30:学院生活の始まり
昨日はカティと再会して、この世界へ来て一番嬉しかった。
カティの方が早くこっちの世界に来ていたのには驚いたけど、昔みたいに元気でちょっとお転婆な感じが懐かしい。
懐かしくてつい話が盛り上がり、カティは結局、私達の部屋に泊まっていった。
カティは小さい頃、寂しくてよく私のベッドへ潜り込んで来て寝かし付けていたが、久しぶりだからか夜中にこそっと私のベッドに潜り込んで来た。
私もカティと一緒なのは嫌では無かったので、そのまま一緒に寝た。
静かな寝息を立てながら眠るカティの姿に安心感を覚えた。
私が処刑されてからの家族がどうなったかは気になっていた。
カリーナさんは歴史として私の事を知っているだけなので詳しくは知らない。
そこはカティから聞くしか無いだろう。
でもあの処刑の後も私の無実を信じていてくれたのは凄く嬉しかった。
ただ少し罪悪感を覚えた。
カティは私を探して八百年もこの世界を放浪したと言うのだ。
そんな途方も無く長い時を私の為に使わせたのは非常に心が痛い。
昔から私にべったり引っ付いていた子だったので寂しい思いをさせただろう。
ある意味、カティの方が私より辛い。
私は炎に焼かれてこの世界へ来た。
でもカティは違う。
いるかどうか分からない私の事を人の生では考えられない程、途方の無い時間を私の為に使わせてしまった。
魔族の寿命は分からないけど、それは非常に厳しい苦行なのでは無いのでは無かろうか?
転生した先の人生まで私に縛ってしまい非常に申し訳ない気持ちが一杯だ。
可能な限りカティとは一緒にいてあげたいと思った。
今日から学院での授業が始まる。
学校への登校は学院敷地内にある寮からなので大した手間では無い。
登校はリリィ、ミーシャ、カティに私を含めた四人で仲良く行く形だ。
こう言う経験が無いので新鮮で楽しい。
今日は魔法基礎の授業でメアリー先生が教壇に立っていた。
「ここに来るから皆、魔法の事についてはある程度知っていると思うけど、基礎は大切だから知っているからと言って寝たりしない様に」
メアリー先生はそう前置きをして魔法について講義を始めた。
内容はカリーナさんから説明してもらった事と概ね同じ内容だった。
そう考えるとカリーナさんは博識だなと思った。
クラスメイトを見ると事前に勉強知っている人がほとんどな感じの様子だ。
あんまり興味無さそうに聞いている人が多い。
でも所々カリーナさんが言っていた事と違う事があった。
一つ目は代替魔法に関してだ。
メアリー先生の説明だと魔石や生贄による魔力補給方法しか無かった。
カリーナさんは大気中に漂う魔力を使うやり方を教えてくれた。
その事についてメアリー先生が一切触れなかったのだ。
二つ目は魔法の前に唱える詠唱についてだ。
カリーナさんは魔法の詠唱については全く説明をしていなかった。
試験が終わった後、詠唱について帰ってきた答えがなんともあれだった。
『詠唱?あんなの唱えている暇なんか戦闘中に無いわよ。冒険者なら当たり前でしょ』
と、バッサリいらないと言わんばかりに言い切っていた。
これにはエルクさんやリューディアさんも頷いていた。
私達に説明しなかった理由は何となく分かった。
だが無詠唱の魔法はそこまで一般的では無いらしい。
宮廷魔術師をやっているリューディアさんはカラルの宮廷魔術師にも詠唱を唱える人がかなりいるそうだ。
メアリー先生の説明にあったが、詠唱を事前に挟む事により、魔法のイメージを強固にする効果がある様だ。
カリーナさんに言わせれば詠唱しなければ魔法をしっかりとイメージが出来ない未熟者だそうだ。
実戦想定で考えられているカリーナさんの魔法の講義とメアリー先生の研究者的な目線の講義では戦闘を前提に考えている私には少し合わない所がある様に感じた。
講義は休憩を二回挟んで午前中の授業は魔法の説明だけで終わった。
終わる頃にはちょうどお昼の時間だった。
リリィと合流し、食堂へと向かう。
実は食堂でお昼ご飯を食べるのは初めてだ。
昨日は午前中だけで終わり、部屋でサリさんが作ってくれた料理を堪能したからだ。
入り口にあるトレイを持って厨房のカウンターで注文して各自、適当に席に座って食べる感じだ。
パッと見た感じ、四種類のメニューから選ぶ形の様だ。
一つは量が多めの騎士科の体力を使う人用の定食、次に普通の量の魚がメインになった定食とお肉がメインの定食だ。
そして女子向けに野菜が中心のヘルシーで少し量が控えめなランチプレートだ。
貴族やお金持ちの生徒は食堂のメニューが気に入らない場合は寮で自分の使用人に作らせて食べる人もいるらしい。
私達はこれで充分なので気にしない。
夜はサリさんが出番が無いと寂しがるので部屋で食べる様にしている。
実はサリさんは侍女なのに料理が凄く上手なのだ。
なので朝夕は部屋、昼は食堂と言う事にしている。
私は初日なので無難にお肉がメインの定食にした。
