1/5 訪問者×侵入者
「俺はこの屋敷の現在の所有者だ。」
金髪碧眼の美青年、アーサー・サンライトはそう言い放った。
「王国からバラレル周辺で強大な魔法が行使された反応がある、って連絡が来たから念のためにと来てみれば、他人が勝手に住んでいる。しかも大人数でな。執事みたいなのもいるしな。お前他国の貴族か?」
やっぱ、オロバスから屋敷の説明をされたときフラグが立ってたんだよ!こうゆう風になるって!
「いや、貴族じゃない、です。」
「ならば商人か?」
「この方は我らが主であり、かっ、、むぐっ、」
「いや、ただの一般人です。幹斗です。」
余計な事を言いそうになるボティスの口を抑える。
「ただの一般人…?貴様、隠し立てするつもりか?」
「本当にただの一般人ですって。」
本当に昨日までは普通に高校に通う一般人でした!
「嘘はすぐバレるぞ。お前ら、屋敷へ入れ。そして隅から隅まで調べろ。」
いやこれ、リアルに本当なやつ!
てか、今屋敷を調べられたらマズイよ。。だって今、中でサタン達がサージ達''国盗り''の尋問をしているんだもの。
「ちょっ、待てよ!」
「ここは俺が所有しているんだぞ?貴様が何で口を挟む?
行け!」
アーサーの命令で騎士達は屋敷の中へと駆けていく。アーサーはその後ろから悠然と屋敷へ歩みを進める。
アーサーの言っていることは、ごもっともです。でも見られたら絶対にややこしくなるじゃん。
どうすればいい?どうすれば、乗り切れる?考えろ、
。。。。
そうだ!
「アスモデウス、ちょっと耳を貸して。」
「何でしょうか?」
アーサーに聴こえないよう声を絞り、囁く。
「悪魔の中で情報工作みたいなのが得意なのはいるか?」
「おります。」
「じゃあ、そいつに俺の身分を適当に作らせて置いてくれ。なるべく違和感のないやつな。出来れば明日、明後日くらいまででよろしく。
あともう一つなんだけど、多分その内、今の奴らが俺へ何かしてくるだろうけど一切介入しないでくれ。俺に考えがあるから。他の悪魔にもそう伝えておいてくれ。」
アスモデウスは承知しました、と礼をしてすぐに俺の命を実行するために悪魔を呼び出した。
「アガリアレプト、早急に主様の身分を確かなものに。」
「主様の命令なら喜んで。」
忍び装束を着た渋い感じのハンサムが、アスモデウスから説明を受けて森の中へと走り去っていく。
あの格好、逆に目立たないのかな?
「いや、それよりも俺も中へ入らないとな。」
俺がアガリアレプトの格好について思ったことを振り払い、気を取り直して屋敷へ入ろうとしたところ、ボティスから「ルキフェル様からです。」と耳打ちされた。
「使えるかもしれないから、そのままにしといて。」と返事をしておく。
俺が玄関に入ったタイミングで騎士の怒鳴り声が聞こえた。
「お前ら何をやっている!」
急いで声の元へと向かうと案の定、騎士は縛られているサージ達を見て驚愕していた。怒鳴り声を聞いてすぐに他の騎士やアーサーもやって来た。
「さて、これはどういうことだ?」
「サタン、説明お願い。」
俺から説明を促されたサタンが、流暢に言葉を並び立てて説明していく。もちろん、俺らがここにいた理由はぼやかしている。
「ー 何だと!こいつらはバーナードの仲間なのか!」
「そのようですよ。国賊バーナード率いる''国盗り''のメンバーです。」
バーナードの名前が出た段階で一人の騎士が驚愕の声をあげた。
「落ち着け、話が本当だとは決まってないだろう。精神魔法をかけているようだしな。」
アーサーは冷静に騎士を窘めた。
警戒心からかアーサーだけは冷静に状況を見渡し、話を鵜呑みにはしなかった。
「仮にその話が本当だったとしても、今は何の関係もない。正体を明かす気はまだないか?」
アーサーが俺へと向き直り、歩み寄ってくる。
「正体も何もないから。」
「そうか。」
そう言うと、アーサーは剣を抜いて俺の肩を突き刺した。
「いってぇぇ!!!」
実際はアーサーの初動から何まで反応できなかったので、気づいたら肩に細剣が刺さっていた。
俺は痛みで床へ倒れそうになったが、膝を着くだけで堪える。
「どうだ?話す気にはなったか?」
細剣についた血を払いながら問うアーサーに、俺は答えを返せない。
「痛みで答えられないか。こういうのに慣れてないんだな。」
やると思った。
悪魔達を見る限りではあるがこの世界は命の扱いが軽い。アーサーの言動から考えて一般的に軽いのだろう。命を落としやすい世界だからなのか何なのか。。
それはいいとして、こういう世界なら絶対俺にも命に関わることが起こる。殺されるにしても、殺すにしても。そういう時が来ると分かってはいたんだけど、俺はそれを考えないようにしていた。
