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廻り巡って  作者: 紫陽花
序章 動き出す歯車
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巡り繋ぐもの

 歯を食いしばる。

 (まばゆ)い光りが立ち上り、光の粒が(そら)へ広がるように舞う。宵闇(よいやみ)から昇る暖かな陽光が、大地に活気をもたらしていた。

 青年の口元に浮かんだのは、苦い苦い笑み。

 大切な者を失った寂しさや悔い、怒り、葛藤、様々な感情が渦巻くなかで、どうしても捨てられない思い───「祈り」が、今の青年を突き動かしていた。

 この選択が正しいのかなんて、誰にも、きっと神にすら分からない。

 だが、このまま何もしないことは、このまま死を迎えるよりも遙かに空虚で、辛い。


 魔力の高まりと共に、輝きが強くなる。

 足下に閃く大きな魔法陣が、青年の思いとは裏腹に強く光を逆巻かせていた。

 魔法陣を支えるのは十二の柱。

 青年に仕え、守り、世界の意志を示してきた頼もしき守護者たち。

 その守護者たちの表情も様々だ。心配をするもの、それをおくびにも出さないもの、信ずるもの、成功を何一つ疑わないもの。

 彼らとは何だかんだと長い付き合いになった。

 どんな窮地にあろうと力を貸してくれたし、青年には足りないものを補ってくれた。それは、魔法陣の外側から見守るものたちにも言えること。

 四人の仲間達。

 ()()()この場に五人いたはずの仲間達だ。

 一人と目が合う。

 絶対に泣かないと豪語していた、紅い髪の少女。勝ち気な彼女が、杖を握りしめ奥歯に力を入れて目尻に光るものを堪えている。

 青年の心が再び強い後悔、いや、後ろ髪を引かれるようなもどかしい思いに(さいな)まれる。

 今生の別れ。

 これがそうなのだと、突きつけ、吹きすさぶ暴風のように荒々しく青年の心をかき乱した。

 青年が見ていることに気づいたのか、紅髪の少女は目元に力を込め視線を逸らす。そんないつも通りの反応に、青年は思わず笑みをこぼした。

 ここにいる仲間達とは、ほとんどがおそらく最後になる。

 この状況で笑みを浮かべられる自分も、始めのあの頃から考えると太々しくなったものだと思わざるを得ないが、寂しいのは本心だ。

 それこそ、巣立ちを迎えた鳥の子のように。

 だが、これは新たな始まりであっても、明るい未来に向かってのものではない。

 この手で終わらせるため、もう二度と失わないため、仲間達の思いも籠もった決意の旅路なのだ───遙か遠い未来に向けての。


 魔法陣からの輝きが、また一段と強くなる。

 魔力の圧が高まり、今や青年の内側から直接光が漏れ出ているかのようだった。どうやら、その時が来たようだった。

 仲間達に視線を向けると、一人は今までを振り返っていたのか、一度瞳を閉じた後でいつものように優しく、爽やかな微笑みを向けてくる。

 「無事を願ってるよ」と言葉にせずとも、聞こえてくるようだった。

 一方でもう一人の男は、フッと意味ありげに口角を上げるのみだった。こちらも相変わらずといったところだ。

 相変わらずだ。

 相変わらずなのに、今は遠い昔のことのように思えてしまう。それだけ、今まで経験したことがないくらいに濃密な数年だった。

 こみ上げるものがあり、青年は光に包まれながら僅かに表情に力を入れ視線をずらす。

 ずらした先には、もう一人の仲間が困ったように頬を掻いていた。

 青年の右腕と称して(はばか)らない彼女は、「ああ、どうしたもんか」と、堪えきれずついに涙をこぼしだした紅髪の少女へ視線を流していた。

 肩を振るわせる少女に、ごめん、自然といつものようにその言葉を呟こうとして、自分の口がまともに動かなくなっていることに気づく。

 既に光は視界を覆い尽くすような勢いだった。

 これまでの何てことない、しかし、波瀾万丈な出来事たちが走馬燈のように思い起こされる。

 苦しくなかったと言えば、嘘になる。

 けど、それを補って余りあるほどに充実した日々だったと、胸を張ってそう言える。

 本当に、本気で守りたいと思えたからこそ───


 紅髪の少女を(なだ)めていた女性が顔を上げ、「またな」力強く頷き告げた。

 青年は光に呑まれる直前、最後の力を振り絞り万感の思いを込め、


「ありがとう」

 

 その言葉を最後に光は青年を連れ去り、

 青年は、脅威が目を覚ます遙か未来へと転生した───。






***************






 何もない白の世界。


 そこには、質素でありながら荘厳な雰囲気を醸し出す、神殿のような建物があった。入り口にはそびえ立つ白亜の柱が4本。どの柱にも複雑な文様があしらわれている。

 建物の中にはどういうわけか、外観では確認することができなかったテラスがあり、その先には、どう考えても神殿には収まりきらないほどの優美な自然が広がっていた。

 木々にはたわわに実った果実、流れている川には美しい魚が泳いでおり、小鳥たちは賛美歌を歌うかのようにさえずっている。

 まるで理想郷のようなその場所の少し開けたところでは、不思議な色をした水晶がはめ込まれている───噴水のようなオブジェに向かい、膝をつき、手を胸の位置で組み、瞳を閉じて一心に祈る女性の姿があった。

 清廉な空気を感じさせるその場所では、周りの緩やかな時が漂うような、和やかな雰囲気とは違い張りつめた緊張感が場を支配していた───。

 突然、女性が何かに気づいたように目を開くと、次の瞬間にははめ込まれていた水晶が輝きを放っていた。

 小さな、されど力強い輝き。


 女性は目の前の水晶を一瞥(いちべつ)するとゆっくりと天を仰ぎ、美しい瞳を悲しげに歪めた。


「───運命が……また廻り始める」


 独白するかのようにそうつぶやくと、瞳を閉じ、再び祈るように手を組むのだった───。

 


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