1/6 襲撃×前夜
「お前らはまだ分かってないようだから説明してやる。」
アーサー達一行は、ミキトがバーナードの首を持ってくるまで二階の部屋で休むことにした。一人ずつに悪魔が侍女としてついている。
アーサーがこの屋敷を所有していると言っても、実のところ本人がこの屋敷を訪れたのは一度しかない。管理と言えるのは年に一度、部下を異変がないか調べに来させているくらいだ。なので、広い屋敷の構造なんて覚えていない。ましてや、悪魔達が手を加えているので尚更だ。
そこでアーサー達にはサタンが悪魔を監視兼、世話役として付かせたのだった。
「お願いします。私にはどうしても納得いかないのです。」
現在、アーサー達は一室に全員が集まって侍女悪魔達を下げさせている。
理由はもちろん、アーサーから先程の件、ミキトを条件付きで家臣にすると言ったことについての説明を受けるためだ。
「理由は大きく二つある。一つ目は、キルキス王国のためだ。」
「王国のため、ですか?」
騎士達は一様にして首を傾げた。
空間魔法を使った魔物のことであろうか。確かにあの魔物はからは絶大な力を感じた。そして、あの魔物がミキトの支配下にあることは確実だろう。
しかし、もしもあの魔物がキルキス王国を襲撃したとしても冒険者ギルドへ要請し、Sや特Sの冒険者を派遣してもらえば被害はそこまでは大きくはならない。冒険者の到着までは、王国騎士団でも耐え忍ぶことができる。
家臣にするなど、わざわざ爆弾を抱えるようなことはしなくても良いはずだ。
騎士達は総じて、ルキフェルと対峙したときに格上だが、決して倒せない敵ではないと感じていた。その結果、このような考えに至ったのだろう。
「あの時の魔物の種族は分かるか?」
「恐らく、悪魔ではないでしょうか。しかも下級悪魔などではなく、過去何回か召喚された記録がある上級の悪魔であると考えています。」
アーサーの問いに答えたこの騎士の読みはあながち間違っていない。しかし、神であるアーラ=マユから身体を分けられ造られたルキフェルは上級の悪魔よりももっと上位に位置する、いわば高位悪魔と分類した方が良いだろう。
「俺もそう考えた。では、あのサタンと呼ばれていた男はなんだと思う?」
「人間ではないのですか。」
「…まさか、」
「俺はルキフェルと呼ばれていたあの悪魔と同等の力を持つ悪魔であると、思っている。」
アーサーが言ったことで騎士達に驚きが広まった。
「それだけではない。ミキトを除く全ての者が悪魔だとも思っている。」
驚きが恐れに覆われ始めた。
あのような悪魔が何人も ー 軽く見かけただけでも二十は超える ー いるとなると、冒険者に要請をする間も無くキルキス王国は滅びてしまう。
こう思い至れば、当然そんなことは考え過ぎた、間違っていると思いたくなる。実際、上級悪魔が一度に大量に現れた記録などは何処にもない。大抵、一体だけで召喚される。一体だけでも制御が難しいのに、それ以上の召喚ともなると制御できたものではないからだ。
「そ、そんなことがあり得るのですか?」
「今までに事例は一切ない。それでも俺は自分の考えが合っていると思う。実は、俺は何度かミキトの従者達を斬ろうとした。だが、全員に見抜かれ目で制止させられた。」
騎士達の中でアーサーは頭一つ抜けた実力がある。バーナードの後釜として騎士団長に、という打診があった程だ。自分は騎士団に属していない上、次期公爵であるからとの理由で断ったが、キルキス王国内随一の手練れだ。
そんなアーサーが手を出せなかった、という事実は騎士達にとってどんな論よりも勝るものだった。
「分かっただろ。下手に断り、王国を攻められればキルキスは終わる。それよりは、味方につけて利用した方がいい。少なくとも、即刻の滅亡は避けられる。」
「その通りですな。その点で言えば賛成します。」
騎士達はここで初めてアーサーの考えに頷いた。
「このことは国王陛下や宰相、そして父上にはお伝えする。他の者には伝えないつもりだ。余計な面倒が増えるだけだからな。もちろん、お前らも他言無用だ。」
「「「はい。」」」
「もう一つの理由だが、あいつを殺せる可能性が高くなることだ。」