ボティスがサージ達の腕を何度も斬り落として大人しくさせたこと、屋敷に先住していた''国盗り''のメンバーを悪魔達が掃除したこと、サタンが隙あらばすぐに処分したがること。悪魔達は俺が命じれば、命じなくても俺に危害を与えようとすれば問答無用で殺そうとする。そして殺せば、それは俺が殺したことと同じだ。
アーサーが屋敷に入る姿を見て、こうなる流れだな、と感じた。それは直感で、いろんな漫画やアニメの影響だろう。だが、俺はアスモデウスを通して悪魔に、何も手を出すなと言った。悪魔達は言われた通り動いていない。
このタイミングを逃せば、俺がこの世界とちゃんと向き合う機会がなくなってしまう。ずっと大事なこと、人を殺すことから目を逸らして生きていくことになっていただろう。
そして今、俺は痛みと、死と向き合っている。ちゃんと理解しなければならない、この世界では綺麗なままでは生きて行けない、日本にいた時のように明日を安全に迎えられる訳ではない、汚れなければ、家に帰れない、と。
ここでは今を生きること、自分が生きることが生物として大切なのだ。
俺は俺のために、殺す。
「サタン、止血だけしてくれ、、」
「かしこまりました。」
サタンから簡易に止血をしてもらう。血が止まるだけで痛みは依然として残っている。
「サタン、外にいる奴らを殲滅しよう。一人だけ残しておいて。」
「かしこまりました。」
「何の話をしている?」
怪訝な目で見つめるアーサーに、付いて来いと言って俺は祈りの間を出た。
「アーサー様、どうされますか?」
「いいだろう、もう少しだけ付き合ってやる。」
俺は玄関まで来たところで立ち止まった。後ろを確認するとアーサー達もちゃんと来ていた。
「今、屋敷の周りに二十人ほどの人がいるのはわかるだろ?」
「ああ、ここに着いた段階で気づいていた。貴様らの仕込みだと思ってたんだがな。」
もちろん、このことは俺が気づいた訳ではない。途中でルキフェルから連絡を受けたのだ。
「おそらく、''国盗り''のメンバーだろう。一人そっちに渡す。」
「そいつからバーナードの仲間だと言うことを聞けと?確かにそれなら信憑性は増すが…さっきから言っている通り、俺が第一に知りたいのは貴様の正体だ。」
「それはすぐに分かるよ。」
そう答えて、俺は外へ出た。
「ルキフェル、隠れている奴らをここに。」
俺は屋根の上で待機しているルキフェルへ向けて、命じる。
「かしこまりました。空間魔法''誘いの弓矢''」
六対の翼を広げ、ルキフェルは降りてくる。そのついでの様に放った矢は、樹林に隠れる相手を的確に射抜いた。
ルキフェルの着地とともに、''国盗り''のメンバー(仮)が目の前に現れた。
「申し訳ありません。一人逃しました。空間魔法の使い手です。」
「大丈夫だ。」
騎士達は山盛りに盛られた''国盗り''メンバーを見て顔を引きつらせていた。
「空間魔法の''誘いの弓矢''は、ポイントをあらかじめ指定し、矢を当てた相手をそのポイントへ強制的に転移させる魔法です。」
誰も何も言っていないのにサタンが勝手に説明を始めてたいたが、騎士達の耳には入っていなかった。
「何なんだ、、あの化け物は!」
「魔物とか言う生易しいレベルではないぞ!」
「魔力が、桁違いだ。。」
悪魔達は基本魔力を抑えている。俺が昨日、寝る前に「人間っぽく振る舞って欲しいな」と言った結果そうなった。
しかし、今のルキフェルは抑えを半分程度まで緩めている。さらに殺気も出ているため、常人なら発狂しそうなほどの威圧感だ。
騎士達はあたふたしているが、アーサーはいたって冷静だ。恐怖に青ざめてはいるようだが、その瞳にはある種の希望のようなものが映っていた。
「誰がいい?」
「手前の大剣を持ってるやつだ。」
「分かった、ルキフェル!」
ルキフェルが山盛りの''国盗り''のメンバーに向かって、手を振り上げた。
「空間魔法''裂空''」
ルキフェルは、アーサーが選んだ人を残して一掃した。
「うっ、」
スプラッタ系の映画とはまた違う、生々しい臭いを伴うグロさに吐き気を覚えた。しかし、しっかりと向き合うと決めた手前、目をそらすわけにはいかない。
口を抑えて、込み上げる吐き気を必死に堪える。
「どうぞ。」
「貴様は''国盗り''の構成員か?」
「そ、そうだ。いっ、命だけは、頼む。」
残された''国盗り''のメンバーは手足を拘束され、アーサーの前に放り投げられた。ルキフェルの威圧感に完全に萎縮してしまっている。
「バーナードが貴様らを率いているのか?」
「そ、それだけは…言えない。」
恐怖で押し潰されそうだといるのに、屋敷に拘束されている奴と同様にバーナードについては一切口を開かなかった。
「そうか。」
「ちょっ、待っ、頼むっ! ぐはっ」
アーサーは細剣で首を貫いた。
「言えないってことは、そういうことだろ。
それにしても、、そういうことか。はっはっは!」
突然アーサーは何かに憑かれた様に笑い出した。
急にどうした?壊れたか?
