09:父親の背中
「カリーナさん、戻りましたー」
お店に戻った私は奥にいるカリーナさんを呼ぶ。
「無事に終わったみたいね」
奥の作業部屋からカリーナさんが出て来る。
「これが今日、採れた分です」
私とリリィは担いでる籠を下ろしてカリーナさんに見せる。
「思ったよりたくさんあるわね。初日にしては充分よ」
二人して頑張って採ったし。
頑張って尻尾で採ろうとしていたのは黙っておく。
「カリーナさん!ジャンヌ、凄いんですよ!」
リリィが飛び跳ねながら話始めた。
「何かあったの?」
「いやー、帰りにホーンベアと遭遇しちゃってジャンヌが一人で倒しちゃったんですよー」
「本当に?怪我とかは無いの?」
カリーナさんはかなり驚いていた。
「大丈夫ですよ!ズバッ!ザクッ、と、瞬殺でした!」
リリィが大袈裟に説明するので少し恥ずかしい。
もう少し落ち着いて説明して欲しい。
「カリーナさん、特に怪我とかは無いので大丈夫ですよ。明日、ギルドでホーンベアを解体と買取に持って行く予定ですが、残しておいた良い物とかありますか?」
「まぁ、無事なら良いんだけど……。ホーンベアなら胆嚢、肝臓が欲しいわ。二、三食分のお肉もあると良いわね。意外と美味しいのよ」
熊、美味しいんだ。
鹿や猪、兎は食べた事があるけど、熊は無い。
熊を狩るなんて命懸けだから狙って獲る人なんていないし。
「胆嚢と肝臓とお肉は引き取ってきますね。後、魔法を教えてもらう時にリリィと一緒は駄目ですか?」
リリィの魔法の事を忘れてた。
「別に良いんじゃない。二人共、仲良さげだし、パーティー組むんでしょ?」
「はい!」
リリィが嬉しそうに返事をする。
「もう一つ相談なんですけど、リリィに剣を教える事は出来ますか?」
リリィの実力に不安があるしね。
「剣は無理かな。私は弓と魔法がメインだから。ナイフぐらいは扱えるけど、一時凌ぎレベルだし」
難しいか。
「剣なら私よりジャンヌの方が良いんじゃないかしら?昨日の模擬戦を見た感じ、接近戦は私より強いし」
接近戦は私の方が強いと断言された。
暫く一緒だから頑張ろうか。
「私はかなり我流なのですが、私で大丈夫ですか?」
特に誰に習った訳でも無いから、そこは心配だ。
正規の訓練は受けてない農民だったからね。
さっきの戦闘は割と力任せだから微妙な所。
「リリィちゃんが良いなら問題無いと思うわ。冒険者なんて大概は我流よ」
みんな適当だ。
「リリィちゃんはどう?」
「ジャンヌと一緒なら大丈夫です!」
何か微妙に意味が違う気がする。
「まぁ、焦らず鍛錬しながらEランクを目指せば良いんじゃないかしら?魔物はFランクの弱いヤツから慣らせば良いわよ」
当分は体力作りに素振り、模擬戦、様子を見て魔物討伐かな?
「今日はこのぐらいにしておきましょう。もう遅いからリリィちゃんもウチに泊まって行きなさい。ブレンダには遅い時はウチに泊まるのはOK貰ってるから。夜は危ないからね」
街に入った時には日が沈み掛けていたのもあって外は真っ暗だ。
アングレナの治安は悪い方では無いらしいが女の子の夜の一人歩きは危ない。
リリィの家は街の北西部なので繁華街を抜けなければいけないから尚の事。
「良いんですか!有難う御座います!」
リリィ、凄く嬉しそうだなー。
「二人共、取り敢えずお風呂で身体洗ってきなさい。その間に晩御飯作るから。リリィちゃんは二階の広い部屋を使って。あの部屋に入る時は靴を脱いで入ってね」
「「はい」」
二階にリリィを案内する。
と言っても私自身、一昨日来たばかりだ。
二階は私が借りている部屋の他に同じ大きさの部屋が一つ、もう一つが今から案内する部屋だ。
その部屋は他の部屋と違って階段一段分、床が高くなっており、床には絨毯が敷いてあって部屋に入る時は靴を脱いで入らないといけない。
カリーナさんにこの部屋の事を聞くと、飲んだらそのまま転がって寝られるから楽じゃない、との事だった。
所謂、飲み部屋だそうだ。
靴を脱いで入ると言うのは初めての経験だった。
部屋に外の汚れが入って来ないから掃除が楽らしい。
カリーナさんの故郷では家に入る時に靴を脱ぐのが普通だとか。
ざっとカリーナさんから聞いた説明をそのままリリィに説明して、私は部屋から着替えを取ってお風呂場へ向かう。
湯船の魔石に触れ、お湯を張る。
お湯を張っている間に身体を洗う事にする。
私の後にリリィが入るので手早く済まそう。
頭用の液体石鹸、シャンプーを泡立てて髪を洗う。
目に入ると染みるが石鹸よりよく汚れが落ちる。
髪と一緒に角もしっかり洗う。
角の手入れの仕方はさっぱり分からないので汚れだけはしっかり落とす様にしている。
髪に艶を与えるリンスもする。
ついでに角にも。
頭を洗い流した所で脱衣所に誰かがいるのに気付いた。
多分、リリィだ。
先程、一緒にお風呂に入ると言っていたから。
「ジャンヌ、入るよー」
後ろを振り返るとリリィがお風呂場に入ってきた。
リリィのある部分を見て悔しい気持ちになった。
遺伝だと言うのだろうか?
