1/3 悪魔×バラレル
「ん〜取り敢えず、一回家に帰りたい。」
目覚めると当然のように部屋にいて、当然のように服を着せようとしてきたサタンが今日の予定の聞いてきた。
用意された服を自分で着替えながら返答する。
「それは出来ません。」
「えっ、なんで?」
主様の為に何でもやります、みたいなことを昨日は言っていたのに。
「現状、主様はあちらの世界へ行くことができません。」
「えっ?うそうそうそ。まじで?」
「マジでございます。」
まじか。てっきり自由に行き来できるもんだと思ってたのに。
寝起きでスローだった思考が一気に加速する。
家に戻れないってことは、学校とかどうすんの?出席日数足りなくなんじゃ。。そしたら卒業できなくね?
まてまて、それよりも友達とか母さん、父さんに会えないじゃん!俺、失踪扱い?母さんとかめっちゃ心配するやつやん!俺はここにいますよーーーー!
「どうしよ!どうしたらいい?」
「主様、落ち着いてください。私の肩を揺さぶるのをおやめ下さい。」
「あっ、ごめん。」
不安のあまり、無意識のうちにサタンな肩を掴んでいたようだ。
「主様、あちらの世界へ行くことが二度と出来ないわけではありません。私達には出来ないのです。」
私達には出来ない?
「宇宙を超えて移動することは魔法では出来ないのです。神力を使った"超越世界"だけが唯一移動を可能にしてくれます。」
「しんりょく?」
「はい。神力とは神々の力の源、エネルギーのことです。神と神に近しい者が持っています。」
神と神に近しい者。
…ちょっと待てよ、確か、、、
「俺って神?」
「その通りでございます。」
「でも、神力とか感じないんだけど…」
俺の左腕が疼く、ということもなければ力が溢れてくることもない。
「それは単なる感覚の鈍りかと。バルヘルム様が懸念事項として、神力が使えなくなることを上げておりました。主様がこの世界を去られて数千年。感覚の鈍りは予想の範囲内です。」
神様でも感覚が鈍るってあるんだね。
「神力を扱えるようになるまでは私どもの方でサポートが出来ます。しっかりと訓練すれば主様は元通り、意のままに神力を操れるでしょう。」
「ということは、俺の記憶が戻れば、」
「はい。主様の記憶が戻れば、"超越世界"を行使し、あちらの世界へ移動することが可能でしょう。」
ゔぉぉぉぉ!神でよがっだぁぁぁぁ!!!
自然とガッツポーズが出てしまった。
「本当に帰れるんだよな!」
「もちろんですとも。記憶さえ戻れば"超越世界"を行使できるでしょう。」
ぃよっしゃぁぁ!
。。。って、あれ?記憶ってどうやって戻すんだ?
「取り敢えず、いろいろ見て回ってはどうでしょうか?何か刺激を受けるのがよろしいかと。」
サタンの一言でこの世界での一つの目標が決まった。
記憶を取り戻す。
これが俺の目標だ。目標が決まれば後は動くのみ。
「よしっ、今日は街に行こう!」
まずは情報収集。そして、情報収集といえば街。
街に出れば何かイベントが起こるのが常だ。
「それならば、バラレルが宜しいかと。この辺りで一番大きい街です。」
屋敷は森の中に建てられている。バベル樹林地帯、通称バベルの森、と呼ばれるこの森は人間界でも有数の大きな樹林地帯である。
数多の魔物が住み着いているため、屋敷には魔物よけの魔法がかけられている。
なぜ元の持ち主だった公爵はこのような地に屋敷を建てたのだろうか。
朝食兼昼食を食べ終えると幹人は街へ転移魔法で出かけた。
付き添いはサタンとオロバス。サタンはこの世界で一般的な服装で、オロバスは魔法によりチェスのナイトのような首飾りに変化して幹人の首に下げられ、連れ立った。
「ここがバラレルです。」
煉瓦造、石造の背の低い建物が多く立ち並び、多くの人が行き交っている。
なんというか、ザ・中世みたいな世界だな。
「まずは、街を見て回るか。この世界の常識を知りたいし。」
前に読んだ本で、江戸時代にタイムスリップした主人公が曲者として殺されそうになる、という内容のものががあった。
中世っぽい世界だから、怪しかったらすぐに捕まりそう。
「なるほど。私共からお教えすることも出来るのですが、実際に見て回ることで記憶へ刺激も与えられる、ということなのですね。」
「うん、そうだよ。」
僕の考えをあっさり見抜くなんて、すごい。すごい。
「では、まずは市場へご案内します。」
大通りには大小様々な店が並んでいおり、肉の焼けるいい匂いが立ち込めていた。飲食店やで店などもあったのだが、人の入りは多いとは言えない。
「昼時なのに客入り悪いんだね。」
しかも、閉まっている店も所々見られる。
「この世界では、一般的に食事は朝晩の2回しかとりません。一部の貴族や、魔物討伐等を行う冒険者は3回以上食事をとったりしますが。」
「金銭面とかが理由?」
「それもございます。魔物の所為で物資の運搬の費用が高くつくことや、農耕地が荒らされるというのが原因ですね。」
「他には?」
「一般人はそこまで体力を使わない、ということもございます。」
そんなにエネルギーを使わないんだったら、昼食を抜いても平気だし、その分のお金が浮くってことか。
よく見ると食事をとっているのは、鎧を着てたり、全身ムキムキの人たちばっかりだ。
「そうだ!冒険者ってことはギルドとかあるよね。」
「ございます。市場からそれほど遠くありませんのでお連れ致しましょう。」
「よろしく。」
市場までは行き交う人々を見ながら歩いた。ローブを着た人や武装している人、野菜を入れた荷車を引いている人、ケモ耳の生えた人?など多くの人がいた。
あれが俗に言う獣人かな?
