03:新たな世界
目を覚ますと目の前に湖が広がっていた。
周囲を見見回すと湖を囲う様に木々が生い茂る。
「ここが……ヴァース……?」
新たな世界に来たのを確かめるかの様に呟きが漏れる。
ここが新たな人生を送る世界、ヴァース。
ふともう一度周囲を見回す。
「……街はどっちにあるんだろう……?」
アルスメリア様はアングレナと言う都市の近くに転送すると言っていたが、どっちに向かったら良いかさっぱり分からない。
見回しても目の前の湖とそれを囲む森しか分からない。
新しい人生が始まって即、森で迷子とか悲しくなる。
どうしようか思案する。
…………。
中指に嵌めた収納の指輪を見る。
そう言えば生活に必要な物も入れてあると言っていたが何があるんだろう?
指輪に収納されている物を取り出して目の前に広げてみる。
ーーー授かった剣と槍、お金の入った麻袋、干し肉やパン等の食料、水、野営用の毛布、用途不明の石ころーーーそして下着が数着。
それも何故か機能性より見た目重視の派手な物ばかり。
アルスメリア様の趣味だろうか?。
あるのは嬉しいが、何処まで喜んて良いのか分からない。
取り敢えず、一週間ぐらいは野宿が出来そうだ。
地図とかあれば良いな、と思ったが入ってはいなかった。
拳大の大きさの石ころ6個程入っていたが、これは何だろうか?
火打ち石では無さそうだし使い道が今一、思い付かない。
何に使えば良いか分からないが、必要な物を入れた、と言っていたから今は収納にしまっておこう。
特段、荷物が重いわけでもないし。
この指輪の収納は便利だ。
どのぐらい入るかは不明だが、嵩張らないし、重くない。
剣は腰のベルトに取り付けて、残りの物を収納する。
近くの木を背にして座り込み、空を仰ぐ。
今までの人生。
今からの人生。
二つの事を胸に思いに耽る。
「!?」
森の方から何かしらの気配を察知する。
敵意は感じない。
元々こう言うのが分かる様だったわけではなく、戦いを経験する内に気配には敏感になった。
気配は徐々にこちらに近づいて来る。
野性動物か?
静かにすぐ動ける体勢にする。
ーーーカサカサ
森から出て来たの背が高い銀髪の女性だった。
耳は人より長く、弓を持っており、狩人の様な風貌だ。
銀髪の女性と目が合った。
「あら、こんな森の奥で何をしているの?」
少し警戒しているのだろうか?
「……森を進んでいたら迷ってしまって…………」
無難な答えを返す。
迷っていると言うのが正しいかは置いておいて、ここがどこか分からないのは事実。
「またとんでもない迷子ね。あなた、どこに向かってたの?」
彼女は笑いながら私に問い掛けた。
「アングレナです」
私は素直に答えた。
「アングレナね。もし良かったら街まで一緒に行かない?私、街で薬師をしてるの」
薬師と言う事は森に薬草を取りに来ていたのだろう。
正直、私だけでは森から抜けれないので彼女の提案に乗る事にした。
「お願いしても良いですか?正直、どちらに行ったら良いか分からなくなっていたので………」
「うん。良いわよ。私はカリーナ。よろしくね」
「ジャンヌです。よろしくお願いします」
**********
「カリーナさん、さっきとんでもない迷子と言いましたが私、何か変でした?」
先程の彼女の言葉に少し引っ掛かったのだ。
「変、と言うわけではないんだけど、珍しいと思ったのよ。あなた魔皇族でしょ?」
「!?」
自分の姿形を思い出しハッ、となり、少し俯いた。
「その顔を見ると……当たりみたいね。私自身、魔皇族を見るのは初めてだけど特徴は有名なのよ。極北を収める魔王が魔皇族だし、お伽話に出て来る魔王もそうだし」
足を止め、身体が震えた。
魔王。
その言葉に異端の魔女と呼ばれ、火に包まれる自分の映像が頭に過る。
やはりこちらの世界でも迫害されるかもしれない。
そう思うだけで身が硬くなる。
「ちょっと!ジャンヌ、大丈夫?顔色が悪いわよ!」
心配そうな顔で私を見るカリーナさん。
「極北の魔王もお伽話の魔王も悪者じゃないわよ。寧ろ、英雄かな」
魔王が英雄?
