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魔本物語  作者: 秋月瑛
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第1幕〜薔薇の記憶〜第4話「踊り子アズィーザ」

 セイとファティマは同じ部屋に案内された。つまり、セイは今晩ファティマと同じ部屋で寝ることになってしまったのだけれど、セイは女の子と同じ部屋で寝ることに少し緊張していた。だから言って部屋を分けて欲しいとは、ずうずうしい気がして結局セイは言えなかった。

 夕食をこの部屋で食べて、その後は特にすることがなかった。そのため自然とセイはファティマと会話をするのだが、セイは密室で二人きりにされることに緊張を感じた。

 セイがなにをしゃべろうかと考えていると、ファティマの方からセイに話しかけてきた。

「どお、この世界は気に入った?」

「わからないよ、まだ来たばかりだし。でも、疲れたってことはだけは言えると思う」

「疲れたって感想はないと思うよ、なんかつまんなそうに聞こえるぅ」

「だって、こんなに歩いたの何年ぶりだし、知らないものをいっぱい見たから疲れたんだよ。もう寝よう、つかれたから」

「つまんないのぉ」

 セイはファティマの声を無視してランプの火を消すとベッドの中に潜った。

 しばらくして、誰かがセイのベッドの中に潜り込んできた。

「ファティマ?」

「うん」

「うんじゃないよ、ベッド二つちゃんとあるんだから自分のところで寝なよ」

「別にいいじゃん、二つあるんだからどっちで寝ても」

「そういうことを言ってるんじゃないでしょ」

 セイがベッドから起きて隣のベッド移動しようとすると、ファティマも枕を持ってセイについてきた。

「ついて来ないでよ」

「ご主人様はボクのこと嫌いなの?」

「そういうことじゃなくて、君は女の子だから……その……」

「女の子だとご主人様は偏見するの? そーゆーのはよくないよぉ、世界に存在する全てのものは平等なんだから」

「この話はおしまい。ちょっとトイレ行ってくる」

 無理やり話を終わらせたセイは足早に部屋を出た。その時に人とばったりあってもいいように魔導書を入れたバッグもいちよう持って出た。

 廊下は数多くのランプで照らされていて明るかった。だが、ランプの明かりは蒼白くて、火でなくて別のものであった。静かな蒼い光は明る過ぎず夜にはちょうどいい明るさに思えた。

 部屋を出たついでに本当にトイレに行こうとセイは思ったが、トイレがどこにあるかわからず迷っているうちに聖堂の外に出てしまった。

 空を見上げると星々が騒がしく瞬いていた。こんなにたくさんの星が輝く夜空を見たのははじめてかもしれないとセイは静かに思った。

 空を眺めていると月らしきものもあった。それもセイのいた世界とぜんぜん変わらない月だった。セイはこの世界の月は二つあったり色が違うんじゃないかと思っていたので少し残念だった。

 夜の町を歩いてみるのもいいかもしれないと思い、セイはぶらぶらっと歩き出した。

 鈴蘭の花みたいなランプをつけた街灯が道路の脇で闇を照らし、それ以外にもあちらこちらで明かりが灯されて、この町の夜はとても明るかった。

 町を歩く人の中には顔を赤くして足取りの覚束ない人や、薄手の服を着た綺麗な女の人がいた。昼間とは歩いている人たちの雰囲気が違う。

 セイが首をいろんな方向に回して辺りを見ていると、後ろの方からセイは呼ばれたような気がして振り返った。

「おい、子供がこんな時間になにやってんだ?」

 顔を真っ赤にしたオジサンだった。顔は犬のようで全身がボサボサの毛に覆われている。獣人の中の犬人だ

「別に用はありません。ただ、町の中を散歩していただけです」

「こんな夜更けに子供一人でか……よく見ると上手そうな顔してるな」

 犬人は舌でベロリと唇を濡らして、突然セイの腕を掴んできた。

「離してください!」

「ちょうど腹が空いてたんだ」

「ま、まさか本当に僕を食べる気?」

 セイが脅えた声で聞くと、犬人は鋭い牙を覗かせながら笑った。

 本当に食べられると思ってセイが目をつぶった時、近くで凛とした女の人の声がした。

「この子嫌がってるじゃない、放しなさい!」

 セイが目を開けると、セイのことを掴んでいたモジャモジャの手が細くて綺麗な褐色の手に掴まれていた。その手から視線を上げていくと、ベールで顔を隠した女の人がいた。それは褐色の肌を薄手の衣装で隠したベリーダンサー風の女性だった。