本当は量がガッツリある定食が気になったけど、女子で頼んでいる人があんまりいなさそうなので今日はやめておいた。
ちょうど四人分の席が空いている場所があったので、その席に着く。
リリィは私と一緒のメニューにした様だ。
ミーシャは女子力高めでヘルシーなランチプレートにしていた。
周りを見ていると女子は割とランチプレートを頼んでいる人が多かった。
意外だったのがカティがガッツリ系の定食を頼んでいた事だ。
「カティ、それにしたんですか?」
カティはお肉を頬張りながら不思議そうな顔している。
「うん。凄く美味しそうだったから。折角、食べ放題だから食べないと損だし」
にこやかに言うカティの気持ちは分からなくもない。
以前は冬になる度に食料の心配をしなければならなかった。
決して貧しい訳では無いけど、雪が降る地域の農民は冬を越すのは大変でお腹一杯食べる事が出来ないのは珍しくなかった。
そう言う意味では今の環境は非常に恵まれている。
私も本当はそっちにしたかった。
女子としては最初に大食らいのイメージは嫌だったのだ。
「一口食べる?」
優しいカティは私の視線がチラチラとカティの定食のお肉に行っていた事に気付いたらしい。
まぁ、カティは私がお肉が好きな事をよく知っているのは当然で分かりやすいとも言える。
「お言葉に甘えて」
カティから一口貰う。
濃い目の味付けだけどお肉もしっかりしていて負けないので良い感じだ。
私もカティに一口お裾分けする。
こっちも美味しい様でカティは満足気に笑みを浮かべている。
「そっちも美味しいね」
私とカティのそんなやり取りに何処か恨めしい視線を不意に感じた。
「私だってお肉をたくさん食べたいのに……」
そう呟きながらヘルシーなランチプレートの野菜を食べるミーシャ。
「それならあっちの大盛の定食ではなくても私やリリィと同じ定食にすれば良かったのでは?」
私の定食は極々普通の量の焼いたお肉をメインの定食なのでそんなに悪目立ちはしないと思う。
「いえ、貴族の女子は大体ランチプレートを選ぶので大食いのイメージは避けたいのです……」
ミーシャはぐっと堪える様にお肉を見つめる。
この定食で大食いは無いと思うけど……。
「このぐらい食べないと体を動かしたらお腹空いちゃうよー」
リリィの言う通り、体を動かす時はその量では足りない。
寧ろ途中でお腹が空いて力が出なくなりそう。
冒険者をやっている女性はよく食べる。
ギルドで食事をしているのを見ていてもカティが食べている大盛の定食をぺろりと平らげる人は珍しくない。
「貴族の女子にとっては致命的なんですよ」
確かに大食らいのご令嬢は無いかも。
「でもお腹が空くよりしっかり食べた方が良いですよ」
私はふと目に入った大盛定食のトレイを持っている人を指す。
「入学式で代表挨拶していた人だってカティと同じ定食を食べているんだから大丈夫です」
私の指す方向を見たミーシャが固まった。
何かあったのだろうか?
ミーシャ以外は固まっているミーシャに首を傾げる。
少し鈍い音が聞こえてきそうな感じで顔をこちらに向ける。
動きが少しホラー人形っぽくて怖いと思った。
ふとその女性の周りにいる人達の会話が耳に入った。
「流石にそれを頼むの如何な物かと……」
何処か呆れて窘める様に言う周りの女子その一。
「自らのイメージを大切になさって下さい」
「あら良いじゃない。折角、美味しそうなランチがあるのに食べないのは勿体無いわ」
周りの人の声など気にせずに言う、当の本人。
「大食いのイメージが付いたら困ります」
「もう少し淑女としてですね……」
中心の女子は懇々と周りから頼んだメニューに注意されている。
本人は何処吹く風と言わんばかりに席を探している。
あの雰囲気だと結構、位の高い貴族のご令嬢なんだと思う。
周りの女子も含めて。
彼女が席を見回しているとふと視線が合った気がした。
気のせいかと思ったがじっとこっちを見ている。
ミーシャがそれに気付いて体を小さくして向こうから見えにくい様にしていた。
知り合いなのだろうか?
向こうは私達の横に席が空いているのを見てこっちに向かって歩いてきた。
ミーシャは何処か諦めたかの様な顔をしている。
「こちらよろしいですか?」
彼女は丁寧に私達に隣に座っていいか聞いてきた。
共用の食堂だからそんなに気にする必要は無いと思うけど。
「えぇ、どうぞ」
「それでは失礼します」
彼女はそう言って静かに腰を下ろす。
その仕草は何処か優雅で気品がある。
入学式の時も見たけど、綺麗な輝く銀の髪は少し羨ましい感じがする。
獣人らしい狼の耳も愛らしく少し羨ましい。
私の厳つい角に比べるとあっちの方が良かった。
「ミーシャ、私を見て目を逸らすなんてつれないですね」
彼女はミーシャと知り合いの様だ。
「ミーシャ、知り合いなんですか?」
私がミーシャに質問するとミーシャと彼女の周囲の女子が驚いた様な顔で私を見た。