「到着いたしました。」
ようやく到着した市場はほとんどの品が売れてしまっていた。それもそうだろう。市場は朝がピークなのだから。
今回ここに来たのは、常識として知っておかねばならないと言うか、普通なら分かる"金銭感覚"を学ぶためだ。
この世界では貨幣が使われているそうだ。
低いものから順に青銅銭、銅貨、銀貨、金貨、白金貨。
青銅銭10枚分が銅貨。
銅貨10枚分が銀貨。
銀貨100枚分が金貨。
金貨1000枚分が白金貨。
市場で売っているキャベツが青銅銭2枚、人参が3本で青銅銭1枚、道中見かけた服屋でローブが銅貨4枚だった。
大まかに日本円で考えると、
青銅銭1枚が百円
銅貨1枚、千円
銀貨1枚、一万円
金貨1枚、百万円
白金貨1枚、一億円
ぐらいだろう。
試しにキャベツ一個を銅貨一枚で買ってみたが、別に驚かれはしなかったので、この考え方はあっているだろう。
「一般的な収入がどれくらいなのかは分からないけど、大体は日本と似た感じだね。」
「左様ですか。」
ちなみにキャベツを買ったお金はサタンが出してくれました。
「では、冒険者ギルドに向かわれますか?」
「そうだね。」
市場を抜けて、しばらく歩いた所にギルドはあった。
二階建ての大きな建物で一際目立つように作られている。
ギルドには扉が付いておらず、大きな入り口があるだけだ。
「おい、ニィちゃん達、入るならさっさと入ってくれ。」
外観をまじまじと見つめいてると後ろから声がかかった。
「あっ、すみません。」
「ニィちゃん達、ギルドは初めてか?俺が案内してやろう。」
男は俺とサタンの背中を押し、ギルドの中へと突っ込んだ。
サタンが俺への無礼な行いに憤慨しかけていたが、落ち着くよう指示したことで手は出さなかった。
「俺の名はバッカスだ。Aランクの冒険者をやっている。」
「Aランクですか。お強い。」
サタンが手のひらを返したようにバッカスに笑みを向けた。
「Aランクって凄そうですね。」
「何だ、ランクも知らないようだな、そっちのニィちゃんは。よしっ、初めから教えてやろう。受付に行くぞ。」
言われるがままバッカスに着いて行くき、広い構内を進む。
「バッカスさん、そちらのお二人は?」
受付のお姉さんが親しげにバッカスに喋りかける。
「こいつらは田舎から出て来たみたいなんだ。冒険者になりたそうにうじうじと入るのを躊躇ってたから連れてきたんだ。説明してやってくれ。」
あんたが説明してくれるんじゃないんかい!