「やはり、復讐なのですね。…分かりました、こうなれば私達も」
今までアーサーは何度も復讐したい、と口にしていた。その度に近しい者達からは、無理だ、させてはなるまいと止められていた。先程もそうだ。
しかし、ここに来て初めて肯定された。
騎士達にも元々あった復讐心が、ミキト達の正体を聞いたことにより焚きつけられたのだろう。
アーサーにとっては狙い通りのことだった。
「バーナードに関しては良かったのですか?バーナードはアーサー様の、」
「良い。あれは俺の知ってるバーナードではない。バーナードは、俺の知ってるバーナードはあの迷宮で死んだ。ならば、あのバーナードの皮を被ったやつは即刻殺してやるのがバーナードへの手向けとなる。」
「それもそうですな。」
「他に何かあるやつはいるか?」
騎士達は一同に首を振った。
「あとは明日を待つだけだな。」
アーサーは扉の向こうへと目を向けた。
◆
「それで、屋敷へ向かわせたのはお前以外は全滅か。」
「数名捕縛されていますが、時期に殺されるでしょう。」
無精髭を蓄え、熊を彷彿とさせる巨躯をした男に仮面の男は答えた。
仮面にはニヤリと気味の悪い笑顔が浮かんでいる。
対して、無精髭の男の顔には獰猛な笑みが見てとれる。
「バーナード殿、どうしますか。」
無精髭の男はバーナード殿、と自らの名前を呼ばれると一つ大きな溜息をついた。
しかしすぐに元の、いや、元以上の獰猛な笑みを浮かべた。
「そろそろこの遊びも終わりか。案外と早いものだな。」
言葉とは裏腹に、バーナードの笑みは崩れていない。
「バーナード殿にしては諦めがいいですね。ケープの町を襲撃した時は私達の制止も聞かないで、勝手に侵攻していったのに。どうして今回ばかり諦めるようなことを言うのです?それに、えらく機嫌が良いようですし。」
「何でもない。ただ、新しい玩具が出来たと思うとうれしくてな。」
「新しい玩具ですか。」
「そうだ。今までのどの玩具よりも丈夫で、それでいて楽しく、遊び甲斐がある。下手をすると玩具に負かされる可能性もある。楽しいそうだとは思わないか、エルラド?」
仮面の男、エルラドは首を傾げる。バーナードが何を言っているのか、全く理解できていないのだ。
しかし、バーナードが意味の分からないことを突然言い出すのは、いつものことなので無難に、そうですねと言っておく。
「お前のトコの王様に教えても、きっと俺と同じことを言うぞ。」
王様と、首を傾げたエラルドにバーナードは、そうだと頷いた。
「バレていましたか。」
「当たり前だ。まぁ、この際気にしない。遊びはお終いだからな。せっかくだ、最後に一つ大きな花火を打ち上げてみるか?」
「また突拍子をないことをいきなり言い出す。。。で、今回は何ですか?」
正体がバレた今、エラルドはバーナードに対して喋りの遠慮がなくなり、思ったことをそのまま口に出すようになった。
「ただやられるんじゃあ、面白くない。ってことでだ、街に繰り出そう。そうだな、ここから一番近いのは、、バラレルだ。」
「バラレルですか。」
エラルドは溜息混じりに言葉を返す。
「そう嫌そうな顔をするな。あいつらの準備は出来ているんだろ?」
「もちろんですよ。貴方のお陰でね。」
"国盗り"の構成員たちはバーナードの何の脈絡もない突発的な性格を理解しているため、いつでも動ける用意はしてあるのだ。
「そうか、ならば今すぐにでも向かおうか。全員の転移にはどれくらいの時間が必要だ?」
「ここにいない者も考えると、、日の出までには。」
バーナードは立ち上がり、地面に深く突き刺さった大剣を抜いた。
そして勢いに任せ、今まで座っていた椅子を叩き斬ったのだった。
「行こうか。」
バラレルの街並みの向こう側から太陽が見え始めた。赤褐色の光が突き刺してくる。
バラレルとバルベルの樹林との境に設けられた大門には珍しく沢山の人だかりができていた。
その代わりに、常駐しているはずの兵士の姿はない。いくら早朝だと言っても、危険度の高いこの大門に兵士を置かない理由にはならないはずなのだが。。
群衆の中でも抜きん出た巨体が自らよりも巨大な剣を、今、門へと振り下ろした。