22:モートス侯爵家
エルクさんに促されて進んで屋敷へ入るとその豪華さに圧倒された。
エントランスあ三階まで吹き抜けになっており、天井にはこれでもかと大きいシャンデリア、床には赤い絨毯が敷かれ、高価な彫像や絵画がバランスよく配置され、一歩間違えば宮殿と錯覚しそうだ。
荷物は使用人の方に預けて皆さんが集まっている食堂へと案内される。
そこにはエルフの男性が一人とエルフの女性三人が座っており、何人かの使用人方もいた。
私達は向かいの席に着く。
「まずは自己紹介からしましょうか。お客人には分からないと思いますので。私はこの国で宰相を務め、モートス侯爵家の当主であるエルク・モートスです。先程はお見苦しい所をお見せしました」
そう良いながらエルクさんは苦笑した。
「私はエルクの妻のビアンカ・モートスよ。よろしくね」
貴族のご夫人にしては珍しく髪がかなり短めだった。
後ろ髪はかなり短く襟足から耳の後ろに掛けて緩く刈り上げている。
それに何と言っても燃える様な鮮やかな赤い髪だ。
つい目を奪われてしまう。
「宮廷で文官を務めておりますモートス家の長男ラルフです」
ラルフさんはビアンカさんの血が濃いのか短く刈り上げた赤い髪がワイルドさを出していて文官と言うよりは騎士の方が向いてそうな感じだ。
「宮廷魔術師のリューディアよ。学院には偶に講師で行く事もあるから何かあれば頼ってね」
リューディアさんはエルクさんに似て綺麗な長い金髪だ。
目許はカリーナさんに似ている。
「……ミーシャです。同い年なので仲良くしてくれると嬉しいです」
ミーシャさんは少し小柄で二人の間を取った感じで栗毛の髪が特徴的だ。
仲良く出来ると良いな。
「最後に私か。騎士で母上の娘のヘルッタ・モートスだ。街の事で困った事があれば何でも言ってくれ」
ヘルッタさんは眼つきは鋭いがカリーナさんにそっくりだ。
「じゃあ、ジャンヌからお願い」
「ジャンヌ・ダルクです。カリーナさんにお世話になってます。まだDランクの冒険者ですが、これを機に魔法を覚えたいと思ってます」
結局、勉強三昧の日々でCランク昇格は無理だった。
入学までにはCランクに上げたい。
「リリノア・セノアです。ジャンヌと一緒に冒険者をやってます」
リリィは緊張して精一杯な感じだ。
平民がこうやって侯爵家の人と一緒の席になる事なんて普通は無い。
「明後日が入学試験で一応、一週間滞在する予定だから。入学が決まればジャンヌとリリィは寮で私と護衛のガードナーはこっちに住む事になるから宜しくね」
「母上!こちらに戻ってこられるのですか!?」
ヘルッタさんはカリーナさんが戻ってくると言う事に凄い驚き声を上げた。
気になるのは長い耳がピクピクと動いている。
確か嬉しいと耳が無意識に反応するんだったっけ?
美味しいお酒を見るカリーナさんもそうっだった様な気が……。
「ヘルッタは甘えんぼですからね」
エルクさんはヘルッタさんに苦笑した。
「あ、兄上!そんな風に言わなくても良いではないか……」
ヘルッタさんは恥ずかしそうに抗議する。
「あなた達は本当に昔とは逆ね。昔はやんちゃばかりしていたエルクはすっかり大人しくなってねぇ。いつもぬいぐるみを抱いて私の後ろに隠れていたヘルッタは逞しくなっちゃって」
エルクさんもヘルッタさんも昔は真逆な感じだっだんだ。
でもこの場で話されるのは恥ずかしいのだろう。
二人とも顔が赤くなった。
「母上、お願いですからやめて下さい。若気の至りなのですから……」
エルクさんは凄く恥ずかしそうだ。
「ヘルッタは久しぶりに一緒に寝てあげようかしら?」
「良いのですか!?」
ヘルッタさんの食いつき方が半端じゃない。
本当にカリーナさんが大好きな様だ。
ただミーシャさんは黙って少し残念そうな顔をしている。
もしかして、ミーシャさんは一緒に寝たかったのかな?
「でも今日はミーシャに譲ってあげてね。偶には孫を可愛がらせて頂戴」
カリーナさんの一言でミーシャさんの表情が一気に明るくなる。
「それは仕方が無いな。ミーシャに譲ろう」
ここは大人しく引き下がるヘルッタさんだが、少し残念そうだ。
「後、みんなにお土産を持ってきたから」
そう言ってカリーナさんは懐からいくつも物を取り出していく。
「えっと……これはリューディアね」
リューディアさんへ渡したのは弓だった。
確か宮廷魔術師なのになんで弓なんだろう?