年齢に不相応な二つの塊だ。
同い年だと言うのに不公平である。
前世ではお世辞にも大きくなかったので絶望しかない。
「ジャンヌ、どうしたの?」
リリィの胸を見て、打ち拉がれている私に首を傾げる。
「ううん、何にも無いです。すぐに身体を洗うので少し待って下さい」
「折角だから背中、洗いっこしよう!ジャンヌの背中は私が洗うね」
「え⁉︎自分でやりますから……」
「気にしない、気にしない」
リリィは手持ちのタオルを石鹸で泡立てる。
抵抗しても無駄そうたがら諦める事にする。
リリィが泡立てたタオルで背中と翼を拭いていく。
「翼って、普段どうやって洗ってるのー?」
「手が届かないからお湯で流すだけです」
翼とかどうやって洗うんだろう?
手が届かないからお湯で流すしか出来ないし。
「うん、そっかー。じゃあ、私がしっかり洗ってあげるね」
私の翼がゴシゴシと洗われていく。
他の人に身体を洗われるのは何処かむず痒い。
「次はリリィの背中ですね」
私の背中と翼が終わると場所を交代して、私がリリィの背中を流す。
先に身体を洗い終わった私は湯船にゆったり浸かる。
「ふぅ……お風呂は気持ち良いです」
お風呂に入ると身体の疲れが抜けていく感じが好き。
「リリィは何で冒険者になろうと思ったの?」
地味に気になっていたのでこの際に聞いてみる。
「うーん、お父さんに憧れてかなー」
「お父さん、冒険者なんですね」
「今は辞めてギルドで働いているけどねー」
ブレンダさんと同じだ。
「獲物を討伐して帰ってくる姿が凄くカッコ良かったんだよ。将来はお父さんみたいな強くてカッコ良い冒険者になりたいと思ったんだー」
お父さんの背中を見てきたんだ。
気持ちは少し分かるかも。
私のお父さんは普通の農民だったけど、私もお父さんの逞ましい背中は好きだから。
「明日から頑張らないとですね」
「うん」
明日はギルドで午前中はギルドに行くので昼からは鍛錬にしよう。
リリィをちゃんと戦える様にしないと危ないし。
「それにしてもジャンヌの尻尾は立派だよねー。触ってみても良い?」
私の尻尾って、そんなに良くは無いと思う。
犬みたいなモフモフな尻尾だったら自慢したいけど。
「別に良いですけど、そんなに大した物じゃないですよ?」
そう言って湯船から尻尾を出す。
「スベスベだねー」
リリィが嬉しそうに私の尻尾を撫でる。
人に尻尾を撫でられるのは結構、くすぐったい。
「リリィは私みたいなのは怖くないですか?」
自分の容姿はやはり気になる。
「私はずっとこの街に住んでるから角や、翼、尻尾が生えていたからって、気にはならないかなー。見た目で言えばオークやリザードマンの人達の方が怖いし。寧ろジャンヌは可愛いーよー」
顔がほんのり熱くなり少しお湯の中に顔を沈める。
「でもカラルは亜人の天国だからかも。この大陸自体、割と亜人の扱いは良いけど、東の大陸はかなり亜人差別があるから大変って、聞いたよー」
「そうなんですか……」
何処に行っても差別があると思うと悲しくなる。
カラル自体は亜人の国なのもあって周辺国は外交上、亜人を差別し難いらしい。
カラルは大陸で二番目に大きい国で大陸な中心に位置しているので地勢的な影響もある様だ。
一番大きいのはカラルと大陸一と言われるオーゼン帝国との同盟関係だ。
大陸の一、二の大国の力に他の国が追従するしか無い。
「この国にいる分にはまず大丈夫だよ」
他の国もいつか周ってみたいと思っていたけど、少し不安になる。
暫くはここでゆっくり生活するのも悪くないのかな。
「リリィ、有難う。何かこのままだと上気せそうだから先に上がるね」
「うん。私はもうちょっと入ってから上がるよー」
リリィと話し込んでいたら思いの外、長湯をしてしまったから先に上がる事にした。
長く入るのは少ししんどいかも。
身体をさっと拭いて寝巻きを着る。
この街の服屋さんは亜人が多いから翼を通す加工や尻尾を出す加工を普通にしてくれるのだ。
私の寝巻きも翼と尻尾がちゃんと出る様になっている。
寝巻きを買った時におまけで尻尾用のリボンをサービスしてもらった。
尻尾にリボンを付けるのが流行りらしい。
街中でリボンを付けて歩くのは恥ずかしいのと、直ぐに汚れそうなので日中は付けていない。
寝巻きの時は見る人もいないので付けている。
本当は昨日、カリーナさんから折角貰ったのに可愛いんだから家の中ぐらいは付けないと勿体無い、と言われたから。
でも尻尾のリボンが可愛いのは否定出来ない。
未知のお洒落も楽しいと思った。
楽しいと思える事が増えている事に安堵と生活への期待に胸が膨らんでいく。