多く生息しています、特にゴブリンはEランクに指定されていますので注意してください。それと───」

「ん?」

「近頃は、生態系の大幅な変化が確認されています。プランタ近辺での確認はされていませんが、十分に警戒をしておいてください」


 説明を聞くと、「分かった」とギルドカードをリーズへと手渡す。

 調査依頼。

 難易度は大きく違うが、マルセリアが受けていたものと同じだ。

 話を聞いたところ、やはり、ギルドの方でも調査を出すほどに異変が広がっているのだろう。

 ひょっとすると、ある程度事情を知っていたりするのかもしれない。頻繁に行われる調査は、知っているが故の情報の精査とでもいうべきか。

 より細かいことを知ろうとしてるのかもしれない。

 手渡したギルドカードが一瞬発光すると、依頼書が消えていた。今度は文字が浮かび出すということはなかったが、何度見ても驚きの光景である。

 それにしても、


「ゴブリンか………確か、種類が多くいるんだったな」


 冒険者が最も戦闘を繰り広げているのが、この種族だと言ってもいいはずだ。数が多いという理由もあるのだが、知恵も回る。

 そのため、自らの戦闘力を上げるために、冒険者の装備を()ぎにくることもあるのだ。

 ゴブリンにとっても、人間にとっても、装備を調えることは単純な戦力補強になる。一説には弱そうな人間を選んでいる、とも聞くが真相は不明、少なくともルオーレは知らない。

 とりあえずは経験を積むいい機会になる。が、油断は禁物だ。

 魔力をしっかり感知して問題がないかどうか、考える必要があるだろう。

 あとは───


「ブラックウルフは───あ、そういえば」

  

 何かに気付いたように声を上げるルオーレに、リーズが「どうしました?」と首を傾ける。


「アイテムボックスに倒した魔物が入ってるんだけど、売るのってどうしたらいいんだ?」


 ルオーレの“アイテムボックス”には多くの魔物が収納されているが、一度目は忘れていたために換金することができなかった。 

 せっかく冒険者ギルドへ戻ってきたのだ、これを逃す手はない。


「それでしたら、解体場のほうで行わせていただきます。解体をこちらで受け持つ場合、その代金は差し引きさせていただきますがよろしいですか?」

「ああ。頼む」

「かしこまりました。それでは私についてきてください、案内させていただきます」


 裏口から姿を現したリーズに奥へと続く道を案内されると、建物が大きいのも納得なほどの広さの解体場があった。

 それだけではなく、隣は冒険者の訓練場になっているらしい。微かに武器をぶつけ合う音だとか、声が漏れ聞こえてくる。

 今度行ってみるのも悪くないかもしれない。

 一方、解体場のほうは随分と静かなものだった。

 並べられた魔物が色んな場所にあり、ここからでも何人かが黙々と作業しているのが見える。


「珍しいね。リーズちゃんが冒険者を案内してくるなんて」


 声のしたほうに顔を向けると、解体師の一人が近づいて来ていた。

 優しそうな顔の、笑顔の皺がよく目立つ体格のいいおじさんだ。

 口の上には整えられた髭が生えており、それもあってかより柔らかい印象を受ける。体をつきを見る限り、元冒険者なのかもしれない。

 リーズはその相手を一瞥すると、一瞬目を細めたようだったが、すぐに元に戻り言葉を返した。


「そうでしたか?言われてみれば、カルさんとこの場で顔を合わせるのは久しぶりかもしれませんね。ルオーレさん、こちらはここで解体を行っている、解体師のカルさんです」


 カルは、相変わらず真面目だなぁといった様子で苦笑しつつリーズを見ると、ルオーレへと右手を差し出した。


「ルオーレ君だね、よろしく頼む。リーズちゃんが既に何かしてるかもしれないけど、悪い子じゃないから、そちらも一つよろしく頼むよ」


 「こちらこそ」と握り返したところで、そう声をかけられる。彼の後ろではリーズが「なに言ってるんですか!」と抗議の声を上げているが、華麗にスルーだ。

 力関係が垣間(かいま)見えた瞬間だった。

 そのまま場の進行をリーズから奪うと「さて」とルオーレへ声をかける。


「ルオーレ君にもやることがあるだろうし、早速だけど魔物を出してもらっても構わないよ」

「分かりました」


 返事をするとルオーレは、遠慮せず一頭ずつ、ブラックウルフをなかなかの勢いで“アイテムボックス”から放出していく。

 その止まらぬ勢いに、抗議の声を上げていたリーズも思わず押し黙り、カルは目を瞠り「これは驚いた」と呟いた。

 ブラックウルフを全て出し終えると、カルが思わずといった様子で声を上げる。


「いやあ、新米だと聞いていたんだけど………違ったのかな?」

 

 そう言って視線をリーズへと投げる。

 対するリーズは静かに首を振ると「今日登録したばかりです」と答えるのみだった。

 彼女にしても、ここまで魔物を出すとは思っていなかったらしい。

 その場にはたくさんのブラックウルフが転がっており、ある意味壮観だ。


 そして、それだけではない───


「最後はこいつだな」


 そこへ現れたのは、一体の赤い体毛をした爪がナマケモノのように長いおおきな熊───フレイムベアだ。

 シメンと協力することにより辛くも打ち倒すことに成功した熊だった。シメンは“アイテムボックス”を持っておらず、金に困ってもない、と分けることもせずルオーレに譲ってきたのだ。

 まさかの魔物の登場に、さしものリーズも驚きの声を上げた。


「これはフレイムベアですか!?」

「───へえ、面白い子だね。ルオーレ君は」


 カルは興味深い様子でにこやかに笑う。だが、その瞳は何かを見極めるかのように細められていた。「例外ですね」と独り言のようにリーズが呟いた。

 

 そう、カルやリーズがこのような光景を見るのは、何も初めてのことではない。

 その時に見た魔物は、新米冒険者が持ってきたものにも関わらず、既にCランク上位。しかも、大した苦戦もなかったようで、綺麗な切断面を覗かせたものばかりだった。

 そういう意味では、初めに出したブラックウルフなどは似たようなものだが………それにしても、と───もう一度カルは視線をルオーレへ向ける。

 そこでは不安げに、というより、リーズの反応に驚いた様子で、その白に近い青の髪を傾けている。

 この様子を見る限り、リーズに何かしらの洗礼を受けたことは間違いない。

 「はは」と小さく笑うと、カルは安心させるように声をかける。


「なに、少し驚いただけさ。なんせ、新米冒険者がここまで驚かせてくれたのは【剣舞】以来のことだからね」


 そう言うと、カルはその笑みを深めるのだった。

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