それにしても随分無骨な弓でかなり変わった形をしている。
持ち手以外の部分は刃になっている様にも見える。
「お婆様、もしかしてこれは……」
「あなたが昔、私の弓を見て欲しがっていたから私なりにあなたに合う様に作ったのよ」
モートス侯爵家の皆さんが一斉に驚きの声を上げた。
「ベースは精霊銀で要所にストラトエイビスの鱗で補強してあるから。弦はストラトエイビスの髭を使っているから切れる事はまず無いと思うわ。弦を取って分割すれば近接武器としても使えるから」
リューディアさんは弦を外して、持ち手の金具を外すと二振りの片刃の曲刀になった。
ちょっと面白うそうな武器だ。
「お婆様、ありがとうございます!」
リューディアさんは嬉しそうに武器を抱き締めている。
カリーナさんはいつの間にこんな物を作っていたんだろう?
「次にはミーシャね」
ミーシャさんに渡したのはシンプルな木で出来た杖だった。
「ミーシャも魔法科だから杖ぐらいは必要よね。試験前だけど入学祝いがてらにね。一応、エルダートレントを素材にしたし、魔力効率の良い魔法陣を組み込んだから大事に使ってね」
ミーシャさんはコクコクと勢い良く首を縦に振る。
そう言えば私とリリィも杖は準備してないけど、あった方が良いか後で聞いてみよう。
「ラルフにはウォータークリスタルのペンね。ちょっと加工が大変だったんだけど、上手く出来たから使ってくれると嬉しいかしら」
ラルフさんの手に握られてペンは薄く青み掛かったクリスタル製のペンだ。
細かい装飾が掘り込まれ、もう芸術品だ。
それにしてもカリーナさんは色んな物を作っているのに驚きだ。
「お婆様、大切に使わせて頂きます」
「ビアンカちゃんにはこれよ」
取り出したのは首飾りだった。
透明で光り輝く卵大の大きなの宝石を中心にルビーが散りばめられている。
「やっぱ侯爵夫人として綺麗に着飾らないとね。ちょっとダイアモンドが小さめだけど我慢してね」
「そ、そんな事ありません。これだけ大きなダイアモンドは王都の宝石商ではまずありませんよ!いくら侯爵夫人とは言えこんなに高価なネックレスを貰っても良いものか……」
「良いのよ。ビアンカちゃんは私の可愛い息子のお嫁さんなんだから。それに自分で裏山から採ってきた石だからそんなに元手は掛かってないから」
裏山と言うのはきっとカラル峰の事を指すんだろうな。
カリーナさんは昔よく素材を取りに一人で行ってたと言っていたから。
「お義母様、次の夜会で是非、着けて出たいと思います」
「ええ、是非そうして頂戴。ヘルッタはこれね」
カリーナさんがヘルッタさんに渡したのは一振りの緩やかに反った剣だった。
「母上!これが昔、仰られていた刀ですか!?」
どうやら刀と言う剣らしい。
ヘルッタさんから鞘から刀を抜くと美しく黒い刀身が現れた。
黒く輝く刀身に波の様な紋様がまた美しい。
「アングレナにいる鍛治職人と試行錯誤の上で出来たのがこの刀よ。精霊銀と黒精霊銀の合金を積層した造りだから頑丈だし、切れ味も抜群よ。それに魔力伝導率もそこそこ良いから魔法との相性も良いわ。まだ完璧とは言い難いけどそれなりの業物に仕上がっているから」
「今日は抱いて寝ます!持っているだけで母上の温もりを感じる……」
え、刀を抱いて寝るの?
ヘルッタさんは本当に嬉しそうに刀を頬ずりしている。
流石にちょっとそこまでは……。
「最後にエルクね。あなたにはこれを送るわ」
カリーナさんが取り出したのは変哲の無い何処にでもある木製の弓だった。
かなり使い込まれている様で細かい傷等が散見している。
「母上、それは父上の……」
「そう、アイザックが使っていた弓よ。今のあなたには必要だと思ったのよ、ごめんなさい。本当は何か作ってあげたかったんだけど、何にしようか迷っちゃって」
あれはカリーナさんの旦那さんの形見の弓なんだ。
他の侯爵家の人達もみんな弓を見て何処か郷愁を誘うような顔をしていた。
皆思い出しているのかな。
「本当に良いのですか?私が受け取っても?」
「問題無いわ。私よりあなた達に持っていて欲しい。あの人があなた達見守っていてくれそうだから……」
カリーナさんのその言葉に何処か遠い彼方への想いの様な物を感じた。
「分かりました。母上を守った父上の弓は私が大切に致します」
「あの人もきっと喜んでくれるわ」
エルクさんは形見の弓を大切に抱えていた。
家族がいない私には少し羨ましく思えた。
「さ、みんな母上から頂いた物を仕舞って昼食にしよう。客人をお待たせしています。ハリス、食事を運んでくれ」
「畏まりました」
エルクさんの後ろに控えていた執事の人は侍女の人達に指示するとテーブルに次々と食事が運ばれてくる。
食事はどれも普段では見ない様な豪華な物だ。
こんな豪華な食事は貴族になった時の会食以来だ。
リリィは余りの豪華さに緊張でガチガチになっていた。
私も貴族の人と初めて食事をした時は同じ様に物凄く緊張したの覚えている。
食事を進める内にミーシャさんと言葉を交わしたりする内にリリィも緊張が解れて楽しい時間となった。
私もカリーナさんの普段見ない一面を聞けたりして楽しかった。




