0/0 終わり×始まり
一月一日20時に一話、22時にもう一話の更新予定です。
荒廃した山林の中をソレは駆ける。本来、高位の存在であることを象徴するはずの白衣は黒に侵食され、破れた箇所からは赤黒い液体に塗られた肌が覗く。
木々を縫うように駆けるソレの前に二つの影が現れる。棍棒を持った醜悪な小鬼、ゴブリンだ。
「チッ、」
ソレは軽く舌打ちをし、己の神力を左手に込め手を払い、ゴブリンを滅す。
通常こんなことはあり得ない。魔物は自分より格上の相手には襲いかからない。自身を弱者と偽っているのなら別だが、現在ソレは自分が神という位にあることを微塵も隠していない。ましてや、相手は魔物の中でも最低クラスのゴブリン。そんなのが神に襲いかかるなど異常そのものだ。
ゴブリンは操られているのだ。そして、ソレはゴブリンを操っている者から逃げている。
逃げるソレに異形の魔物が次々に襲いかかる。ソレは次々に魔物たちを滅する。魔物自体は毛ほども強くない。倒すのに問題はない。かかる手間が問題だ。
ソレは逃げるためにこの世界から抜け出したい。そのためには神力を溜める必要がある。魔物を滅す度に神力が拡散するので大変煩わしい。しかも、滅すために速度を落とさなければならなく、徐々に追ってくる相手との差が縮まる。
「GUOOO!!」
ミノタウロスを彷彿とさせる巨体が立ち塞がる。いきなりの出現に一瞬立ち止まってしまった。すぐに自分のミスを悔い、巨体を消し去る。しかし、遅かった。巨体がいた場所には一人の青年が立っていた。
「ふぅ、やっと追いついた。」
青年は額の汗を拭う仕草をしながら戯けた表情でソレを見つめる。
「我が力を奪っておいて追いつくのが少々遅いのではないか。マオウよ。」
「いやぁ、思ったよりも扱いが難しくてね。魔力とは勝手が違うよ。おっと、力を溜めるのはナシだよ、マユ様。」
溜めていた神力がマオウによって拡散させられた。
「小賢しい術を使うな。魔力と神力を合わせるとは。」
「話で気を逸らそうとしても無駄だよ。"血夜叉"」
マオウはマユの話にはのらず、自らの血を撒き散らし夜叉を生み出した。夜叉は真っ直ぐマユへと向かう。
迎え討とうとマユは一歩踏み出そうとしたが、足が動かない。
「"土蜘蛛の糸"だよ。」
地面から伸びる薄茶色の糸がマユの足に絡まっていた。すぐに神力を足から放ち、糸を滅する。そのまま足に神力を纏い夜叉を蹴り飛ばす。
「"血龍葬槍"、"裏神槍"」
血が形造る朱殷色の大きな槍がマユの胸元へ狙いを定める。対して、マユは神力を球状にし赤槍を迎え撃つ。
赤槍は球へと直進し、その形を失っていく - かに見えた。しかし、球に吸い込まれる赤槍の代わりに白槍が球から飛び出したのだ。
白槍はマユの肩を貫いた。
「完全に不意を突いたはずだったのになぁ、残念。」
マオウは魔法の槍の中に神力で形造った槍を仕込んでいた。神力の球は魔法の槍は滅せても神力の槍は滅しきれなかった。
「さて、どんどん行こうか!"血鬼群槍"、''群神槍''、"群屍人"」
無数の槍と屍人達が現れ、それら全てがマユを殺そうとしている。神力波で一掃しようとしたがマオウの神力波に相殺された。こうなれば一つ一つ処理していかなければならない。迫り来る槍を滅していく。ランダムに飛んでくる神力の槍にも対応するためにより多くの神力を注いでいる。
滅しても滅しても次から次へと湧いてくる。次第に捌き切れなくなり、屍人が纏わり付き槍が体に傷をつけるようになった。
いくら神といえども神力は限りがある。ましてやソレの神力は持っていた''権能''とともにその多くを奪われている。マユの勝機はもう無いに等しい。
「もう大人しくしたら?もうこれコッチの勝ちでしょ。あきらめな。」
マオウの言葉に従うようにマユは抗うのをやめた。
「そうそうそれで良いんだよ。…っ!待てっ!」
マユは抗うのをやめて、神力を溜めていた。体に突き刺さる槍にも群がる屍人にも気に留めず溜める。
マオウはマユから力を奪ったことで自分の勝利を確信していた。だから、気づくのが遅れた。
「''神魔雷剛''、''陀羅尼''」
「もう遅いぞ、''界廊''」
神力と魔力が織りなす怒号も虚しく、マユはすでに消えていた。
「あぁ、やっちゃったよ!こんなことなら残った力は諦めてさっさと殺すべきだったぁ〜。陀羅尼ぐらい当たんなかったかなぁ。。。」
マオウはうなだれながら山林の奥へと消えて行った。
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「はぁ、はぁ、」
マユは漆黒の床に倒れこむ。
「貴殿が傷つくとは珍しい。しかも肉体が崩壊寸前ではないですか。よく見れば…神核も相当やられていますね。一体どうなされたのですか?」
マオウと似た雰囲気の優男がマユに近づいてきた。
「バルヘルムか… 悪いがお前とゆっくり言葉を交わす時間は我には残されていない。まずは、一方的に伝える。」
マユは身体を起こしバルヘルムに状況を伝える。話の切れ目、切れ目に覗く顔が受けたダメージの大きさを物語る。
「…なるほど、マオウがですか。…して、如何様に?」
「この世界にいればマオウが我を殺しにくるはずだ。我は一度この世界を離れ、神核を癒す。だが、その前に、、"神子産み"」
マユは自らの体の一部を使い四体の生命体を創り出した。
一体は、闇を象徴するような黒い髪の青年。
一体は、天使のような翼を六枚携えた麗しい少年。
一体は、口元をマスクで覆った少女。
一体は、燃えるような深紅のドレスの美女。
全員がマユへ跪く。
「悪魔ですか。」
「此奴らを置いて行く。マオウはすぐには動かない。彼奴が求めるのは享楽、これには人間界の発展が不可欠だ。人間の創生にはまだ時間がかかる、向こう一万年ほどは本気になっては動かない。
此奴らには我の召喚を行わせる。今の我では宇宙を超えるられるかどうか怪しい。おそらくは超えられるだろうが、代償が発生する可能性が高い。万が一の為の保険でもある。」
「他の神々への報告はどうなさいますか?」
「報告しても無駄だ。もはやマオウは我と同じ神力、気配を有しておる。視認しない限り我とマオウの区別はつかん。例え神々が確認しようとしても、マオウは自分の領域である魔界には神々を入れなかろう。他の神々よりも格が高い我の神力と権能を奪ったのだそれくらい容易い。」
「わかりました。」
マユは跪く神子達へ視線を落とし、一体ずつに自身に残っていた権能を与えた。
「名を与えよう。順にサタン、ルキフェル、ベルゼブブ、アスタロト。お前達は時が来たら私を召喚しろ。そして、どのような状況であれ我に従え。また、お前達に匹敵する悪魔を創れ。我は神核のみで別世界へ行く。残った体を使え。」
「「「「仰せのままに。主様。」」」」
悪魔達は深い敬愛の念をもって答える。
「では、我は行く。''超越世界''」
マユは体を残し、彼方へ消えていった。
バルヘルムと悪魔達は天井を仰ぐ。
一方で、マユの"超越世界"を隠れ蓑とし身体中に呪詛のようなものがびっしりと書かれた蛇が転移したのに気付いた者はいなかった。