「たしか、ミキトとか言ったな。何が目的だ?」
どうやら、良い方向に進んだみたいだ。
「取引がしたい。」
「そうか、ならば、」
アーサーは血を払った細剣をそのまま俺に放った。細剣に少し弄ばれたが、何とか落とさずにキャッチ出来た。
「それで俺の肩を刺せ。
「はい?」
「アーサー様何を言っておられるのですか!」
どうしたんだ、こいつ?
部下の騎士さんも驚いてるよ。
俺の考えてたシナリオではルキフェルを見たアーサーが俺の正体に、いや、俺の持つ悪魔達の戦力に勘付いて出来るだけ敵対を避けるように動く。そして、俺が取引としてこの屋敷と、バーナードの首との交換を持ちかけるはずをするつもりだったのだけれども。。
「黙っていろ。さぁ、早くしろ、」
そう言ってアーサーは細剣の切っ先を自分の肩に置いた。
「あとは、刺すだけだ。やれ。」
「刺すだけだって、話が見えないんだけど、、」
「主様、失礼します。」
「へ?」
生々しい肉の感触が細剣を伝い、俺の手にやってきた。
サタンが俺の事を押したせいで、細剣がアーサーに刺さってしまったのだ。
「ぐっ、、あまり気に食わないが、まぁいい。」
アーサーは自分で細剣を抜き、止血をし始めた。
「サタン!?何してくれてんの?」
グロッキーな感触がまだ手に残っている。
「文字通り、背中を押させて頂いただけですよ。」
いや、いいんだけどね。確かに、目を背けない、受け入れるって決めたよ!決めたけどさ!さすがに今のはないと思うんだ。
「そんな目で見ないでください。ほら、止血が終わりそうですよ。」
アーサーへ目を向けると、サタンの言った通り止血が終わりそうだった。慣れているのだろう、手際のよさが尋常じゃない。
っていうか、俺はあんなに痛かったのに、何でそんな平然としていられるんだ?
「さっきは取引がしたいと言ったな。」
アーサーはそう切り出した。
「俺と貴様、ミキトはこうして刺し合い、血を流した仲だ。どうだろう?取引ではなく、協定を結ばないか?」
「協定?」
「ああ、そうだ。俺はミキトヘこの屋敷を譲渡する。その代わりに力を貸して欲しい。」
この提案に騎士から待ったがかかった。
「アーサー様、お待ち下さい!まさか、あの事をするおつもりですか?」
「ああ、そうだ。」
思ってもない流れだ。まさか、アーサーの方から提案してくるとは思わなかった。
力を貸して欲しい内容は気になるが、元々こっちはその気だったからな。
「サタンはこの協定について、どう思う?」
しかし、俺だけの考えでは不安なので、アーサーと騎士達とで言い争っている内にこっちでも話し合おう。
「私達は、主様に従うだけです。何を要求されても、全力でお答えします。しかし、一つだけ言わせていただくなら、相手に深く浸かってみるのもよろしいかと。」
思いっきりアーサーに乗るのも良い手、なのか。
そうだな、
「アーサー、俺はこの協定を受け入れる。」
「そうか!ならば、」
「なりません!」
「考えを改めて下さい!アーサー様が復讐したい気持ちは分かりました。私たちだってその気持ちは持っていました。ですが、この怪しい者達と手を組むのはやめて下さい!」
復讐?
「だったら、お前達はあいつを殺せるのか?無理だろう。あいつを殺せるのはキルキス王国にはいないだろ!」
アーサーの一言で騎士達は押し黙ってしまった。
なにやら因縁のありそうな話になってきたな。
「すまない、醜いものを見せてしまった。」
「大丈夫だよ。それよりも、確かに俺らは怪しく見えるだろうから、こうしない?俺を家臣にしない?」
部下にしたら怪しくも何ともないでしょ、という俺の考えだったんだけど、
「何を言っているのだ!公爵家の家臣になりたいだと!サンライト家へは、仕えたくても仕えることのできない者達が山程いる。家臣になるのは相応の能力や、家格が必要なのだぞ。ましてや、貴様らの様な怪しい者を家臣に取り立てる訳がなかろう!」
騎士さんはそうは思わないみたいだ。
「黙れ。ミキト、今のは本気か?」
しかし、アーサーには好感触な様だ。
「本気だよ。そうだな、家臣になる為に何か必要なら、バーナードの首を持ってこよう。どう?」
「願ってもないことだ。分かった、バーナードの首を持ってきたら俺の直属の家臣にしてやろう。」
この発言でまたしても騎士達からアーサーは言い寄られることになった。
「なるほど、お前達はまだ分かってない様だな。理由はあとで話してやる。
ミキト!バーナードの首はいつ手に入る?」
俺の代わりにサタンに答えてもらう。
「そうですね、明日の昼頃には。」
バーナードのような輩は夜に行動して、昼に休んでいることが多いそうだ。
「それまでは屋敷で待たせてもらうぞ。」
「どうぞ、ごゆっくりと。」