 ダンサー風の女性はセイの腕から犬人の手を引き剥がし、そのまま犬人の腕を捻った。

「イタタタタ……」

 犬人は情けない声をあげて、女性に腕を放されると地面にしゃがみ込んだ。

「俺が悪かったよ、ちょっと小僧をからかっただけじゃないか」

「ふん、あんた子供をからかうなんて最低だね」

 相手を見下しながら女性が強い口調で言うと、犬人は怒ったようすで吼えて女性に飛びかかった。けれど、女性は踊りでも躍るように軽く犬人をあしらうと、艶かしい脚で犬人の股間に一発くらわした。

 もの凄い表情をした犬人は吼え回りながらぴょんぴょん飛び跳ね、女性に向かって叫んだ。

「覚えてろよ、今度会った時はおまえを食ってやる!」

「おう、いつでもアタシは相手してやるよ!」

「クソーッ!」

 犬人は股間を押さえながら去って行った。ああいうのを負け犬の遠吠えって言うんだと思う。

「大丈夫だったかい坊や?」

 両膝に手を付いて背を屈めた女性にそう言われてセイは取り敢えず頷いてみた。

「そりゃーよかった。お礼するつもりがあるんなら、今度アタシの踊りを見に来てちょうだいって言いたいとこだけど、相手が子供じゃねえ。じゃ、機会があったらまたね坊や」

 歩いて言ってしまおうとする女性の背中にセイは声をかけた。

「あの、名前は?」

「アタシの名前はアズィーザ。よい子はさっさと家帰って寝な」

 そう言って後ろを振り向いたアズィーザはセイに投げキッスをして消えてしまった。

 セイはその場で少し惚けてしまったけど、辺りに人だかりができていることに気づき、顔を真っ赤にしてこの場から逃げるように走り出した。

 あんなタイプの女性に会ったのははじめてだった。溌剌な精神としなやかな身体を持っている逞しい女性だった。また会えることをセイは心の中で誓った。

 そして、朝になったらあの人のことを探すことを決意し、いい忘れたお礼も言うことにした。

 セイが心を弾ませながら走っていると、すぐに聖堂の前まで来てしまった。

 夜の街の危険さが身に沁みてわかったセイは、今日は部屋に帰ることにした。

 部屋に戻るとファティマが寝ないでセイのことを待っていてくれていた。

「遅いから心配しちゃったよ、これから探しに行こうかと思ってたんだよぉ」

「ちょっと夜の街を散歩してたんだ」

 セイがニコニコしながら言うと、ファティマは顔を赤くして膨らませた。

「うっそ〜っ、ボクを置いて楽しいことしてきたの? 信じられないよぉ、ご主人様のイジワルぅ〜!」

「別にイジワルしたつもりはないんだけど……」

「いいもん、いいもん、心配して損しちゃった。もおボクは寝る、おやすみご主人様」

「怒らないでよ」

 声をかけたのに無視された。ファティマは返事もしないでセイに頭を向けている。セイはファティマをそんなに怒らせたつもりはなかった。

「怒らないでよ、別に楽しいことがあったわけじゃなし、犬男に襲われそうになって危険な目にだって遭ったんだよ」

「危険な目!?」

 ファティマが目を丸くして飛び起きた。

「ご主人様が危険な目に遭ったの? 駄目じゃん気をつけなきゃ。これからはいつもボクと一緒にいるんだよ」

「僕を子ども扱いしないでよ。ファティマだって子供だし、ファティマが僕を守ってくれるの? 昼間だって僕らが捕まった時、なんの抵抗もしないで掴まってたじゃないか」

「ボクから見ればご主人様なんて赤ちゃんだよ。ボクこう見えても千年以上生きてるんだから。それにいざとなったボク強いんだよ」

「あ、あ、あのさ、今千年って言ったよね?」

「うん、千年以上って言った。う〜んとねえ、だいたい一三〇〇歳くらいだったかなぁ? いっぱい年取ると数えるのがめんどくさくなるんだよねぇ。ご主人様も年取ってみるとわかるよ」

 セイはそんなに生きないから一生わからないと思う。だが、セイはファティマが千年以上も生きてることに心底驚いた。人は見た目によらないって言うけど、その言葉がぴったりだ。ファティマが嘘をついていなければの話だが。

 セイは手を叩いてさっきの女性のことを思い出した。

「明日になったらある女の人を探したいんだけどいいかな?」

「女の人? ま、まさか、もしかして早くも外に恋人を作ってきたとか?」

「違うよ、犬男に襲われたのを助けてもらったんだよ。お礼言うの忘れちゃったし、もう一度会えたらいいなと思って」

「ほお、もしかして恋?」

「違うよ。とにかく明日になったらその人を探しに行くから。おやすみ」

 セイは強引に話を治めてベッドに潜った。

 今日はいろいろなことがあった。あっちの世界にいたら一生出会えなかった出来事をセイは体験した。

 少し口元を緩めるセイ。そして、いろいろなことを考えているうちに、セイの意識は闇の中に落ちていった。

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