その言葉を聞いて震えが収まる。
「悪い魔王もいないわけではないんだけど、魔皇族自体を悪く思っている人は少ないと思うわ。まぁ、私もエルフだから迫害や差別が怖いのは分かるわ」
やはり違う種族に対する迫害や差別は存在するようだ。
魔皇族のイメージが悪くないと聞けた事に安堵した。
「だからアングレナにいるんだけどね。この国は奴隷は禁止されているし、王様自身が希少種族だから種族差別は厳罰だし、私達みたいな所謂、亜人種には住みやすいのよ」
だからアルスメリア様はここに転送したのか。
「ジャンヌはアングレナで何をするの?格好を見る感じだと冒険者っぽいけど」
「具体的に何がやりたい、と言う物はありませんが、手持ちが少しあるので街を見ながらゆっくり考えたいと思ってます」
この世界に来て右も左も分からないので、何をしたいか全く思い付かない。
「あの…………冒険者とは何ですか?」
私の質問にカリーナさんは少し驚いた様な、困った様な表情を浮かべる。
「あなた結構、世間知らずなのね…………。冒険者はね、旅をしながら、或いは街を拠点にしながら活動する何でも屋かな。魔物を倒したり、薬草や鉱石を採ったり、護衛をしたり色々ね。私も薬師をやっている関係上、冒険者も兼業しているわ。お店で使わない素材を売ったり、他の街に行く時にも便利だから」
冒険者には冒険者組合ー所謂ギルドが存在し、そこに登録をして活動を行うらしい。
ギルドから発行されるカードがそのまま他の街に入る時の身分証になるので便利なようだ。
「腰に剣を差しているけど、剣は使えるの?」
「はい。多少は」
右手に槍、左手に剣を持ち戦場を駆け回った。
剣のみでも普通の兵士には遅れを取らない自負はあった。
「ねぇ、もし街で宛がないなら私のお店で働かない?」
「……はい?」
唐突なお誘いに変な返事をしてしまった。
行く宛は無いのだが初めて会った人にそこまでしてもらうのも気が引ける。
話をしている感じ、カリーナさんが悪い人には思えない。
「何故、見ず知らずの私にそこまで気を掛けてくれるのですか?」
「まぁ……正直に言えば打算が無いと言うわけではないわ。魔皇族なんて希少種族の中でもトップクラスに希少だから、希少種族保護を謳っている国の偉い人と繋がりが出来るかなー、と思ったのよ。お店をやっている以上、国の偉い人と繋がりがあるは何かと良いしね。ジャンヌにしても右も左も分からない街で一人でやるよりは良いと思うのよ」
カリーナさんの言う通り、一人でいるのには不安がある。
全く知らない世界、常識も何もかも違う。
さっかは多少、剣は使えるとは言ったが、今の身体でどのぐらい動かせるのかは全く分からない。
国の偉い人とかは面倒な感じはしなくは無いが、住む所も仕事も無い身としては非常に有難い話だ。
「幾ら手持ちのお金があっても長くは続かないわ。私と一緒なら薬草を取りに行くついでにギルドの依頼をやればお金も稼げるし、分からない事も教えて上げれるわ」
…………どうしようか?
来る時に貰ったお金には限りがあるし、すぐにやる事が見つかると限らない。
「一番気に掛けた理由わね、精霊があなたに凄く懐いているのよ」
精霊とは火、水、風、土、光、闇は、世界の六元素を司る魔力生命体。
精霊は自然の中に当たり前に存在し、世の理となる歯車となり世に恩恵を与える。
一説によると創生の神、ヴァースが生み出した存在ともされている。
アルスメリアさんの名前が出て来なかった事は気になったが、追い追い聞いてみよう。
エルフのカリーナさんは精霊に愛されている種族らしく精霊を感じる事が出来る。
私の周りにいる精霊が楽しそうにしているのが分かるそうだ。
「精霊が懐く人に悪い人はいないわ」
その言葉に私は安心を覚えた。
「カリーナさん、落ち着くまでお邪魔して良いですか?」
私はカリーナさんの厄介になる事に決めた。
余り長居するのは迷惑なので、衣食住が自分で出来るまでにしよう。
「えぇ、大丈夫よ。暫くしたら森を抜けるわ。今日中にはアングレナに入れるから」
森を抜ければアングレナ。
新たな世界の街に少し心を躍らせる。