田舎から出てきたわけでもないし、とんでもない勘違いをしてたんだな。
そっちの方が都合がいいから気にしないけど。
「分かりました。ではギルドについて説明しますね。」
「お願いします。」
「まずは冒険者という職業から。冒険者は魔物を討伐したり、迷宮や遺跡などの調査、薬草や魔物の外皮などの採取なんかをして、生計を立てている人のことを指します。
冒険者は仕事柄、頭まで筋肉のような人が多いのでよく報酬や、横取りとかのイザコザが多く発生するのです。
それを防ぐ為にギルドは造られました。さらにギルドでは、広く皆様から依頼を受けつけております。
冒険者の方は仕事に困らず、一般の方は困り事が解決。このようなシステムになっています。」
「ふーん、ゲームとかでよくあるやつだね。」
お姉さんの説明はさらに続いた。
内容的にはこんな感じ。
1.冒険者はF〜A、そしてS、特Sとランク分けされる。
上位ランクとなると、立入禁止区域に自由に入ること ができるなどの特権がある。
2.依頼も同様に分けられており、冒険者は自分の一つ上の ランクまでの依頼を受けることができる。
3.Bランクまではそれぞれのランクの依頼を一定数こなせば昇級できる。BからAに上がるには昇級試験を受ける必要
がある。S、特Sに上がるための明確な判断基準はなく、 相応の実力があると認められなければならない。
4.魔物はF〜A、S、SS、SSSにレート分けされている。
「冒険者登録なさいますか?」
「はい。」
ひと通りの説明を終えたお姉さんの問いに即答する。
冒険者になることは道中でサタンと相談し決めていた。冒険者になることのメリットが大きい。
とりあえずは、立入禁止区域を自由に歩けるAランクを目指そうと思う。
ルキフェルの転移魔法で入ることもできるんだけど、いちいちコソコソとしないといけないのはメンドくさい。
「そちらの方はどうなさいますか?」
「私はやめておきます。」
サタンの代わりに、後で何人かの悪魔に冒険者になってもらうつもりだ。
サタンが見積もってくれるだろう。
「分かりました。少々お待ち下さい。」
そう言ってお姉さんが奥へ引っ込んだ。
「へぇ、ニィちゃんは冒険者にならないのか。強そうなのに勿体無いな。実際強いだろ、ニィちゃん。」
「そんな事ありませんよ。」
「上手く気配を誤魔化しているようだが、ニィちゃんの目は深い色をしてる。殺すのに慣れているな。」
「バッカスさんほどではありませんよ。バッカスさんも実力的にはAランク以上でしょう。」
「……ハッハッハ、そうだな、俺には及ばないな。」
「もちろんですよ。」
俺にはわからない次元で話が進んでいく。両者笑っているが、バチバチと火花が散っているのが見える。
「こちらが冒険者カードになります。名前の記入をお願いします。」
「はい。」
(主様、こちらの世界の言語はお書きできるのですか?)
今まで空気だったオロバスが念話で指摘してきた。
危ない。漢字で書く気満々だった。
(すっかり忘れてた。どうしよう?)
(僭越ながら、私が主様の手を操る、というのはどうでしょうか。)
(それでお願い。名前って普通の人は苗字、家名がないのが当たり前? )
(そうですね。家名があるのは貴族階級ぐらいです。)
(じゃあ、ミキトでお願い。)
(承知しました。)
何かが右手に纏わり付いてくる感覚がする。右手は勝手にペンを取り、見たこともない言語を書き記していく。
「ありがとうございます。最後に名前の横に血を一滴垂らして下さい。」
血かぁ。
(私にお任せを。)
再び右手が動き出す。人差し指が親指にあたる。そして、常人のそれではない速さで爪先が親指の腹をなぞる。
(いっ、)
血が滲み出す。そこで右手の自由が戻った。
名前の横のスペースに親指を押し当てる。
「おめでとうございます。ミキトさんも冒険者の仲間入りですね。」
(水魔法"水の癒し")
オロバスはアフターケアもしっかりしている。
「これでミキトさんは冒険者であると保証されました。いろいろルールとかはありますが、簡潔に言うと、犯罪行為は駄目ですよ。」
あんまり難しいことを言っても理解できない冒険者が多いからなのだろう。
「改めまして、こんにちは!冒険者ギルド、キルキス王国バラレル支部へようこそ!冒険者ミキトさん!」
「ニィちゃんこれからだな。さっさとFランクから抜け出しな!」
サタンとの睨み合いをやめて、バッカスは俺背中を思いっきり叩く。
「痛っ、ありがとうございます、、」
「あっそうでした。ミキトさんに言い忘れていましたが、昨日、サンライト公爵様からギルドへ使いがいらっしゃいました。」
「キルキスを含めたこの辺り周辺を治めている公爵様のことです。」
サタン、ナイスフォロー。
「『昨夜、バラレル周辺にて大規模な魔法が展開された反応があった。召喚魔法の可能性が高い。注意せよ』との事でしたので、ご注意ください。」
、、、召喚魔法?、、、バラレル周辺?、、俺のことじゃね?